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魔除けのサシェ

来ていただいてありがとうございます!



「あれ?それは?夢見の香り袋(サシェ)とは香りが違うね」


アステル様がわたくしの手元を覗き込んで来た。うう、金色の髪に光が反射して眩しいわ……。今日の昼休みは学園東側の温室ではなくて、以前のように学園北側の中庭にいたの。なんで分かったのかしら。


そしてやっぱり隣に座ってくる。あの、やっぱり距離が近すぎるのですが?わたくしは少し離れた。えー?みたいな顔しないでくださるかしら?わたくしは婚約を認めてはいないんですのよ!


大体、学園への行き帰りや何故か夢の中ではずっと一緒なのだから、休み時間までわたくしに会いに来なくてもいいと思うんですけれどね。


アステル様はサンドイッチを食べ始めた。持って来たトレーの上のカップからは香茶の良い香りがしてる。アビントン王立学園のお昼休みは割と長いのでまだ午後の授業までは十分余裕がある。


「今日はちょっと先生との打ち合わせが長引いてね。お昼が遅くなってしまったよ。それでその香り袋(サシェ)はどういう効果があるの?」


先生と何を打ち合わせたんだろう?不思議に思いながらもわたくしはサシェの説明をした。


「これはクリアセインにホワイトスターとセイメイいう花を入れて作る魔除けのサシェですわ」


「へえ!色々な種類があるんだね。これはスッとする爽やかな香りだ。作り方はリネットのおばあ様に教わったんだったよね?……魔除けか……。それ僕にも作ってもらっていい?金貨三十枚だっけ?」


「……お金は要りませんわ。先だっていただいた夢見のサシェの代金もお返しします」


「え?」


「もともとわたくしの親しい方々にお渡しするつもりだったのです。貴方にお話を伺ってから魔除けが役に立つかもしれないと思い付いたので。……貴方は今は友人のようなものですから」


おばあ様から教わった色々なポプリの作り方を書いたノートがあるの。それを見ていて見つけた魔除けの香り袋(サシェ)。悪魔のことが本当かどうか分からないけれど、わたくしはアステル様のお話を聞いて家族と友人分を作ろうと思った。夢見のサシェは藤色の布とピンク色のリボンだったけど、魔除けのサシェは白い布に水色のリボン。




「……友人のようなもの、か。やっぱりまだ、婚約者とは思ってくれない?」


そんなに寂しそうになさらなくても……。アステル様を否定するつもりはないのに……。私は付け加えて言った。


「わたくしは、もう結婚するつもりはありませんわ。貴方でなくても」


「……そんなにブラッドリー殿下が好きだった?」


アステル様は視線を逸らした。珍しく押さえた声で訊ねてくる。


「いいえ。そんなことはないんです。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、わたくしは婚約破棄をしていただいて心からホッとしております」


「そうなんだ。何故?」


「わたくしには王家に嫁ぐなんて最初から荷が重かったのです」


これも正直な気持ち。でももしブラッドリー殿下のことを愛せていたら、頑張れたんじゃないかって思ってる。殿下の素行については口にできない。表面上は穏やかで品行方正な方だし、王子様だし。


「殿下は女癖が悪くていらっしゃるからね……」


「いけません!そんなことを仰っては!ただでさえ、わたくしと一緒にいることで何か悪い影響があるかもしれないのですから!」


驚いたわ……!アステル様は気が付いていたのね。ブラッドリー殿下の悪癖のことを。でもそんなこと誰が聞いているか分からない場所で仰るのは危険だわ。私は周りを見回した。良かった、近くには誰もいないみたい。


「ああ、やっぱりリネットは優しいね。でも僕は大丈夫だよ」


「何が大丈夫なんですか?もう……。あ、そうですわ。前にお渡ししたサシェ、お持ちでしたら一度返していただけますか?」


「え?どうして?」


「本当は刺しゅうをして仕上げるんです。あの時は早くお渡ししてお帰りいただこうと思ったので」


「酷いな。まあいいけど。はい。どんな刺しゅうをしてくれるの?」


「ほんの小さなものなので、すぐに終わります」


本当にいつも持ち歩いていらっしゃるのね。わたくしはリボンをほどいてサシェの中のポプリの袋を取り出した。外の布袋のふちにちいさな星と葉っぱの刺しゅうをした。


「葉っぱはクリアセインの葉っぱを簡単にしたもので、八つの光で表した星はおばあ様の家の家紋の一部なんですよ」


「へえ!そうなんだ。おおっ早いね」


「本当に簡単なものですから……」


ポプリの入った袋を入れてリボンで外袋を閉じてアステル様にお返しした。


「……何だか今までより香りが強くなったような……。いや、これは魔力の方か……」


アステル様はサシェを見つめて何やら独り言を言ってる。何か変わったのかしら?わたくしには分からなかった。





「まあ!随分と可愛らしいものをお持ちなのね!それはなんですかぁ?アステル様っ」


胸がドクンと大きく鳴った。体がビクリと震える。聞きたくない嫌な声だ。顔がこわばるの自分でもわかった。


「やあ、ダンバード男爵令嬢。今日は殿下はご一緒じゃないのかな?これはね、リネットから僕への愛の贈り物なんだよ!」


アステル様は愛おし気にサシェを見つめて大事そうに制服の上着のポケットにしまってしまった。


「愛って……。いったいどうしてしまわれたんですか?」


馬鹿にしたように笑うメイリーだけど、少し離れた場所にいるだけで何故か近づいては来ない。


「どうしたって?何のことかな?」


アステル様はベンチから立ち上がらずに話し続ける。


「リネット様はわたくしにずっと嫌がらせをなさっていた酷い方なのにそんな方とご一緒にいらっしゃるなんて……」


わたくしはギュッと手を握り締めた。


「うーん、僕はそれを見てないからねぇ。それにこんなに優しいリネットがそんなことをするはずがないよ」


「……私の言うことを信じてくださらないの?悲しいですわ」


メイリーの口調は弱々しくて今にも泣いてしまいそうだ。でも、いつもは淡い紅色の瞳が真っ赤な炎のように光ってる。


「以前は、ちゃんとわたくしの味方をしてくださいましたのに……」


わたくしは思わず身をすくめた。……怖い。寒気がする……。あちら側にいたアステル様の姿を思い出してしまう……。


ふいに肩に温かな手が置かれる。アステル様がわたくしの肩を抱き寄せたのだ。見上げると、アステル様の優しげな笑顔。


「大丈夫だよ」


小さな声。でも、わたくしにとってはとても大きくて力強い声だった。今は大丈夫。アステル様は味方なのだわ……。わたくしの体からふっと力が抜けた。



「本当にどうしてしまわれたの?アステル様っ!」


憎々しげにわたくし達、いえわたくしを見ているメイリー。


「そういえば、僕は君に名前を呼んでもいいって許可したっけ?覚えがないのだけれど」


「…………失礼いたしました。ムーアクロフト様」


そんなに煽って大丈夫なの?ハラハラするわ……。メイリー、唇を噛み締めてる。





「あ、あら?先ほどのかわいらしいものはリネット様がお作りになってらっしゃるのね。そんなにたくさんあるのでしたら、私にもくださらない?」


ゆがんだ顔に意地悪そうな笑顔を浮かべてメイリーがわたくしに話しかけて来る。


「これはもう行き先が決まっておりますので……」


「侯爵家の方なのに、随分とケチなんですのね。ノ()()()()オブリージュってご存知無いのかしら?」


「…………」


噛んでるし、意味を間違ってないかしら?


「ぷっ……。ダンバード男爵令嬢は面白い人だね。残念ながらリネットのサシェは売り物なんだ。一つ金貨三十枚だよ」


こらえきれないようにアステル様がふき出した。それは、あの、正直ふっかけた値段だったのよね……。どうしましょう。後でアステル様の誤解を解いておかなくちゃ。


「金貨三十枚っ?!」


メイリーが目をむいた。ああ、そんなに価値のある物じゃ無いのに……。わたくしは頭を抱えたくなった。


「そう。それに予約者が一杯で数ヶ月待ちなんだ。さあ、もう戻ろうリネット。午後の授業が始まるよ」


もちろん、そんな事実はない。わたくしは作りかけのサシェと道具を手提げかばんにしまった。そしてアステル様はトレーを片手に持った。わたくしはアステル様に肩を抱かれたままその場を後にした。


「…………?」


気になって一度だけ振り向いた時、悔しそうなメイリーの後ろの木陰に誰かがいたような気がした。見間違い?気のせいだったのかしら……?






「ねえ気が付いた?彼女、近づいて来なかったよ。追っても来なかったし」


アステル様はいたずらっ子のように楽しそうに笑ってる。


「うーん、正確には近づいて来れなかった、かな?」


「そう言えば……」


やっぱりそうだったのね。前に出ようとして出られないような動きを何度かしていたような気がする。


「きっとリネットのサシェの効果だよ。あと、これもね」


そう言って胸ポケットから取り出したのは何か複雑な円形の文様の描きつけられた紙片だった。前に言ってた結界かしら?


「それが魔除けの結界ですか?」


「うん。あれから色々な文献を読み漁ってね。効果のありそうなのをいくつか見つけて試してみたんだよ。実験は中々いい調子だね」


アステル様の明るい様子にわたくしも心が少し明るくなってくる。


「本当に魔術がお好きなんですね」


「……それだけじゃないんだけどね」


「どういうことですか?」


「彼女の取り巻きの中には次代の国政を担う学生達もいるから、このままにはしておけないんだ」


ああ、そういうことか。もしメイリーに悪魔が憑いているのなら、今の状況は国にとって良くないことになる。何故かメイリーの注意はわたくしに向いているけれど、この先はどうなるか分からない。


「それでなのね……」


わたくしは妙に納得してしまった。同時に少しがっかりしてる自分もいる。アステル様は国の危機への心配で動いていらしたのだ。まあ、魔術に関する興味の方も多分にありそうだけれど。危なかった。わたくしは勘違いをするところだったわ……。




「あ、あの、わたくしもアステル様とお呼びしてしまってました。申し訳ございません……」


「ああ、リネットなら婚約して無くてもそう呼んでもらって構わないよ。僕だって呼び捨てだし、できればアステルって呼んでよ」


「そ、それはさすがにできません」


作戦のための婚約なのでしょうから、そこまではちょっとやりすぎよね。あら?さっきから胸がちくちくするわ。なにかしら?もうメイリーはいないのにおかしいわ。


「そっか、だめか……」


がっかりなさってる。わたくしは失望させないように急いで言った。


「大丈夫ですわ。わたくしアステル様になるべく協力いたしますから!」


「ん?うん、ありがとう?」


とりあえず魔除けのサシェを完成させて渡せる人には渡しておこう。


「そうだ。それならその魔除けのサシェ、作れるだけ作って貰える?それと他にどんな種類のサシェがあるの?効果も教えて欲しい!」


教室に着くまで質問責めにされた。


うーん。やっぱりただ魔術が大好きなだけの人なのかしら?


わたくしは答えるのに一生懸命になってしまって気が付いてなかった。


ずっとアステル様に肩を抱かれていたことに。






ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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