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温室とカフェ アステル視点

来ていただいてありがとうございます!



「さて、そろそろ休むか」


ムーアクロフト家には様々な魔術に関する書物や道具が置いてある部屋がある。すべて僕の部屋だ。帰宅するといつもその部屋にこもり、書物を読みふける。最近はリネットの香り袋(サシェ)についての研究がメインになってる。そして眠るときはリネットのサシェは寝室の枕の下に。こんな風に僕はリネットにもらった香り袋(サシェ)をいつも持ち歩いている



リネットと僕は時々夢で逢うようになった。


「わたくしはもうあのサシェを持ってないのに……!」


ってプルプル震えててかわいいなあ。小型犬みたいだ。サファイアみたいな瞳に涙のレンズ。キラキラしてて本物の宝石みたいだ。僕の分析だとたぶんあのサシェは彼女の魔力を分けたものだから本来は彼女自身の力なのだろう。とても興味深い。


自分で言うのもなんだが、僕は魔術の研究には自信がある。誰よりも詳しいと自負している。僕とリネットの力を合わせればとても面白い研究になると思うんだ。リネット自身にも興味があるし、仲良くなりたいと思う。とりあえず婚約者っぽいことをしようと思って学園へ一緒に登園することにした。


彼女はどうして婚約を嫌がるんだろう?絶対にいい話だと思う。殿下に貶められた彼女の名誉は回復するんだよ?僕は尋ねてみた。


彼女は少し言い淀んで薄い金色の髪をいじっている。柔らかそうなストレートの長い髪。いつかは僕にも触らせてくれるだろうか。


「貴方があちら側にいた方だからです。……それにわたくしは貴方を愛しておりませんから……」


「貴族の婚姻に必ずしも愛は要らないよね?それに僕の方は君を気に入ってる。悪魔の洗脳はもう自力で解いたから今後君の敵に回ることは無い」


彼女は向かい合った馬車の中、窓の外を見たまま僕の方を見てくれなかった。





それからは毎朝リネットの屋敷へ迎えに行って当然帰りも一緒だ。当然ながら最初は拒否された。でも最近は慣れてくれたみたいで受け入れてもらえた。


「こうして一緒に学園に通えて嬉しいな」


「……もう、諦めましたわ……」


「でも、周囲の目も変わって来たよね。君は僕を利用するといいよ」


「そんなこと……」


ああ、彼女は善良な人なのだろう。僕が一緒にいることで間違いなく彼女への風当たりは弱まって来てる。友人たちへの影響を考慮して一人でいることが多くなってるんだろうに。僕との婚約を拒否してるのは恐らくは僕を巻き込むのを心配してる。優しい人だ。


「何がおかしいんですの?」


「あれ?僕、笑ってた?」


「とても嬉しそうですわ」


「僕は君と出会えて幸運だったなって思ってね」


「なっ……」


うーん真っ赤になって絶句する彼女もかわいいなぁ。今まであまり女性には興味を持てなかったんだけど、中々楽しいものだね。








「また、いらしたんですのね」


リネットは少し不機嫌そうだな。昼休みももちろん一緒にいるよ。学園の広い敷地には温室が三つ庭園が二つ花壇が無数にある。この学園の創始者の第八代の国王は無類の花好きで珍しい草花のコレクターだった。その趣味が存分に生かされた造りになってる。


リネットがいるのは学園東側にある温室。学園の正面である南側の庭園にはテラスもあって賑やかだ。最初に彼女に話しかけたのは学園北側にある中庭にあるベンチ。今いる温室と中庭はあまり人が来ない場所だ。


「なんだか、密会してるみたいでどきどきするね……」


「…………」


リネットの頬がピクリと動いた。でも何も言ってくれない。怒っちゃったかな?失敗した?


「ああ、ほらそこの花壇にリネットの香り袋(サシェ)に入ってるスノウグラスが咲いてるね。クリアセインもある」


「ご存じだったの?」


顔を上げてくれた。調べた甲斐があった。


「うん。氷みたいな綺麗な花だよね」


「ええ、そうなんです!香りもよくてほのかで上品な甘い香りがとても好きで!この花は乾燥させても香りがとても長持ちして…………し、失礼しました」


前のめりになって話してくるリネットに若干押され気味になってしまった。でも、少し嬉しかった。こんなに楽しそうに話してくれるのは初めてかな?僕は調子に乗った。


温室のテーブルの上には途中の縫物。リネットの手はその縫物の上。僕はそっとリネットに手を伸ばしてみた。今日のミッションはエスコートではなく彼女と手を繋ぐこと。あ、逃げられた。テーブルの上にあった手がそっとテーブルの下へ引っ込められた。中々手ごわいね。


「ねえ、今日は放課後に王都にあるカフェに行こうよ。隣国で採れたマーロシロップ入りのミルクティーが絶品なんだって」


僕はリネットの顔がピクリと動いたのが分かった。彼女は強い甘さのものがそれほど好きじゃないけど、ほのかに甘いものは大好きみたいだ。ちょっとずつ分かって来た。


「そのカフェには素朴な焼き菓子もあるんだよ。ローヌという木の実を使ったシンプルなものなんだけど、どう?」


「…………行きたいです」


「そう?じゃあ、放課後に。約束だよ?」


僕はカフェのことに気を取られてるリネットの手をそっと握った。


「!」


真っ赤になって手を背中に引っ込めるリネットが僕を睨んでくる。けど全然怖くないよ?


「やっぱり僕のリネットはかわいいなぁ」


「…………貴方のじゃありません。まだ、わたくしは受け入れたわけではありません」


その意地っ張りなところもね。









アビントン王立学園のある街は王都にあり、学園の敷地がそのほとんどを占めている。いわゆる学園都市だ。街路樹も多く過ごしやすい。学園の影響か今は冬だけどあちらこちらに花がたくさん植えられている。


放課後リネットと一緒に歩いて約束のカフェに向かった。街には僕達の他にも学生がたくさん歩いている。もちろんカフェにも大勢の学生。


「美味しい……」


マーロシロップ入りのミルクティーは、かなりお気に召したみたいだ。良かった。嬉しそうにお茶を飲むリネットの様子に僕はホッとした。


「確かに美味しいね。このお菓子も」


焼き菓子も香ばしくて小さな一口サイズで食べやすい。


「食べさせてあげようか?」


「遠慮いたしますわ」


ふと思いついて言ってみたけど、すげなく拒否されてしまった。うーん残念だ。でも温かいお茶が彼女の気持ちをほぐしてくれたようで僕との会話に応じてくれている。




「クリアセインもお茶にするとおいしいハーブだったよね?」


「ええ、でもそれ単独でお茶にするのではなくてレイマロウやケットル―などと合わせると美味しくなるんですのよ。配合によって効能も変わります」


「そうなんだ。それは知らなかったな。ハーブには魔術の源になる魔力に影響を与えるものもあるんだ。そういえば今飲んでるミルクティー。それに入ってるシロップにも魔力を増幅させる力があるんだよ」


「そうなんですか?これに……」


リネットはカップを見つめた。


「うん。そのシロップをつくる過程で産まれるマーロドロップという結晶には更に強い力があるんだ。最近の僕の研究テーマの一つだよ」


「アステル様は本当に魔術がお好きなんですね」


「うん。僕自身にはそんなに強い力は無いんだけど色々知っていくのはとても楽しいよ。……ありがとう」


「え?」


「……話を聞いてくれて。僕の話は煙たがられることも多いから」


「そうなんですか。お話はとても興味深く伺っております」


言い方は丁寧だけど、いつもみんながしてくるような社交辞令じゃないように思えて嬉しかった。たとえ社交辞令だったとしても、彼女が優しい人だということに変わりはない。


ふいに僕達のテーブルに灰色の雲間から、柔らかな暖かい低い冬の陽ざしが差しこんだ。しばらく言葉は途切れて静かな時間が流れた。





しかしそんな心地いい時間はいきなり破られてしまう。


「まあ!アステル様っ!!ここしばらく()姿を見ないと思ってましたけれど、この方と()一緒でしたのね!」


以前の僕はなぜこんな声を素晴らしいと思っていたんだろう?指先を額に当てて考え込む。これが洗脳なのか?自分で自分が情けなくなる。リネットの声の方がずっと美しい。


「アステル……、君がリネットと婚約したと聞いた時はまさかと思ったが、本当だったのか」


ブラッドリー殿下もいらしたのか。他の取り巻きは……今日はいないようだ。僕達は失礼のないように立ち上がった。僕は隣のリネットをそっと窺った。ああ、表情が……。また以前のように閉ざされた貝のように硬くなってしまってる。これは何とかしなくては。


「アステル様ったら、どうしてこのような方と?私はずっとこの方にい()められていましたのにっ!」


「そうだぞ!大体君は魔術の研究ばかりして、あまりメイリーのそばにいてやらなかったね。かわいそうだとは思わないのか?」


「おかしいな……」


僕は制服の胸ポケットに忍ばせた守り石を取り出した。


「効かなくなってしまったのか?」


夕陽色の光が二人に反射する。


「「うっ」」


メイリーとブラッドリー殿下の声が重なった。どうやら大丈夫なようだ。


「ふむ……」


僕は守り石を彼らには近づけてみた。身を引く二人。離すと戻って来た。更にもっと近づけると、バッと後ずさる二人。


「なんだ。ちゃんと効いてるじゃないか。でも、効果の範囲が狭すぎるな……」


「っ…………」


ん?リネットが俯いて顔を赤くしてる?どうやら笑いを堪えてるようだ。仕方がないね。二人とも滑稽な顔と姿だからね。


「アステル様っ!あなたは一体何をなさってるの?そんな方は放っておいて私の元に戻ってらして!」


メイリーの言葉が不快だった僕は守り石をメイリーの目の前にかざしてみた。


「ぎゃああっ!!」


大声をあげて飛ぶように後ずさったメイリーと殿下。凄い形相だ。今までもカフェの中でチラチラ見られていたんだけど、一気に注目を浴びてしまった。さすがに恥ずかしくなったのか、守り石が怖かったのか


「覚えててくださいねっ」


なんて陳腐な捨て台詞を吐いて殿下の腕をとってカフェを出て行った。





「ふ…………」


隣で吹き出す()がする。リネットがとうとう堪えきれなくなって笑い出した。笑顔……初めて見た、と思う。


「本当にアステル様は魔術がお好きなんですね。でも、殿下で実験をなさるのはどうかと思いますわ」


ひとしきり笑った後で、再びテーブルに着いた後、こんな風にたしなめられた。初めて見た本当の笑顔。可愛いと思った。もっと見ていたいから口には出さなかった。そんなことを言おうものならきっとやめてしまうから。


「守り石の効果範囲のいい実験になったよ。効果範囲は狭くて石が相手の視界に入っている方が効果は強いようだ。次は守護結界を試してみようか……。そういえば紙に書いて持ち歩く方法があったような……」


僕はポケットに入れていた手帳にペンで書き入れながら彼女をそっと盗み見た。リネットはやれやれというように笑顔を浮かべながら、冷めてしまったお茶を口にしている。彼女はやや冷たいと思わせるような顔立ちをしてるけど笑顔も心もとても優しい。そんな彼女を陥れて孤立させた存在を許せないと思った。自分が彼女の敵だったことも。彼女からすれば僕も同罪だろう。それでも……。僕はある決意を固めた。







ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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