友人達と
来ていただいてありがとうございます!
「それにしてもすごいわね。リネット様」
ふんわりウエーブ、肩までの茶色の髪を耳にかけたマリアンヌ様はティーカップを置いた。
学園のカフェテリアは授業が終わった生徒達で賑わっていた。アビントン学園は全体的に白い石造りの建物で同色の敷石なんだけど、カフェテリアは天井がガラスであちこちに植物が飾られているの。ここも大きな温室の様になってる。
今日はアステル様がお城の魔術研究所へ呼ばれて行ってしまったので、アンリエッタ様とマリアンヌ様と一緒にお茶をしていた。
「え?何のことですの?マリアンヌ様」
「もう!アステル・ムーアクロフト様のことですわ」
マリアンヌ様は紫色の瞳にじれったげな色を浮かべてる。
「そうですわ!いつの間に仲良くなったのですか?婚約までされるなんて」
普段はお淑やかなアンリエッタ様まで食い気味だわ。珍しいわ。青いカチューシャをした銀色の髪がサラリと揺れる。
「ええっと、突然話しかけて下さったのよ。作っていたサシェに興味を持ってくださって」
二人の迫力に押され気味になってしまう。
「そうなんですのね!ムーアクロフト様からなのね!素敵ですわ!ブラッドリー殿下との婚約中から、リネット様の事を想ってらしたのね、きっと!!」
夢見るように両手を握って何かを想像してるマリアンヌ様。それは違うの、そう口を開こうとした。
「ちょっとマリアンヌ様ったら」
アンリエッタ様がマリアンヌ様を嗜めた。
「あ、ごめんなさい。私ったら」
ハッとしたようにマリアンヌ様が口に手を当てる。
「大丈夫ですわ。お気になさらないで。わたくしはもう殿下の事は何とも思ってないですから」
大丈夫。わたくしは今、とても幸せなんですもの。
「でも、やっと普通に学園でもお話できるようになって嬉しいわ」
アンリエッタ様がお茶を飲みながらアイスブルーの瞳を細めた。
「わたくしもですわ。お二人ともわたくしが大変だった時、お手紙のやり取りをしてくださってありがとうございます。励ましていただけてとても心強かったです」
お手紙でも感謝を伝えたけど、改めて直接お礼を言えて良かった。
「そんな……。表立って何もできなくて申し訳ないですわ」
「そうですわね。本当にごめんなさい」
ああ、お二人がしょんぼりなさってしまったわ。
「そんな、謝らないでください!お二人も大変だったのでしょう?」
「私は婚約破棄できてよかったわ。今回の事で彼が高圧的な性格だって分かりましたもの」
アンリエッタ様の婚約者はメイリーに心酔して、彼女に酷いことを言っていたらしいの。アンリエッタ様は婚約を破棄したの。
「私は一応様子見ですわね。物凄い勢いで謝って下さったから」
マリアンヌ様は憮然としているけど、婚約者の方のことをとても好きでいらっしゃったから良い方向へ行くといいなと思う。
「お二人ともごめんなさいね。巻き込んでしまって」
「まあ、いいえ、リネット様のせいじゃありません!あの騒動も悪魔のせいだったのでしょう。みんな噂をしてますわ」
「え?」
意外な言葉に驚いた。
「あのダンスパーティーの時だけじゃなくて、きっと以前から悪魔が何かしてたんじゃないかって」
そんな噂になってるのね。知らなかったわ。
「あの男爵令嬢の周囲だけ空気がおかしかったものね。今はそんな感じはしないけれど」
アンリエッタ様はもしかして魔力が強いのかもしれないわ。
「そうよね!だっておかしいもの。リネット様は嫌がらせをするような方じゃないわ!ブラッドリー殿下の事も好きだったわけじゃないしね?」
人差し指を立てて片目を瞑るマリアンヌ様。
「皆さん仰ってるわよ。今のリネット様を見てると良く分かるって」
優しく微笑んでわたくしを見るアンリエッタ様。
「え?どういうことですの?」
「リネット様とムーアクロフト様ラブラブですもの!」
「ええ?!」
何そのラブラブって!
「いつも二人でいらっしゃるし、いつも手を繋いでらっしゃるし、東の温室はお二人の愛でお花が咲き始めるのが早いって言われているのよ」
そんなこと言われてるの?すごく恥ずかしいんですけど?もしかして色々見られてたりするの?
「あのアステル・ムーアクロフト様がリネット様に夢中だって大騒ぎよ。リネット様には本当の笑顔を見せてるって!あの方を狙ってた女の子達、羨ましがってるわよ?」
「え?そうなのですか?」
アステル様の態度は最初の頃とそんなに変わらない気がするのだけれど……。
「そうですわよ!あの方は顔がとても綺麗だし、背も高いしで人気があったんだけど、魔術研究に夢中で女の子に全く興味を示さなかったのよ!ダンスパーティーに参加されたのも三年間で初めて見たわ」
確かにアステル様は美形だし、モテそうよね。
ダンスパーティーについては、今回は悪魔を封じこめるって理由があったからカウント外だと思うのだけれど。さすがにそのことは言えないわね。
「リネット様を守るために立ちふさがったり、かっこよかったわね!あのドレスも素敵だったわ。アステル様からの贈り物でしょう?リネット様にとても良く似合っていらしたもの!」
「そうね、以前のドレスも素敵だったけど、ちょっとリネット様のイメージには合わなかったものね」
あのボロボロになってしまったドレスの事を思って少し悲しい気持ちになったわ。仕方が無いのだけどね。
「そうだわ!ドレスといえば、卒業式の一週間前にダンスパーティーのやり直しがあるそうよ。楽しみですわね!」
「え?そうなのですか?」
全然知らなかった。
「あの騒ぎで台無しになってしまったものね。特別に許可がおりたそうよ」
「そうそう!今回もアステル様と御一緒に参加なさるのでしょう?」
「ええ、多分」
思えば三年間あまり楽しめたことの無かったダンスパーティー。学園生活最後だったはずのダンスパーティーもあんなことになってしまったし、アステル様と一緒にダンスできたら嬉しいわ。
友人達の内緒話
「リネット様のお話、もう少し聞きたかったわ!もう帰ってしまうなんて残念ですわ」
マリアンヌはお代わりしたお茶で喉を潤した。
「ふふ、お勉強があるって仰ってたから仕方無いわ。これからはいつでも自由にお話できるわよ」
「それはどうかしら?ムーアクロフト様が離してくださらないんじゃない?」
「ふふふ、それはそうかもしれないわね。…………リネット様、お幸せそうで良かったわね」
「本当よ!一時はどうなるかと思ったもの。それに悪魔なんてものが出てきちゃうし!……ねえねえ、リネット様の噂、お教えしなくて良かったのかしら?」
「そうですわね……。でもリネット様はやっと落ち着いた学園生活をなさっていらっしゃるし」
アンリエッタはちらりと周囲に目をやった。先程までは自分達と一緒にいたリネットに視線が集まっていた。今はその視線も大分少なくなっている。
「でもでも!凄かったわよね、リネットさま!悪魔に立ち向かわれて!」
「ええ、凛としたお姿は素敵でしたわ。まるで……」
「聖女のよう」
「聖女みたい!」
アンリエッタとマリアンヌはそう言って笑い合った。
アビントン王立学園では、白い狼犬と共に悪魔を封じ込めた聖女の噂が当人の知らないところで風の様に流れていた。
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