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焦りと嫉妬

来ていただいてありがとうございます!




もう嫌われたくない。今度は失敗したくないの。ブラッドリー殿下の事は好きじゃなかったけど、王子妃にふさわしくあろうと思って勉強も頑張ってた。


でもアステル様のことは好きだから、好きになってしまったから、頑張って役に立ちたいと思ってるの。





「サシェの小型化、軽量化に成功しましたわ!それに種類もこんなに!」


わたくしは鞄から取り出したやや小さめに作ったサシェをテーブルに一つ一つ並べた。


「おお!凄いね!これにはどんな効果があるのかな?」


ヘンドリー王太子殿下はほうほうと腕を組んで見ながらその中の一つを指さした。


「ええと、これはですね、魔力をやや上げてくれる効果があるというものですの!」


「へえ、サシェでそんな効果が出せるのか。では、これは?」


「そちらは集中力を上げる効果があるというものですわ!そしてこれは………………」


わたくしは王太子殿下に促されるままに熱く説明をし続けた。


「ふむふむ。素晴らしいね!ちょっと借りていってもいいかな?こちらで効果を実験してみたいのだが」


「はい、どうぞ!お役に立てるなら嬉しいです!」


わたくしは持って来た新作のサシェ達を王太子殿下にお渡しした。



放課後アステル様のお屋敷に誘われたので一緒に帰ると、何とまた王太子殿下がいらしてた。こんなに気軽に王宮の外へ出て来てもいいのかしら?アステル様も知らなかったみたいで驚いてた。


わたくしはおばあ様から教わった色々なサシェを作りながら研究を重ねた。お茶をご一緒しながらその成果を披露させていただいたの。アステル様にはお昼休みに学園でもう説明してあったけど、王太子殿下もご興味を示されたのでつい説明に熱が入ってしまった。




「おやおや、アステルはどうしてそんなに不機嫌そうなんだい?」


「アステル様?まあ、すみません!つい説明に夢中になってしまって……」


王太子殿下は楽しそうに笑いながらアステル様を見た。


「そんな事で怒ったりはしないよねえ?いつもは我々が魔術談義に夢中でリネット嬢を置いてきぼりにしているんだしねぇ?」


「……もちろんですよ」


アステル様はソファに足と指を組んで座っている。小刻みに人差し指が上下してる。


「アステル様?」


何だか本当にご機嫌が悪いみたい。難しいお顔をしているし。というよりも体調が悪いのでは?いつもは(かす)かに笑ったような表情を崩さないのに。


「もしかして、どこかお体の具合が?大丈夫ですか?」


わたくしはアステル様の額に手を当ててみた。うーん、熱は無さそうだわ。わたくしは少し安心した。


「っううん、違うよ。何ともないよ」


そう言ったアステル様は少し顔を赤らめてわたくしを見上げていた。しまった。子どもにするみたいにしてしまった。気を悪くしちゃったかしら。


「でしたらいいのですけれど……」






「ふむ」


ちょっと面白くなさそうにソファのひじ掛けに頬杖をついた王太子殿下が思い付いたように仰った。


「そうだ!リネット嬢、こんど王宮に来てくれないかな?」


「!」


「え?王宮にですか?城の魔術研究所ではなくですか?」


実はわたくしは王宮にはあまり行ったことが無いの。王子妃教育は殆んど自宅である侯爵家に教師が常駐して行われてた。こういう例はこのサンストーン王国では珍しくは無いのだけど、他国では珍しいって聞いたことがあるわ。私が王宮へ行ったのは二、三ヶ月に一度のブラッドリー殿下とのお茶会位。それも婚約が決まった十二歳の時からの三年間だけ。学園に通うようになってからは学友になったから、それも無くなっていたの。


お城には魔術研究所という所があって、アステル様はよく出入りなさっているって聞いているわ。アステル様と一緒に一度だけ行ったことがある。でもどうして今回は王宮に?不思議に思っていると王太子殿下が仰った。


「うん。父が、国王陛下が是非今回の事の礼をって」


「そんな、恐れ多いですわ。それにわたくしは何の役にも立っておりません」


「謙遜しなくていいよ。大活躍だったよ。君が閉じ込めてくれたおかげで悪魔の被害は最小限ですんだのだから。ねえ、アステル?」


「……はい」


アステル様のお顔が何だかまた強張ってる……。どうしたのかしら。


「……プッ。もちろんアステルも一緒にね。陛下は二人に会いたいとの仰せだよ」


「!っ殿下っ!面白がっておいでですね?」


アステル様は殿下を睨んでる。どうしたんだろう?


「ごめんごめん。いや、魔術バカのアステルがそこまでとはねぇ。仕方が無いな。私も感慨深いよ」


「?」


何だか良く分からなかったけれど、いつものようにわたくしは二人の会話に置いて行かれたようだった。








後日、本当に王宮に招かれて国王陛下ご夫妻と王太子殿下とお茶を頂きながらお話をすることになって本当に緊張したわ。でもアステル様と一緒だったから何とか乗り切れたのよ。陛下のお話はこれからも王太子殿下を助けて欲しいとのことだった。婚約破棄については恐れ多くも王妃様から謝られてしまった。実は王妃様はうちの侯爵家とは縁続きで、その縁もあって婚約話がわたくしに来たのだそう。



王宮への行き帰りはアステル様の家の馬車に一緒に乗せていただいた。たくさんお話をさせていただいたせいか、帰るころには日が暮れかけていた。


「リネット、大丈夫?顔が怖いよ」


「え?ええ、物凄く緊張してしまって……。ああ!わたくしきちんと受け答えが出来てたでしょうか?!」


「それは大丈夫だよ。いつも通りきちんとした所作だった」


アステル様は笑っているけれど少しだけ元気がないみたいだった。


「それなら良かったですわ」


わたくしは頬をぐにぐにとマッサージした。


「ああ、そんなに強くしたら顔が歪んでしまうよ」


アステル様は苦笑いでわたくしの頬を押えた。大きな手、でも白くて綺麗な手。そんな手で顔を包まれてわたくしは恥ずかしいのと嬉しいのとでぼんやりとしてしまった。ずいぶん前の夢の中の事を思い出して顔に熱が上がる。そういえばアステル様はあの時どうしてあんなことを。もしかしたら少しはわたくしの事を……なんて甘いことを考えていたの。そんなわたくしにアステル様が衝撃の一言を放った。


「リネットは王太子殿下の側妃になりたい?」


「…………は?」


あまりに突飛すぎて一瞬意味が分からなかったわ。


「たぶん、王太子殿下は君を気に入ってる。もう正式な婚約者がいらっしゃるからリネットの事は側妃にと望まれてるような気がする」





色々な意味でそれは無いって思ってしまった。だって名誉なことだけど側妃ってことは二番目よね?お世継ぎ問題も無いのに側妃なんて今必要だとは思えない。それに王太子殿下はブラッドリー殿下のお兄様だし、ブラッドリー殿下はメイリーと結婚して王族から抜けるという事なのにその原因のようなわたくしが王室に入るなんてできないわ。


それに、それになにより、わたくしはアステル様と婚約しているのよ?わたくしはアステル様が好きなのに……。そう伝えたのに。でも、そうよね。アステル様にとってはわたくしは替えがきく存在だから、魔術師の血が受け継げれば他の方でもいいのかもしれない……。アステル様の手を外して俯いた。


「わたくしは嫌です。側妃なんて……無理です」


絞り出すように何とかそう答えた。でもアステル様もそれを望んでいたら?そう思うと怖くてアステル様の顔を見ることが出来なかった。




タイミングが良いのか悪いのかちょうどその時、クレイトン侯爵家に馬車がついてしまったので逃げるように一人で馬車を降りようとした。


「待って!」


次の瞬間わたくしはアステル様の腕の中にいた。


「アステル様?」


「ごめん。王太子殿下の件はただの僕の想像だから。でもリネットがそれを望むかもしれないって思ってしまったんだ。そちらの方が良いのかもしれないって。変なことを言って本当にごめん。リネットが嫌なら絶対に守るから」



嘘ね。そんなことはあり得ないと思うけれど、もし王命なら逆らえないわ。それにアステル様は王太子殿下との友情を取るでしょう?


「はい。ありがとうございます。おやすみなさい。また明日」


ちゃんと笑えたかしら?きっと大丈夫よね?





すっかり日も暮れて空には月が昇ってる。もっともっと頑張らなくちゃ……。アステル様の役に立てるように。そうしないと、わたくしは……。







ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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