彼女が知らなくてもいいこと アステル視点
来ていただいてありがとうございます!
「ごめん、リネット。まさかブラッドリー殿下が乱入してくるなんて思っていなくて。君の気持ちも聞かず会わせることになってしまった。しかもあんな酷い言葉を……」
リネットとブラッドリー殿下を会わせるつもりは無かった。僕と殿下の実験の結果を見せて少し安心して貰えたらと考えていた。二人が戻らない事に苦しんでいるように思えたから。それなのに、また嫌な思いをさせてしまった。僕は拳を握り締めた。
「わたくしは大丈夫ですわ。アステル様ありがとうございます。王太子殿下にもお礼を申し上げます。やはりわたくしのいたらなさも今回の騒動の一因であったと分かりましたわ」
笑顔が弱々しい。必死に笑顔を作ってるのが分かって辛い。
「そんなことはないよ……」
「君がそこまで思い詰める必要はないでしょう。先程のブラッドリーの様子を見たら、起こるべくして起こったと言えるよ」
「その通りだ!リネットのせいなんかじゃない!」
「…………メイリーさんにもお会いすることは出来ますか?」
「ダンバード男爵令嬢に?会ってどうするんだい?」
「彼女ともお話がしてみたいのです。本当のメイリー・ダンバードさんと」
気丈な人だ。今まさにブラッドリーに傷つけられた彼女は大元の原因の男爵令嬢に会うという。
地下牢。まさにその名の通りの場所だった。ブラッドリー殿下とは階層が違う地下。鉄格子で区切られたむき出しの石造りの冷たい部屋に彼女はいた。牢の前には通常の門番ではなく悪魔を閉じ込めてる部屋と同様にフードを目深に被った人が二人立っている。
「何しに来たの?私を笑いに来たの?」
清潔ではあるが質素なドレスを身につけたメイリーが寝台から立ち上がった。
「お聞きしたいことがあって参りましたの。わたくしを悪魔の贄になさろうとしたのは貴女の意志ですか?」
「そうよ!」
「何故ですか?悪魔の力を借りたとはいえ、ブラッドリー殿下と恋人同士になれたのでしょう?そのようなことをしなくても……」
「やっぱりあなたは何も分かってないわ!殿下はずっとあなたの興味を引こうとなさってたのよ?」
「え?」
「どういうこと?ブラッドリー殿下はリネットを愛していたという事か?」
戸惑うリネットの代わりに僕が質問した。
「違うわよ!あなたがちゃんと殿下を好きになれば、いつものようにあなたを捨てて、興味を失えたのに!」
「どういうことですの?」
メイリーは馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。
「本当にあなたは馬鹿ね!あなたが全然殿下になびかないから、殿下はむきになってしまわれたのよ!」
彼女が何を言っているのか、もう訳が分からない。
「わたくしが殿下を愛することが出来なかったから、殿下のプライドを傷つけてしまった……。その結果殿下がわたくしに固執するようになった、という事?」
「それから悪魔は何故か、あなたを憎んでいた。ううん、怖がっていたわ。だから殿下を唆したのよ。思い通りにならないなら、殺してしまえばいいって。あなたの力は強いから食べられないって困ってた。だから……、さすがに暗殺なんてできないし、悪魔も手を出せないから、……国外追放にすればいいってことになって……断罪するのよ!私が聖女になれば王家に嫁げるわ。パーティーで!みんなの前で恥をかけばいいんだわ!あなたなんて!あなたがいるから、殿下は私だけを見てくれないんだ!あんたがいるからっ!」
血走った目で鉄格子を掴んで、リネットを掴もうとしたメイリーはフードの者達に魔術をかけられ、眠らされた。
「混乱しているの?心が壊れてる?こんな……まるでさっきの殿下と同じような……」
リネットは不安そうだった。僕はそっと手を握った。
「どうやら、悪魔と一緒にいすぎて、三人の気持ちが混ざっているようだね。話は治療がすんでもう少し落ち着いてからの方が良さそうだ。さあ、もう帰ろう。送っていくよ」
でもね、リネットには言えないけれど、彼らが本当の意味で落ち着く日は恐らく来ないだろう。こんな狂人達の近くにリネットを置いておくのはもう嫌だから。
帰りの馬車の中でリネットは背筋を伸ばして前を見据えていた。
「わたくし、決めましたわ。もっと魔術の勉強をして悪魔の被害者を出さないように、助けられるようになります」
「え?」
「わたくしの家が魔術師の家ならば、そういった情報も残っていると思うんです」
リネットは隣に座った僕の方を見た。
「アステル様のようにわたくしも誰かの助けになれるかもしれませんし……。それに他にも……」
「リネットは強いね」
僕は彼女の肩を抱き寄せた。誇らしいと思う。清らかで、真っ直ぐな人だ。僕も決意を固めた。彼女を守って行こうと。
後日、城の地下を僕は王太子殿下と共に訪れていた。
「おいアステル!お前リネットを私に返せ!」
城の地下。メイリーとは違って比較的豪華な家具が置かれた鉄格子の部屋で、ブラッドリー殿下はもう言葉と性格の悪さを隠す気が無いようだった。
「返せと仰られましても、婚約破棄をなさったのは貴方ですよ。それにもう無理だと思います。リネットは貴方の女癖の悪さにとうに気が付いていましたよ」
「ああいう取り澄ました女は私の物にしてしまえば簡単に言うことを聞くさ。侯爵令嬢だから手は出さなかったが、ここを出られたら必ず取り戻してやるからな」
ブラッドリー殿下は醜悪な顔で笑った。
「悪魔の影響かと思ったら、そもそもの品性が下劣だったか。お兄ちゃんはそこまでとは思ってなかったよ。しかも特大の大馬鹿者ときている。この後お前に自由があるとでも思っているのかい?」
「は?卒業してあの男爵令嬢と結婚させられるまでにリネットを取り戻せば私の将来は安泰のはず……」
「お前にそんな自由は無いよ。お前の未来はすでに決定している。その首輪は魔術道具だ。お前の行動を監視するための」
王太子殿下の言葉にブラッドリーは首元の深い紫色の宝石のついたチョーカーに触れた。僕が準備したものでメイリーにも同じものを付けてもらった。
「こんなものっ」
「ああ、外そうとしない方がいいですよ。外そうとすると猛毒の針が出る仕掛けになっています。殿下が王太子殿下の命令に背いた場合にも貴方は死ぬことになります。試してご覧になりますか?僕も効果を見てみたいのでお願いできますか」
自分でも驚くくらいの冷たい声が出た。
「アステル、貴様っ」
「はあ、ブラッドリー、我が弟よ。何か勘違いをしているね。これは国王陛下の命令でもあるんだよ?」
「何ですって?」
「お前の女遊びは許容範囲だった。せっかく見繕った美しくて優秀な婚約者を気に入らなかったのも仕方がない」
「私が気に入らなかったのではありません!向こうが私を敬わなかったのです!私が愛せないのはあちらのせいです!大体美しいと言ってもあの程度の容姿で王家に嫁げるなんて幸せなことでしょう?それなのに」
鉄格子があって良かった。殴りかかるところだった。魔術道具も持ってなくて良かった。投げつけなくて済んだ。王子妃になる為にリネットがどんなに努力していたか理解をする気も無いこの男。殺してやりたいという衝動を抑えるのに苦労した。王太子殿下が呆れたように言葉を続ける。
「はいはい。お前の持論はどうでもいいんだよ。問題はそこじゃない。お前が悪魔なんぞに洗脳されていいように操られ、この国を危機に陥れようとしたことが問題なんだよ」
「ですからそれは知らなかったし、あの女に悪魔が憑いているなんて気が付かなかったのです!私は被害者だ」
ブラッドリーは食い下がる。
「うん。だからそこが一番の問題なんだよ」
「は?」
「お前がただの貴族であったなら良かった。けれどね、王位継承権を持つ王子であるという自覚はあるかい?もしもお前が良いように他者に操られて、私に何かあったら?」
「そ、それは……」
「理解できたかい?そもそもあんなものに近づかれ、気付かなかった時点でお前には王族の資格が無いと国王陛下は仰せだよ」
「そ、そんな……」
「これ以降、行動には細心の注意を払うように。もちろんリネット・クレイトン侯爵令嬢に近づくことも厳禁だよ。お前はいつでも監視されていることを忘れるな」
ブラッドリーは膝から崩れ落ちた。
「悪魔から話が聞けたよ。仲間がまだたくさんいるようだ」
「やはりそうですか」
「しかしあのサシェは凄いね。いや彼女の魔力が凄いのかな?魔除けのサシェを悪魔の部屋にも置かせているけれど、悪魔は目を覚ましても彼女の気配に怯えているようだったよ」
王太子殿下は楽しそうに笑った。僕は少し緊張した。
「お約束通り僕が協力します。ですからリネットは……」
「うん。分かっている。頼りにしてるよ」
その屈託のない笑顔に内心冷や汗をかきながら殿下を見送った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
暗めの展開はここで終わるかと思います、多分……




