処遇
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アステル様とわたくしの婚約が発表されて数日が過ぎた頃。学園内もようやく普段の様子を取り戻してきていた。アステル様とわたくしは温室で一緒に昼食をとるようになっていた。それ以外の休み時間にもここで二人で待ち合わせをして色々なことをお話してる。
「リネット、この後午後の授業は休んで一緒に行って欲しいところがあるんだ」
「これからですか?……はい。分かりました」
「ありがとう」
アステル様はいつもとは違って少し暗い表情をしていた。気になったけど、その後はいつものように楽しそうに昨夜読んだ魔術書のことや、下町にある怪しげな道具屋のことを話していたので、理由を聞いたりはしなかった。行ってみれば分かることだし、アステル様が今説明しないのは何か訳があってのことだろうと思ったから。それにアステル様がわたくしに良くないことをするとは思えなかった。
一緒に行った場所はサンストーン王国の城の一角だった。豪華な装飾のある地上階ではなくて、ごつごつした石造りの地下へ下りていく。いくつかの扉を抜けてある一つの部屋の前で立ち止まった。
「大丈夫だから。リネット」
「アステル様?」
アステル様はわたくしの手を握って、背に隠すようにしてドアを開けた。
部屋の中は光が入っておらず暗かった。魔術道具なんだろうか、ぼんやりとした紫色の明かりがいくつか浮いていた。部屋の中央には小さな男の子……違うあの悪魔だ!でも、おかしい。実体がない?向こうの壁が透けて見える。
「ア、アステル様?これは一体どういう事ですか?」
悪魔はあの時黒い宝石になったはず。膝を抱えて、目を瞑った小さな悪魔が宙に浮いている。その下の床には光る魔法陣が描かれている。よく見たら暗い部屋の中にフードを目深にかぶった人が数人いて、悪魔を取り囲んでいる。
「これが僕と王太子殿下の行った実験なんだ」
「そうなんだよ。結構時間がかかったし大変だったんだよ」
「王太子殿下?いらしてたのですか!」
「やあ、アステル。回復したようで何よりだ。婚約者殿との仲も睦まじいようだね」
ヘンドリー王太子殿下はわたくし達の繋がれた手を見て微笑んだ。
「知らせた通り彼らも目を覚ましたよ」
王太子殿下の言葉にアステル様は頷くとわたくしに向き直った。
「リネット。僕達はメイリーとブラッドリー殿下を悪魔から解放することが出来たんだ」
「え?!」
「今は二人とも別室で休んでいるよ。監視付きだがね」
王太子殿下が捕捉する。
「生きているのですか?」
声が震える。
「ああ、王宮医に診察させたけれど体は何ともないそうだ。多少衰弱しているが」
「良かった……無事なのですね」
涙が溢れた。悪魔を呼び出したのはメイリーだけど、二人が目の前であんな事になってしまって、わたくしの存在が原因だということに衝撃を受けていた。二人はもう戻らないものと思っていて苦しかった。
「あんな目にあって、悪魔の贄にされそうにもなっていたのに随分と優しいのだね、クレイトン侯爵令嬢は。残念だか、彼らは助からない方が良かったかもしれないよ?」
王太子殿下の冷たい声にわたくしは戸惑ってアステル様を見上げた。
「リネット、彼ら、特にメイリーのしたことは反逆罪に問われることなんだ」
そうだ、悪魔は国の乗っ取りを口にしていたわ。メイリーはブラッドリー殿下を手に入れたいと思っていただけかもしれないけど、その結果は……。ブラッドリー殿下まで悪魔に取り込まれて、たくさんの生徒達にも影響が出て大騒ぎになってしまったのだ。
「まあ、メイリーは処刑。ダンバード男爵家は断絶、親類一同も投獄が妥当だろうね」
「そ、そんな……」
「ブラッドリーに関しては悩ましいところだが、王籍剥奪の上幽閉又は国外追放という所かな」
「…………」
わたくしは何も言えなかった。でも、せっかく戻って来たのに。だったらどうして二人を解放したの?
「殿下、僕の大切な婚約者を脅かさないでください」
アステル様が王太子殿下を睨んでいる。
「と言いたいところだけどね。まあ貴重なサンプルを入手できた功績を鑑みようと思うよ」
そう言って苦笑しながら、王太子殿下が指さした先には眠ったままの悪魔がいる。
「表立って処罰すれば諸外国への説明をしなければならないし、面倒だから彼らは僕の監視下に入れることにするよ」
え?面倒だからなの?違うわよね、きっと。王太子殿下も弟君のこと大切で心配だから助けたのよね?
ダンバード男爵家は弱小貴族で親戚は少ない。元々貴族ではなく魔術や悪魔を研究する一族だった。功績を上げた先祖が取り立てられて男爵の位をもらったそうだ。但し現在は細々と領地経営するのみになっている。かれらは今後その家に伝わる知識を生かして王家の影として働くことになるという。
メイリーの処遇は悪魔に関する記憶を消され、魔術道具による監視が付く。これは一生だ。そして家族同様一生王家に飼い殺しにされることが決定している。
「処刑に比べればかなりどころじゃない温情処置だね」
「アステルの頼みでもあったからね。今回の二人の解放はアステルが随分と力を貸してくれたから、彼の希望も聞いた形になってるよ」
「アステル様……」
「……リネットが時々苦しそうにしていたから、何とかできないかと思って色々調べたんだ。上手くいって良かったよ」
「あ、前に仰っていた実験って……」
もしかしてわたくしの為?アステル様を見上げるとアステル様はわたくしを優しく見つめていた。
「いやぁ、ちょうどいいタイミングで魔術書が売りに出されていてね、夢中で読み耽ってしまったよ」
「アステル様……。ありがとうございます」
アステル様はとても優しい。わたくしの知らないところで他にも色々なことをしてくださっていたのかもしれない。そう思い至って涙が出そうになった。
「そうそう、クレイトン侯爵令嬢には申し訳ないけど、今回ブラッドリーは表立って処分はしない。対外的には特に悪いことはしていないから。成人後自ら進んで王家から出ていく。そして身分違いの恋を実らせることになるだろう。美談だね」
ブラッドリー殿下は結局王族の地位を失うのね。それでもメイリーと一緒にいられるから幸せなんでしょうね……。
バタバタと部屋の外で騒がしい足音がする。何だろうと思ってると、いきなりドアが開いた。
「兄上!どういうことなのですか?!私が王家を追放されるなんて!」
「ブラッドリー。目覚めたばかりなのに元気だね」
呆れたように声をかける王太子殿下にブラッドリー殿下は食ってかかる。
「私はあの女と悪魔に騙されただけです!私は悪くない!なのにどうして私が王家を出なくてはならないのです?あんな身分の低い女と結婚だなんて!」
「そんな、殿下はメイリーを愛しておいでなのでしょう?」
「リネットもいたのか。アステル・ムーアクロフト、君も一緒か。最初は毛色の違う珍しいタイプの女だから好きだったよ。君と違って健気だしね。大体君は可愛げが無いんだ!いつもすましていて媚もしない。心から笑うこともない。だから少し懲らしめてやろうと思っただけなのに、あっさり婚約破棄を受け入れるなんて!そういう所だよ!だから殺してやろうと思って……いや、それは無理で……国外追放くらいでいいかと……そう思って……いや、そんなことは出来ない……?」
ブラッドリー殿下は頭を抱えて混乱してるようだった。わたくしは衝撃で言葉が出なかった。
「まだ悪魔の影響が残っているようだね。部屋へ連れて行きなさい」
王太子殿下はブラッドリー殿下について来ていた男の人達に指示を出した。
「騒いでも部屋からは出さないように。これは国王陛下の命令だと思ってくれていい」
「御意」
「ま、待ってください!兄上!そうだ!リネット!もう一度婚約してあげるよ!」
「え?」
アステル様がわたくしの前に庇うように進み出た。
「いくらなんでも男爵家は無い!侯爵家ならまだ私にふさわしい扱いが出来るだろう!だから……」
「アステル様、大丈夫ですわ」
わたくしは一歩前に進み出てブラッドリー殿下を真っ直ぐに見た。
「おとといおいでくださいませ」
ドレスの裾をつまんで出来るだけ優雅にお辞儀をして見せた。
王太子殿下のふき出す声とブラッドリー殿下の怒声が重なる。
肩に置かれた手の温もりが心強かった。
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