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お見舞い

来ていただいてありがとうございます!



あの夢の状態の意味は……。


学園を休まれているアステル様。もしかしたらアステル様に何かあったのでは……。


「アステル様っ……」


わたくしは急いで身支度を整えてムーアクロフト侯爵邸へ向かった。こんな早朝に非常識な行動だとは分かっているわ。先ふれも出してないし、約束があるわけでもない。でも、いてもたってもいられなかった。会って貰えないかもしれない。でも、少しでも近くに行きたかった。




屋敷の前まで来てわたくしは途方に暮れた。当然ながら門は固く閉ざされてる。外には使用人達の姿もない。


「わたくしって本当に考え無しね……」


その時屋敷の入り口の扉が開いて、黒服の壮年の男性が出てきた。わたくしは急いで馬車から下りた。


「リネット・クレイトン侯爵令嬢様でいらっしゃいますね。ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」




わたくしは戸惑いながらもその人について屋敷の中へ入らせてもらった。


「あ、あの……」


「私はムーアクロフト家の執事をしております。ケビンと申します」


エントランスで男性は振り返って一礼して話をしてくださった。


「初めまして。リネット・クレイトンと申します。このような時間に申し訳ございません。あの、どうして……」


わたくしは戸惑いながら質問しようとした。


「アステル様からご指示を受けておりました。貴女様からのお手紙が届いた時に。貴女様がいらっしゃったら、必ずお通しするようにと」


「アステル様が……。っアステル様は大丈夫なのですか?」


クレインさんは人差し指を口に当てて、優しく微笑んだ。


「どうぞこちらへ」






ムーアクロフト侯爵家のお屋敷は静まり返っていた。もう使用人達は起きている時間だと思う。うちの使用人達も起きて仕事を始めていたわ。なのにこの静けさはわたくしの不安を倍増させた。わたくしはすぐにアステル様の部屋へ案内された。



ベッドに横たわったアステル様は、顔色が酷く青白かった。


「アステル様……一体何が……どうしてこんなことに……」


「アステル様はとある魔術の実験をなさったのです」


「え?魔術の実験?」


「それは成功したのですが、最近はぼんやりとされることが多くなり、この間の雪が降った日にも外のベンチに座ったまま長時間眠っておしまいになられたのです。そして案の定高熱を出されたのです」


ケビンさんは額を押えてため息をついた。







「アステル様……そこまで魔術が大事なのですか?」


眠っているアステル様に近づいて膝をついた。気配を感じたのか、物音に気付いたのかアステル様がうっすらと目を開けた。いつもとは違って翡翠の瞳にはぼんやりとした光。


「アステル様……」


小さな声で呼びかけてみた。


「……っ、……リネット?」


アステル様が手を伸ばしてきた。わたくしは思わずその手を両手で握った。


「……おかしいな、触れる……?夢じゃ無いの?……」


掠れた声。呼吸も苦しそう。これは魔術の実験のせいなの?こんなになるまで大事なことなの?


「そういえば、久しぶりに花畑の夢を見て……リネットに会えて……って!リネット?!」


がばっと起き上がったアステル様。すぐにふらりと前かがみになったので慌てて支えた。


「大丈夫ですか?!アステル様っ!」


アステル様の体が熱い。どのくらいの高熱なのかしら。


「え?本物のリネット?来てくれたの?」


声は元気そうだわ。わたくしは少し安心した。


「無理をなさらないでくださいっ!死んでしまいますわ!」


「え?死なないよ?ただの風邪だから」


「はい?」


あれ?……………………?





「申し訳ございません。やや言い方が紛らわしかったかもしれません」


ケビンさんが謝ってくれたけど、勘違いしたのはわたくしだからわたくしも頭を下げた。


「いいえ。わたくしこそ申し訳ありませんでした。わたくしの勘違いでしたわ。学園をお休みだと伺っていて、夢の中であのようにアステル様が消えてしまったので……。魔術の実験と伺って、てっきり重篤な症状だと思ってしまって……」


顔に熱が上がる。てっきり魔術の実験で何かダメージを受けてしまったのだと思ったの。夢であんな風だったから死にかけてるって……。ああ、恥ずかしいわ……。


「まあ、実験で疲れてたのは本当なんだ。ちょっと油断して外で眠ってしまって。ケビンに見つけてもらった時には頭に雪が積もっていたよ」


苦笑するアステル様。


「笑い事ではございません。リネット様をこのように心配させるなど……」


睨みつけるケビンさん。


「でも、ただの風邪で本当に良かったですわ……」


ホッとするわたくしをアステル様は窺うように見つめた。


「心配、してくれたんだね……」


「そ、それは当たり前ですわ……。夢の中であんな風に消えてしまったのですもの……」


アステル様とわたくしが話し始めるとケビンさんはそっと部屋を出て行った。





「え?夢見のサシェの効果が?」


「うん。薄れてきてる。たぶん香りが弱くなってきたからじゃないかな?」


アステル様は夢見のサシェを見つめた。


「そういえばマリアンヌ様もそんなことを仰っていらして、新しく作ってお渡ししたんです。アステル様にも新しいのをお渡ししますね」


「……それは嬉しいけれど、僕にはもう夢見のサシェは必要ないよ」


アステル様は何かを決意したようにわたくしを見た。


「え?」


「運命の人は必要ない。僕にはリネットがいるから」


「アステル様……」


「僕はブラッドリー殿下と一緒にリネットに酷いことをしてしまった。リネットが嫌なら諦めるよ。でも僕はどうしても……」


上掛けを握り締めたアステル様の手をそっと緩めて、わたくしは自分の頬に当てた。もう、自分の中の魔術師の血が求められていたとしてもかまわなかった。ただ、アステル様のそばにいたいと思ってしまった。


「わたくしアステル様の事が好きです。アステル様が死んでしまうかもと思って、いても立ってもいられませんでした。あの悪魔の黒い炎に包まれてしまった時も本当に怖かった。アステル様のそばにいたいです。だからわたくしで良ければよろしくお願いします」


言い終わらないうちにわたくしはアステル様に抱きしめられていた。



「許してもらえないかと思ってた……」


アステル様の声は震えていた。







「ではわたくしは帰ります。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


「ええ?帰っちゃうの?朝食一緒に食べようよ」


アステル様はそんな風に言って手を離してくれなかった。ご両親のムーアクロフト侯爵ご夫妻はわたくしがいることにとても驚いていらした。当然よね。


それでも、アステル様が目覚めたのを見てとても安心なさってた。後でケビンさんが教えてくれたのだけれど、実は昨夜までアステル様はかなり容体が悪かったそう。起き上がれず、食事も水も殆ど摂れなかったらしい。でもその時はそんなこと知らなかったから、


「アステルのそばについててやって貰えないだろうか?」


って涙ぐんだ侯爵様に言われた時は驚いてしまったわ。てっきり非難の目で見られるって覚悟してたもの。




その後は、一緒に食べようって言ったのに全然食べようとしないアステル様に食事して貰うのに苦労したわ。体調のせいかと思ったら、普段も食が細いそうで放っておくとずっと食べずに魔術書を読んでいるそう。


「食べ終わったら帰っちゃうでしょ?」


なんて言って皆さんを困らせるから仕方無く、本当に仕方無くですわよ?


「アステル様、はい」


って食べさせてあげましたわ。ええ、お皿は空にしてきましたとも!


アステル様は真っ赤になって、少し熱が上がったみたいでしたけれど知りませんわ。わたくしだって恥ずかしかったんですから……。




「元気になったら、またあのカフェに連れて行ってください」


そうお願いしたら、アステル様は


「うん」


と、とても嬉しそうに笑って眠ったから、わたくしはそっとお暇してきた。




アステル様は驚異的な回復を見せた。なんと翌朝には一緒に学園へ行くためにわたくしを迎えに来るまでになったのだった。



「本当にもう大丈夫なのですか?」


「ん?うん、大丈夫だよ。やりたいことが多すぎて病気になんてなってられないよ!」


学園へ向かう馬車の中で、隣に座ったアステル様はわたくしの手をずっと握ったまま、新緑の瞳をキラキラさせていた。






そして後日、アステル様とわたくしの婚約が正式に結ばれ発表されたのだった。








ここまでお読みいただいてありがとうございます!


※変更しました


メイリー・ホーランド男爵令嬢→メイリー・ダンバード男爵令嬢


申し訳ありません。よろしくお願いします。

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