運命は変わってしまう
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窓から月明りが射している。
喉が渇いたわ……。わたしくしは暗い部屋でそっと起き上がった。ここは学園の救護室かしら。うっすらと見覚えがあるわ。窓の外には人の気配がする。やだ、寝間着を着ているわ。いつの間に着替えさせてもらったのかしら?もしかしてアステル様が?ってそんな訳ないわよね。あのドレス、捨てられてしまったのかしら……。わたくしはため息をついた。
隣の部屋からは明かりが漏れている。誰かが話しているみたい?こんな姿見られたくないわ。すぐにお水を飲んでベッドへ戻ろう。わたくしはドアの近くにあった棚の水差しから水を注いで飲み干した。あら?話しているのはヘンドリー王太子殿下とアステル様?わたくしは思わず耳を澄ましてしまった。
「………………」
「……しかし、素晴らしい力だったね」
「そうですね。僕は是非ともこの血統を手に入れたいんです」
「魔術の血統か。私も是非とも欲しいものだな。より濃いものが欲しいな。他にもいないか探してみよう」
「それはいいですね。他の国にもいるかもしれないですね」
「この血を絶やしてはいけないな」
血統……。あ、ああ、そうよね。ずっとそう言ってたもの。わたくしの中の魔術師の血。それが無かったら、アステル様はわたくしに興味すら抱かなかったわね、きっと。
わたくしはそっとベッドへ戻った。その後、待っていてくれた家の馬車に乗って家へ戻った。
あのスノウレースの宴の夜から五日程が過ぎた。わたくしはあれから学園を休んでいて今日やっと登園することが出来た。学園が再開されたのはあれから三日後だから、実質休んだのは二日間だった。少し気分が悪かったので温室の中でぼんやりしていたら、アステル様がやって来た。どうしていつもわたくしの居場所が分かるのかしら?
「リネット!良かった!もう大丈夫なの?」
「はい。ご心配をおかけしました。アステル様は大丈夫ですか?」
「うん。僕は全く問題ないよ」
わたくしが意識を失った後、あの星空の花畑は消えて元の大講堂の広間に戻ったそうだ。
あの後、もちろんダンスパーティーは中止になった。倒れていた生徒達はほどなくして目を覚ましたということだった。本当に良かった。元々微力な魔力を殆どの生徒達が持っていたらしく、それを広く浅く吸い取られた。自己申告では体調に問題がある人は今のところ無くて、みんな学園に来ているそうだ。……あの二人以外は。
これらのことは屋敷へ事情聴取に来た調査官の女性から聞いたことだった。
学園の生徒達への事情説明はほぼ本当のことが語られたらしい。すなわち悪魔が現れたと。わたくしは驚いた。ただメイリーが悪魔を呼び出したことは伏せられ、悪魔がブラッドリー殿下とメイリーに化けて現れ、王家の魔術師達によって倒されたと告げられた。騒ぎを起こして人心を惑わすことが好きな悪魔だったと。学園では今後魔術の授業に力を入れることになったそうだ。(今までは座学が主だった)メイリーとブラッドリー殿下は体調不良で静養中という事になっているので、本当の事は口外しないように釘を刺された。
「リネット……話があるって言ったの覚えてる?」
アステル様は少し躊躇ったように話し始めた。
「あ、ええ、もちろんですわ」
魔術の話だろうか……。今は正直あまり考えたくないわ。メイリーが悪魔を呼び出したのも魔術なのよね……。わたくしがいなかったら、メイリーやブラッドリー殿下があんな事にならずに済んだのでは?そんな風に考えてしまう。
「その、僕達の婚約の事なんだけどこのまま継続でいいかな?」
顔が強ばったのが自分で分かった。見られたくなくて下を向いた。あの夜のアステル様の言葉を思い出してしまった。
「…………」
言葉が出てこない。嫌じゃないけれど、手放しで喜べなかった。アステル様はわたくしの事が好きな訳じゃない。
「……やっぱり、僕を許せない?」
わたくしは顔を上げた。悲しそうな顔……。
「そ、そんなことは……」
許すなんて……。アステル様は悪くないのに。わたくしを助けてくれたのに。そう言いたいのに。わたくしどうしちゃったの?言葉が出ないの。なんて言えばいいの?何を言えばいいの?混乱してますます言葉が出なかった。
「そっか……。ごめん。婚約の事は…………っごめんまた日を改めて話そう……」
そう言うとアステル様は教室へ戻ってしまった。
「あ、…………」
それでも何も言えなかった。
その日以来アステル様はわたくしの前に現れることは無くなってしまった。
学園はしばらくの間ピリピリとした空気だった。わたくしに質問をしてくる人達もいて気が休まらなかった。だからもう謂れのない中傷を受けることは無いと分かっていたけれど、わたくしは休み時間のたびに温室へ逃げ込んでいた。
「やっぱり針仕事は落ち着くわ……」
不思議とわたくしが温室にいる時は誰も入ってくることは無かった。クリアセインをはじめとした、草木の香りがわたくしを落ち着かせてくれた。温室のテーブルには自分の裁縫セットを置きっぱなしにして縫物に集中した。
「アンリエッタ様とマリアンヌ様に頼まれた分。よし完成。後でお渡ししよう」
アンリエッタ様の夢見のサシェは取り上げられてしまったし、マリアンヌ様のは少し香りが弱くなってしまったらしいので新しいものをつくった。集中してると色々なことを考えなくて済む。
テーブルの上にはもう一つ未完成の夢見のサシェ。予備で作ったものだった。いえ、違うわね。これは自分の為に作ったのだ。
「アステル様……」
彼とはあれから一度も顔を合わせていない。アステル様も来ないし、わたくしも会いに行く勇気が無い。同じ学園にいて教室も近いのに。会っても何を言ったらいいのか分からなくて。それなのにわたくしおかしいの。
「寂しい」
勝手すぎるわね。こうして彼が来てくれるのを待ってるなんて。今夜このサシェを使ってみようと思ってる。運命の人に会える夢見のサシェ。
『運命は変わっていくものなのよ』
おばあ様の言葉を思い出す。
「わたくしの運命の人はアステル様のままかしら」
わたくしは未完成だったサシェを仕上げた。
「え?アステル様って学園をお休みされてるの?」
「そうよ。リネット様ったら知らなかったの?」
「最近は一緒に学園へ来てなかったから……」
わたくしが言い淀んでいると察してくれたのかアンリエッタ様が優しく言ってくれた。
「色々ごたごたしていたものね……。体調が悪いのでは?きっとリネット様に心配をかけないようになさってるのよ。お見舞いに行って差し上げたら?」
「え、ええ……」
出来上がったサシェを渡しに行ったアンリエッタ様とマリアンヌ様から聞かされた言葉に驚いたわ。どおりで学園でも全く姿を見かけない訳だわ。避けられているのかと思っていたけれど、それでも同じ三年生だし、お姿すら見かけないのもおかしな話だもの。心配……わたくしがお見舞いに行ってもいいのかしら……。悩んだ挙句、帰宅後わたくしはお手紙を書いてムーアクロフト侯爵家へ届けてもらった。
夢を見た。
あの花畑の夢。スノウグラスとクリアセイン。いつも通りの青空の。
誰もいない。
ああ、運命は変わってしまった。
わたくしがアステル様を拒絶してしまったから。何も言えなかったから。
「今さら寂しいと思うなんて……わたくしって馬鹿ね。でも、アステル様はわたくしを好きなわけではないもの……」
でもわたくしは……。
「会いたい」
「会ってお話したい。魔術のお話を聞きたい」
「わたくしはアステル様が好きだわ」
涙が零れた。花たちが揺れる。光を放つ。無数の花から無数の光が浮かび上がる。
「綺麗……」
花畑の向こう側に人がいる。
「え?アステル様?」
少し遠くにアステル様がいる!後ろ姿のアステル様は透き通ってる。
「アステル様っ!」
わたくしの呼びかけに振り向いてくださったアステル様は弱々しく笑ってる。
「ああ、リネット……ようやく会えた。ずっと会えなかったから、もう駄目なんだと……」
「アステル様?どうなさったんですか?」
「会えて嬉しかった……」
「アステル様?」
アステル様の姿が消えてしまった。わたくしはどうしようもない焦燥感に駆られた。
「アステル様……、まさか、そんなの嫌よ!」
思い浮かんだ不吉な想像にわたくしは飛び起きた。
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