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星と香草と幸運と

来ていただいてありがとうございます!



漆黒の髪、漆黒の瞳。悪魔はとても美しい男性だった。


「最初からメイリーを利用するつもりだったということか」


アステル様の問いに悪魔は美しい声で答えた。


「先程も言った通り。願いは叶えた。第二王子は手に入れてやった。憎いリネットも潰した。契約は終了した。だから私は報酬を受け取った」


「そんな……」


確かに願いを叶えているけれど、その後でメイリーを取り込んでしまったら意味が無いわ。悪魔との契約ってそういうものなの?恐ろしいわ。





「本来はリネットをもらうはずだったのだ」


「っ!」


「何だと?リネットは僕の婚約者だぞ!」


「ア、アステル様、たぶんそういう意味ではなく……」


「…………しかし、リネットは力が強い。無理だった」


悪魔は目を細めてわたくしを見てる。


「だから私は宿主から受け取ることにした。邪魔になったからちょうど良かった。やっと肉体を手に入れた」


嬉しそうに悪魔は自分の両手を見つめた。初めて見た時は黒い影だったけど、二人を取り込んで体を手に入れてしまったという事なの?


「リネットを贄にするとメイリーが約束したというのか」


アステル様の言葉に悪魔が楽しそうに頷くのを見て、わたくしは自分の体を抱き締めた。わたくしはそこまで憎まれていたの?死を望まれる程なんて……。怖い。






「結界の魔法陣は無効化したが、お前の空間に閉じ込められた。お前を殺してここを出る。そうすれば私は自由だ。まず手始めにこの国を貰う」


悪魔がわたくしを見据えた。ノースポールが唸りをあげ、アステル様がわたくしの前に立ち塞がった。


「アステル様、ノースポール」


アステル様は礼服のポケットから何かの紙片と瓶を取り出した。


「さっきは油断してたけど、僕も対策くらいはしてきたよ。リネットは僕が守るって決めたからね」


そう言うとアステル様は悪魔に向かって走り出した。


「愚かしいな」


悪魔は冷たい笑顔を浮かべると、腕を前に突き出し黒い炎を掌から噴き出した。


「同じ手は食わないよ」


アステル様は片手で炎を受け止めた。


「う、受け止めた?!アステル様すごい!」


アステル様の掌にはさっき取り出した紙片があるみたい。


「惚れ直した?リネット」


アステル様は黒炎を受け止めながら振り向いて片目を瞑った。


「あ、えっと、それは……」


恥ずかしくて口ごもってしまった。


「えー?まだ駄目?頑張ってるのになぁ……よし今だ!ノースポール!」


そういえばノースポールの姿が無かったわ。白灰の狼犬は口にくわえた小瓶を背後から悪魔に投げつけた。あれはさっきアステル様が持っていた小瓶だわ。いつの間に?小瓶に見えたそれは悪魔にぶつかると細かい光の粒になって悪魔を包み込んだ。暗闇に朝日が射したようだった。


「くっ……」

「よーし!偉いぞ!ノースポール!」

「わふんっ」


悪魔の苦悶の声と、アステル様の喜ぶ声と、ノースポールの得意げな声が重なる。






「何をした?」


「ふっふっふっ!効いてきたようだね」


「アステル様?」


「これは魔力封じの護符。ノースポールがかけたのは『精霊王の涙』という聖なる水だ!魔術道具屋で入手したんだ。邪なる力をじわじわじわじわと削っていくんだよ!」


わあ、心強いんだけど何だかのんびりな感じのアイテムね。どうせなら一気に倒せればいいのに。


「普通に聞いたら怪しさ大爆発の物なのに本物(当たり)を手に入れているとは……さすが幸運の星と呼ぶべきか」





「さっきから僕の事を幸運の星って呼んでるけどそれ何?」


アステル様が悪魔に尋ねた。あ、それ、わたくしも気になってたわ。


「ふ、気が付いていないのか。男、アステルとか言ったか。お前には幸運が味方してる」


説明してくれるなんて意外と親切な悪魔ね。


「ああ、そうかもしれないね。何せリネットと出会えたんだから」


アステル様が微笑んでわたくしを見てる。


「そ、そんなこと……」


わたくしは思わず俯いてしまった。顔が熱いわ。……でもたぶんわたくしが思ってるのとは違う意味よね、きっと。


「……だから、いちゃいちゃするな!」


「し、してませんわっ!」


あら?悪魔の姿が若返っているような……?最初は二十代前半の青年だったようだけれど、今はわたくしたちよりも年下の少年に見えるわ。かなりの美少年ね。『精霊王の涙』だったかしら、あのアイテムの効果なの?悪魔の力が弱まってるの?





「ええいっ!腹立たしいっ。さっさと片付けてやるっ」


少し焦ったような声と共にわたくしの背後に悪魔が現れた。


「え?」


悪魔からまた黒炎が放たれた。今度はわたくしに向かって!避けられなかった。


「…………っ!」


声も上げられず、もうダメだと思ったわ。アステル様にいただいたドレスやアクセサリーの宝石達がパリンッ澄んだ高い音を立てて砕け散った。わたくしを包んでいた炎は消えて、熱さも無かった。


「リネット!!」


アステル様がわたくしに駆け寄り悪魔から引き離してくれた。


「何をするっ!!」


ノースポールが悪魔の腕に嚙みついてた。悪魔がノースポールを振り払う。


「リネット!無事?何ともない?」


アステル様がわたくしの体を確認する。


「ありがとうございます。宝石が守ってくれたみたいです。何ともありませんわ。……でも、せっかく頂いたのに……」


わたくしのドレスはあちこち焼けて黒く煤けてしまっていた。このドレスとても好きだったのに。これからも大切にしようと思っていたのに。宝石は魔術道具だったとしてもドレスは……。


「良かった。本当に……。大丈夫だよリネット。またプレゼントするから!良かった。リネットをちゃんと守ってくれたね」


アステル様のお言葉はとても嬉しかったけれど、そういうことじゃ無いの。このドレスが大事だったのよ。





「許せませんわ、あなた!!」


「うおんっ!」


悪魔を指差したわたくしに同調してノースポールが吠えた。わたくしの心から恐怖が薄れた。星が強く瞬いて、光が花畑に降り注いだ。光はクリアセインの青い花に灯り、わたくしの周りが青白い光で満ちる。光は悪魔に収束していった。


「ふん。お前の力など、はね返してやるよ!…………?力が出ない……?」


悪魔は狼狽している。その姿は小さな男の子の姿に変わっていた。





「何なんだよっ、これは?!大体リネットは王子に捨てられ、周りからも人が去り、ひいては国外追放になるはずだったのに何故何事もなかったかのようにしてる?」


「いや、仮にも侯爵令嬢をそんなに簡単に国外追放にできないし、この事態は王太子殿下を通じて国王陛下も御存じだから、国を乗っ取るとかそんなこと簡単にはできないよ?」


アステル様が呆れたように説明する。


「何だって?考えなしのバカ王子のいる王家だから、何も気が付いていないと思ってたのに!」


うわあ、なんてことを……。自分で洗脳しておいてバカだなんて酷い。


「それにこの場には我々だけじゃない。王家の影達もいるんだ。もう、お前は終わりだ」


アステル様の言葉に応えるように、(うずくま)っていた人達が一斉に立ち上がった。良かった皆さん大丈夫だったんだ。ドレスや夜会の礼服を身に着けているけれどこの人たちが王家の影達なのね、きっと。そのうちの一人が前に進み出た。


「王太子殿下の命により、お前を倒す」


影の人達が幼い子どもの姿になった悪魔を取り囲んだ。







「……ふ、ふははははっ!いいのか?私を倒せばメイリーも王子も戻らないぞ!」


え?まだ二人とも無事なの?助かるの?悪魔の言葉にわたくしは驚いた。


「……尊い犠牲だ。仕方がないとの仰せだ」


「なんだと?!」


「そ、そんな……待って!待ってください!」


とび出そうとしたわたくしはアステル様に止められた。


「アステル様っ、でもっ」


アステル様は黙ったまま頭を横に振った。足元に戻ってきたノースポールもわたくしを見上げている。


わたくしの言葉は届かなかった。いつの間に発動していたのか、影達の魔術は完成して悪魔は圧縮されたように、黒い小さな宝石(いし)になってしまった。






好きな人達じゃ無かった。むしろ嫌いだった。だけど消えてしまえって思ってたわけじゃ無かった。……本当に?いいえ、辛かった時にそう思ってしまったこともあったわ。認めるわ。でも本当に消えてしまうなんて……。しかもこんな形で。わたくしの何が駄目だった?どうしてわたくしを憎んだの?ぐるぐると考えながら、わたくしは意識を手放した。










ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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