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星空の花畑

来ていただいてありがとうございます!




◈ 王太子の思惑 ◈


ふむ。想定外の事というものは起きるものだね。


影達から送られてきた映像を見ながら私は頬杖をついた。


メイリーを傷付けずに悪魔を切り離すことは残念ながら不可能になったようだ。悪魔が大講堂の中の生徒達に何かしらの影響を与え始めている。


悪魔を呼び出したメイリー・ダンバード男爵令嬢。籠絡された愛しき我が弟ブラッドリー。ああ、憐れな弟。おかしな女に目をつけられたせいで……。


とはいえ、王族の義務である魔術に関する勉強にあまり身を入れていなかった自分も悪いと諦めてもらおう。女癖の悪さにも原因があることだしね。第二王子派と名乗ってる貴族連中も災難だったな。担ぎ上げた頭がこんな情けない人間だったなんて。


彼らごと悪魔を葬る事になりそうだ。そうなると洗脳を受けている他の貴族子女達もただでは済まないだろうな。巻き込まれて良くて廃人、最悪死ぬことになるかもしれない。そのように予め当該の生徒の親達には通告してある。


このような不祥事を表に出すことは出来ない。これからのサンストーン王国を担うであろう高位貴族の子らが洗脳され、良いように動かされた等という事実はあってはならないのだ。ましてや王子まで。国王陛下は頭を悩ませている。まだ、学園内で収まっているうちに事態を処理しなければならない。




国王陛下を悩ませることはあってはならない。これ以上。




おやおやアステルの奴、何をやってるんだ?あのままじゃ死んでしまうじゃないか。仕方ない。アステルはわたしの数少ない趣味仲間であり、悪魔の洗脳を自力で解いた有望株だ。失う訳にはいかないなぁ。さっさと悪魔を始末するか。




……っと。これはこれは……!リネット・クレイトン侯爵令嬢、魔術師の血筋の覚醒か?今までもその片鱗を見せていたようだが、中々に興味深い展開になってきた。


花壇や温室、庭園の植物達に星からの光が降り注いだ。学園に張った六芒星の結界に重なるように青い光の星が浮かぶ。私がいるこの塔からは学園が見渡せる。


ああ、この温室や庭園の配置は……学園の創始者、第八代国王は何かを意図していたのか?クレイトン侯爵令嬢の声と魔力、そしてあの犬の遠吠えに呼応するように八つの頂点を持つ星の形の光が学園を包み込んでいる。


クリアセインと星……。アストランディアの紋章だったな。学園中がリネットのサシェ、リネットの支配する『場』となったという事かな?


さて、ここから何が起こる?私は影達に出そうとしていた指令を一旦取りやめて、様子を見ることにした。





◈◈◈◈◈◈◈◈







「アステル様っ!」


アステル様が黒い炎に包まれた。とても苦しそうだわ。来るなってアステル様が言ってる。聞くつもりはなかった。ノースポールの遠吠えのような声が聞こえる。わたくしはアステル様に駆け寄って抱きしめた。




光が溢れた




「これは……」


アステル様の声に我に返ると、わたくし達はとても美しい場所にいた。アビントン学園の大講堂にいたはずなのにどうして?ここはいつものわたくしの夢の中の花畑?でもいつものように青空では無くて、星空に大きな丸い月のような星がいくつか浮かんでいる。


「美しい景色だ……」


「アステル様、大丈夫なんですか?」


いつの間にかアステル様を包んでいた黒い炎が消えていた。


「うん。痛みも無いよ。ありがとう、リネット」


「え?」


「リネットが抱きしめてくれて、炎も体の痛みも治まったんだ」


腕の中のアステル様がわたくしを見上げて微笑んでいる…………?わたくしは何てことをっ!胸にアステル様を抱きしめていたわっ!わたくしったらこんな……こんな……。


わたくしは慌てて離れようとした。したのよ。でも、わたくしの腰を抱いているアステル様が離してくれなかった。


「あの、アステル様?」


「うーん、いつもの夢の花畑に似てるけれど、クリアセインが多めだね。クリアセインは春に青い花を咲かせるハーブだよね。今は冬だし、現実の世界ではないみたいだね。星空にクリアセイン。リネットのおばあ様の、アストランディア家の紋章と同じ……。うーん興味深い」


分析を始めちゃったわ……。


「アステル様、今はそんな場合では……。とりあえず離していただけませんか?」


さっきから、殿下やメイリーが苛ついたようにこちらを見てるのよ……。私の腰を抱きしめたままのアステル様をノースポールが引きはがそうとしてる。


「ああ、今いい考えが浮かんだのに!」




「だから、何をしてるんだ!君達は!大体何なんだここは!!それにどうしてそんなにくっついている?大体リネットは私の婚約者だったくせに!乗り換えが早すぎるのではないか?」


イライラしたように早口でまくし立てる、ブラッドリー殿下。


ええ?それはブラッドリー殿下にだけは言われたくないですわ。それにわたくしはまだ婚約するって了承したわけでは無いのに……。身分だけで言えば侯爵家同士だし、次男次女同士だし、恋愛結婚も許されるんだけど……。


い、嫌な訳じゃ無いのですけれど……。だって、アステル様はもう味方だし、仲間だし、友人……だし、たぶん。それにちょっと変わってるけど優しいし、…………わたくしを守るって言ってくださったわ。って、わたくしったら、こんな時に何を考えているのかしら!


「アステル様もですわ!このような公共の場でそのようにイチャイチャなさるなんて下品ですわ」


メイリーが腕を組んでアステル様に言いながらわたくしを睨んでいる。


「いや、君にだけは言われたくないんだけれどね……」


アステル様はようやく腕の力を緩めて下さったので、二人で立ち上がった。



ここでわたくしは違和感に気が付いた。メイリーとブラッドリー殿下から、黒い気配が感じられない。悪魔は何処にいったの?


「あ!」


花畑のあちこちで人が倒れている。学園の生徒達だ。そして倒れてはいないけれどしゃがみ込んで苦しそうにしている人達の姿もあちらこちらにある。


黒い点が空に浮いている。メイリーたちの上に。点がシミのように広がり、星空を切り取り大きな影のような男が現れた。ううん、男の姿の様な黒い影かしら。



「ヤハリ、オマエタチガジャマヲスルノカ。クリアセインの娘よ。星ノ系譜ノ狼。幸運ノ星」


だんだん言葉が流暢になっていってる。どういう現象なの?


「ちょっと!何勝手なことしてるの?あなたは私の手伝いをするために呼び出したのよ?ここまで大事にするつもりは無かったのに!それに何でそんなに大きくなってるのよ!!」


「な、何だあれは!!メイリー、君は知ってるのか?」

 

戸惑うブラッドリー殿下の声。


「え?いいえ!えっと殿下ぁ、私怖いですぅ」


今さら猫撫で声で取り繕っても遅くないかしら、メイリー。


「我を呼び出し者よ。お前の願いは叶えた。契約に従い贄を差し出せ」


悪魔が不吉なことを言ってる。嫌な予感がするけれど、どうしたら良いのか分からない。それに分かっても動けないと思った。さっきまでとは比べ物にならない程の(プレッシャー)を感じる。ノースポールもわたくし達の足元でずっと唸ってる。臨戦態勢みたい。


「メイリー、君に向かって話しかけているぞ」


「ちょっとあなた、空気読んでくださる?今は話しかけないで。引っ込んでてよ!」


そして状況が全く分かってないらしい二人。カオスだわ……どうしたらいいのかしら。



「悪魔が実体化した?いや、この場所は恐らくリネットの魔力でできた精神世界だ。まだ実体化じゃないな。しかしもうメイリーから離れて自分の意志で動けるくらいの力は得たということか」


アステル様もここで周囲を見回す。


「みんなの魔力を吸い取ったのか?あの時に、悪い感情を増幅させて力を得た?もうメイリーに憑く必要がなくなった……。元々、メイリーを利用して何かをするつもりだった……」





「きゃあああっ」


メイリーの体が黒い影に飲み込まれた?


「ついでだ」


「メイリー!貴様っ何をっうわああっ」


「メイリー?!ブラッドリー殿下?!」


ブラッドリー殿下の体も飲み込まれた。あっという間の出来事だった。黒い影は明確に人の形を取り始める。何が起こってるの?悪魔はメイリーに従ってるのではないの?




「つまり、もうメイリー(宿主)は用済みということか……」


アステル様が苦々しく呟く。





「ご名答」



人の形をした悪意が、口元を細い三日月のように裂いて嗤った。











ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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