換気扇を回す時、多分部屋の中もちょっと回ってる。
コイツら…まるで隙だらけ…。
だが、そう見せかけていることは分かっている。
この魔法使い。相当な手練だ。
周りを囲まれ絶体絶命のこの状況下で、武者震いとはな…。
それに隣の少女。
こっちは笑っている。
何と言う余裕だ…!魔法使いは兎も角、見た目通りの若さでは無いな…。
どちらも、何を考えているか全く分からん。
下手な動きは出来んか…。
しかしこの空気。部下たちは完全に気圧されてしまっている。
引くなら今。か。
しかし、部下をやられて黙っている訳にはいかん。
吸血鬼には堕ちたが、私にも誇りはある。
「こちらはアジトの一つを燃やされ、部下は魔法使いにやられた奴を含めて35人が軽い火傷だ。」
え、そんなに!?
「!」
「その『アジト』を燃やしたのはー」
黙ってください。
そもそも、燃やせと言ったのはお婆ちゃんでしょうが!?
私は命令されてなす術なく…。
「それで?」
お婆ちゃんの身一つでどうか!
あ、いやでもそれをやったら旅はどうすれば…。
一人と一頭で村まで帰れますかね?
「お金で帰ってくれたり…?」
よし…乗り気だ…!
ここは低く提示して切り抜けよう。
単なる魔法使いと侮っていた…!
戦闘狂と言うやつだろうな。悪意がない分タチが悪い…。
「大銅貨5枚でどうだ…?」
お?値切れそう。
「大銅貨1枚!」
この状況で…!?やはり、私の目に狂いは無かった様だな…。
この少女。只者ではない…!
しかし私にも部下達の期待がある!譲れぬものがあるのだ!
「…大銅貨3枚。」
「2枚!」
「くっ!大銅貨2枚と中銅貨5枚!これ以上は譲れん!!」
よし!なんか知らん内に解決した!
今はお金あるし、お婆ちゃんと言う金のなりそうでならなさそうな木が無事ならむしろプラス!
「ボス…。」
「すいません!オレ達が弱いせいで…!」
…私は良い部下を持ったな。
吸血鬼にはなったが、案外この生活も悪くは無いのかも知れん。
「気にするな。」
と言うことで、盗賊関連は解決したっぽいです。
でもアレですね。今回の事ではっきりしましたけど、お婆ちゃんは頼りにならないですね。
私も少しは逃げ足を鍛えないと、この先生きて行けなさそうです。
何か良い感じの魔法ないですかね?
足が速くなる魔法とか。縮地とか!使えたらカッコいいですよね〜。
「あー怖かった。殺されるかと思った。」
こう言うところは見た目通りなんですよね。お婆ちゃん。
「あぁ、そりゃそう言う呪いじゃからな。魔力が増える代わりに体力、要するに成長せんくなる。」
知識や技術は増えて、経験も増えて、魔力は元々多い。
ただし、肉体的にも精神的にも成長出来ない。と。
そう言う理由があったんですね。
じゃロリですね。
「なんか失礼なこと考えとるじゃろ。心を読む魔法もあるんじゃぞ。使うぞ。」
私はいつも尊敬してますよ。
「…。」
「…。使っとらんのじゃから、心の中で思っても分からんぞ。」
そんな感じで、「吸血鬼へのヘイトがヤバい」って言うエピソードの始まりが過ぎまして。
次の町へ向かう道中。
「次の町はいつですかぁ?」
「まだまだじゃ。」
…。
「次の町はいつですかぁ?」
「まだまだじゃ。」
……。
「次の町はいつですかぁ?」
「まだまだじゃ。」
………。
「次の町はーーー」
「『まだじゃ』っつとるじゃろうが!!」
もう一ヶ月経ってるんですけど。
食料も飲み水も尽きて、岩肌の崖ぎわをガタガタ揺れる毎日。
「10歳ですよ!?育ち盛りですよ!?私の発育が止まったら責任取れるんですか!?身長伸ばせるんですか!?胸デカく出来るんですか!!??」
と言うのもですね。
ラーの町を出て一週間ほどしたら次の町に着くはずだったんですよ。
ですが、出立3日目に丁度通行禁止令が出ましてですね。キー大森林を抜ける直通ルートが使えなくなったんですよ。魔物が出たとかなんとかで。
大森林は高い岩山に囲まれていて、直通ルートが使えない場合、迂回路のトンネルを使って二週間ほど掛けて次の目的地であるキーの町に行くんです。
ですが、今度は落石でトンネルが塞がってしまい、復旧作業と「安全管理の為の再発防止策の検討」に時間がかかるとかで三ヶ月は待たなきゃダメなんです。大森林の前にも、トンネルの前にも、開通するのを待ってる人たちでちょっとした拠点が出来てました。
しかも、私たちはトンネルの前まで行って初めて、トンネルも通れないと知ったので、大森林の西側にあるトンネル、その真反対である東側の岩山を通るルートです。
「一般の交通規制に従って走行してください…。」
「無理して喋るな。…何言うとんじゃ幻覚か?」
違いますぅ。
まあとにかく、時間がかかってるんですよ。でもロリお婆ちゃんが、
「かっこよく町を出たんじゃぞ!?今更引き返すなんて無理じゃ!ワシは進み続ける!例えそれが、どれほど困難な道だとしても!!」
て言うから了承したんですよ。多分もう魔物討伐されてますよ。少なくともキーの町に着く頃には平和な大森林ですよ。
「安心するんじゃ。ワシには呪いがあるし、吸血鬼は丈夫じゃから多分イけるし、いざとなればからあげをカラッと揚げれば…多分大丈夫じゃ!切り替えて行くぞ!」
魔法でなんとかしてくださいよ。
すごい魔法使いでも生命の限界は越えられないんですか?もう少しこの状態が続けば、呪いの方が魔法への尊敬に勝ちますよ?
「ギャーーーーー!!!」
ぎゃぁ?
「ぎゃぁ…?」
あれ?今上の方からぎゃーって。
「あの………。あの、アレ。飛んでるの。なんですか?アレ。」
翼があって、羽毛はなくて、爪があって、飛んでるやつ。
「アレはワイバーンじゃな。沢山おるし、群れじゃろ。」
なんかめっちゃ鳴いてますよ。
だんだん近づいてきてるのもいるし。
「そりゃ、群れじゃからな。子供を守るために親達は攻撃的になっとるんじゃ。」
なるほど。
…岩山の迂回路を使わずに、わざわざトンネルや大森林の前で待ってたのって、
「久々に通ったから忘れとった。そういえば、この岩山はワイバーンの生息地として有名じゃったな。いやー歳はとりたくないのー!はっはっはっ!」
ワイバーン共々、息を大きく吸いまして、
「「「ギャーーーーー!!!」」」
「からあげ走れ!唐揚げにされるぞ!!」
「手綱は私が握りますから!ロリお婆ちゃんはワイバーンの方を!」
からあげ〜?いざとなったらロリお婆ちゃんが「ここは私に任せて」してくれるからな?ロリお婆ちゃんの犠牲は無駄にしないと誓うぞ?
ロリお婆ちゃんへ感謝を込めて、敬礼。
「ありがとうロリお婆ちゃん…!」
「縁起でもないこと言うな!!」
すみません。
「大森林は通れない。トンネルも通れない。遠回りしてきたらワイバーンに襲われる。」
「ワシはなんもしとらんじゃろうが!事あるごとに出てきては、ワシの前に壁を建てて建てて建てて…。」
「あーーーーーー!!!!!」
「もーう限界じゃ!!ワシは腹が空いてイライラしとるんじゃ!!おぬしら全員丸焼きにしてワシの腹を満たしてもらうぞ!!!!」
ロリお婆ちゃんは杖を掲げて、呪文を唱えます。
呪文は高度な魔法に必須で、集中力を高めるとか、魔力が練りやすくなるとか、なんかそんな感じのアレがイイ感じにあるらしいです。
「万物の根源たる火よ。そのひとときの灯火を我に与えたまえ。風は火を強め、水は火を帯び、土は火をはね返し、彼の地の安息は失われた。火は尚も衰える事無く燃え続ける。故に我は懇願する。果て無く続く永劫の炎を、今。この地に顕現せん。」
長杖の先は炎に包まれる。
「綺麗…。」
詠唱は続き。
「我の眼前をただ漂う哀れな鳥よ。其方に纏わり付く枷を解き放とう。肉を捨て、骨を捨て、血を捨て、魂の真真に飛び立つのだ。お前を地に縛り付けるものは今、唯の一つも失われる。」
「レボルビングフレイム!!」
群れの中心に現れた小さな炎の周辺を、いくつもの炎が周り出す。
公転する炎はだんだんと増えて行く。
炎の勢いは加速度的に強まっていき、数度瞬きする間にワイバーンの群れを焼き払った。
「っ流石お婆ちゃん!やっぱり凄い魔法使いなんですね!尊敬します!!」
あれ、お婆ちゃん固まってますね。
疲れたんですかね。流石に疲れますよね。こんな魔法使ったら流石に。
「た…。」
た?
「食べれるとこ残っとらんか探せぇ!!」
「せっかく倒したんじゃ!アレだけやって収穫無しなんて、そんな救われんことあるか!?死に物狂いで探すんじゃ!!生き残りでもええぞ!!次は加減する!!こんがり美味しく狐色にする!!!」
あー。
多分、残ってないと思いますよ。焼けてないのは逃げるでしょうし。焼けたのは全部谷に落ちたみたいですし。
「もう駄目じゃぁ…。わし達はここで死ぬんじゃぁ…。わしは調理の基本である焼きすら出来ん最低の人間なんじゃぁ…。鬼じゃけど…。」
自業自得ですけど、今回は同情してあげましょう。
結果から言うと、それから1日も経たずとキーの町に着いたので。
真っ先に飯処に行って、宿を取って、今日はもう寝ます。お休みなさい。
「何!?全部の街道が封鎖されとるんか!?」
そう言えば、昨日町に入ったとき変な目で見られてたんですよね。
変なガキが変なルートを通って来たからだと思ってましたけど。封鎖されているのに旅人が来たからだったんですね。
「冒険者ギルドに行くぞ。街道の調査依頼が出とる筈じゃ。」
なるほど、こう言う時の情報集めは冒険者ギルド。覚えておきましょう。
「魔物。落盤。魔物。落石。濃霧。魔物。魔物。わしらが通って来た岩山の道は元々じゃし、確かに、全ての道が閉ざされておるようじゃな。」
最後の依頼変ですね。
「『キーの大森林の街道にて、未知の魔物の目撃例。大きな翼を持ち、闇夜に紛れて人を襲うとの噂有り。負傷者は大量出血。療養中にて面会は難しい。』これも調査依頼の枠なんですか?」
報酬も書いてないですし、誰かのメモ書きみたいですよ。これ。
「注意喚起の様なものじゃな。関連のある依頼と共に貼っておく事で、『内容以上に危険な依頼かも知れない』と言う事を知らせる意図があるんじゃ。」
まあ、私には関係ないので、さようなら。
「ちょっと待て!」
なんですか!?私まだ何もしてませんよ!?
「そこの魔法使い。白いローブのアンタだ。ギルドカードを見せてくれ。」
なんですかこのオバさん。
オバさん?お姉さん?年齢分かんないんですけど。
「フッ。名乗るほどの者ではない。」
カッコつけですね。
「名乗れって言ってんだよ!」
「この町の冒険者ではないだろう?旅人か?何処の道を通って来た。と言うかギルドカード見せろ。」
キーの岩山の街道ですけど。
「確かに、その道は封鎖されていない。か。それでギルドカードは?」
なんかざわざわして来たんですけど。
すげー恥ずかしいんですけど。
「正気か?」「いや正気じゃないか。」みたいな目で見られてるんですけど。
「…場所を変えよう。ギルドカードを用意しておいてくれ。」
そして私たちは人気のない奥の部屋へ…。
「コイツロリコンですか!?」
「人聞きの悪い事を言うな!良いからギルドカードを見せろ!いつまで引っ張るんだよ!!」
しょうがないですね。
私たちのプライバシーを隅から隅まで閲覧したいと。
「もう突っ込まんからな。」
「…。やはりそうでしたか。」
うぇっ!態度変わった!気持ち悪いですね!気持ち悪いですね!!
「もうお分かりでしょうが、私は冒険者ギルド キー支部 ギルドマスターのライラ・ノレッジです。今までの態度をここに詫びさせてください。」
ギルマス…。オッサンじゃないんですか。
「大魔法使いとして高名なあなた様に、どうかご助力願いたく。このような、強引な方法をとってしまったこと、誠に申し訳ございません。」
やっぱお婆ちゃんは凄いのかも知れないですね。
「気にするでない。して、用件とはなんじゃ?」
要約すると、「街道の調査に出てほしい。」と。
キーの町は大きいですが、シルバーランクのご老人…じゃなくて冒険者は少なく、手が足りないそうです。
「私は待ってるだけなので大丈夫です!」
報酬も出るそうですし、断る理由ないですよ。
「いやわしにはあるじゃろ。」