ギュチギュチにくっついた麺をほぐす作業。
獣人族は短命。人族の様に長くは生きられない。だが人族より成長が速い。兎の獣人として転生した私の場合、8歳で大人になり、30歳で死ぬ。また、獣人族は人族と同等の全盛期間を持つ。つまり、若い状態を維持出来る期間は人族と変わらないと言う事だ。8歳で成人になった私は以降、「若い大人」の状態で人生の大半を過ごす事になる。
彼女が居ない人生に耐え切れず勝手に後を追って命を捨てた私に、神様は新しい命を与えてくれた。たった8年で周りの大人達と大して変わらない。寿命の短さも、自ら捨てた命の事を考えれば勿体ないほどに余ると言うものだ。
神様が言うには、この世界に彼女が来ている可能性は存在するそうだ。だが私は、正直彼女に会いたくない。せっかくやり直した人生も、彼女に会えばまた前と同じ様に捨ててしまう。これは予想や確信と言うより、自分と向き合った結果の答えだと言える。どれだけ後悔してもまるで成長出来ている気がしない。私は彼女から離れられていない。離れられない。
一度死んでやり直して、ようやく自分の気持ちが理解出来た。私はどうやら、私が思っている以上に一途で、私が思っている以上に彼女の事を好いていたみたいだ。本当に好きなんだと思う。「理由は?」と聞かれてもまともに答えられる気はしないが、本当に。
とにかく、私から彼女に会いに行く事はない。一応幼馴染としての意見を言っておくと、彼女が私に会いに来る事もない。と思う。性格と言うか何と言うか、彼女は多分、私が彼女に会いたくないのを分かっていると思う。私と同様に、探そうとすらせず、居るのかどうか確かめようとすらしていない。と思う。根拠はない。強いて言うなら、前世での彼女の振る舞いは、私に対してでも誰に対してでも「喜ばせようとしていた。」から。彼女なりに思うところがあるのだろうが、それは彼女自身にしか分からない事だろう。今の私なら、彼女の気持ちの一部分なら分かる。理想と現実のズレに幸福を妨害されていたのに、妨害されていても理想を求められるだけの「力」を持っていた。そのせいで誰よりも苦しい道を歩く事になった。歩けてしまった。それが彼女の矛盾だらけの人生であり、彼女の生き方である。と。彼女と同じ「力」を持つ実の妹にも救えないと言うのに、私程度では話にならない。そう分かっていても、いざ目の前に現れれば救おうとしてしまう。それが私の矛盾だらけの人生であり、私の生き方である。だから会いに行かない。会いたくない。
なのに。
神様へ恩を返そうと思って作った冒険者パーティ。メンバーは私「【回復騎士】のラビリア・ジズテリア」と「【弓使い】のコルン・ソー」「【戦士】のマレゴン・セイバースト」「【魔法騎士】のユーヴァンス・デキプタン」。女二人男二人のありきたりな四人構成だ。圧倒的な速さでシルバーランクに駆け上がった噂のルーキーとしてそれなりに名を挙げている。
今回、国王陛下から国内の冒険者に召集がかかった。ドルント家も同様の招集をかけていたが、仲間と相談して私は神様と関りの強い王家を選ばさせてもらった。
王城前広場に冒険者は集められる。
「修繕を頼んでいた装備を取りに行くから、先に行ってて。」
と仲間に言い、私は一足遅れて広場に着く。人ごみをかき分けなんとか仲間を見付けると、仲間は人族の少女と話し込んでいる様子。
「――そこ、アタシ等も挑戦したんだよ。でもダメだった!全然届かない!」
「ま、頑張んな。挑戦するだけならタダだぜ。」
「いやいや。食料に武器防具。準備で金掛かるでしょ。」
人族の、それもまだ成人していない少女の冒険者。それがこんな場所に居るのだから気になるのは無理もない。
「やっと見付けた。めっちゃ混んでるね。その子は?」
「迷子とか家出とかだったらどうしよう。」なんて冗談をこの時はまだ考えられた。
「【旅人】のネムアム・ロードレイグです。ラビリアさん、で良いですか?」
聞いた事など無い筈の声に違和感を覚える。
「…あ!はい!【回復騎士】のラビリア・ジズテリアです。このパーティのリーダーをやっています。」
おかしい。
「お若いですよね…?何故この国に…?」
この少女と会話を重ねる度に、急速に嫌悪感が湧いてくる。
「旅が好きなんです。子供ですけど、それなりに実力はあるつもりですよ。さっき皆さんに良い場所を教えてもらったので、今度行ってみようと思います。」
嫌悪感と、何か、久しく感じていなかった感覚が。
「そう…ですか…。それは…。良かった…です…。」
呼吸が出来ない。首を絞められている様な。宇宙に居る様な。頭の中が痛い。
「ラビリア――!?」
気が付くと私は吐いていた。吐き出しても吐き出してもずっと痛い。意識が遠のいて行く。
「……ここは…?」
病院のベットの上で目が覚める。気を失っていた間、昔の夢を見ていた気がする。昔の、生まれるより昔の。
「あの…私のせいだったらすみません…。一応回復の魔法はかけたんですが、練度が低くて…体調どうですか…?」
旅をしているのに自分に使う事も少ないのか。相当腕が立つか、もしくは別の回復手段があるのか。
私は自分が冷静に考えていることに気付き、さっきまで少女に対して感じていた感覚がなくなっている事に気付く。
そしてその正体に気付いた。
分かっていないのか、私の事を考えて分かっていないフリをしているのか。いや、分かっていない筈がない。分かっていながら、私の事を思って。でもごめん。私はダメなんだ。
「――!?」
私は彼女に抱き着いた。
「あなたは悪くない…!!私が悪いの…!!私のせいなの…!!会いたかった…!!会いたくなかったなんて嘘…!!会ったら絶対後悔するから、だから会いたくないとか言って…!!ほんとは心の底から会いたかった…!!見付けに行きたかった…!!ほんとに好きなの…!!ほんとに…!!…ごめん、ごめん、ごめん…。死んで欲しくなかったのに…。殺したくなんてなかったのに…!!…ごめん…なさい…。もうしないから…。離れて欲しくない…。ずっと一緒に居て欲しい…。ずっと…。ずっと――。」
ラビリアさんは再び意識を失います。
私の責任です。けど、やけに…。
「二人にしてもらえませんか?」
仲間さん達に病室から出てもらい、私はラビリアさんと二人きりになります。
医者の先生の話では急激にストレスを負ったのが原因だそうです。静かな場所で暫く落ち着いていれば大丈夫だと…。でもやっぱり気になります。一回目はそうなんでしょうけど、先程の二回目には別の原因があるような…?…試してみますか。
モードチェンジ!ヴァンパイア!
…やっぱり。ラビリアさんの生命力が著しく弱まっています。いくら獣人族が短命だと言ってもまだまだ余裕なはず…。具体的な歳は聞いていませんが、ルーキーと言うことですし…。
「ネムアムさん?先生連れて来たけど…。」
病室の扉を叩かれます。
「すみません。もう大丈夫です。入ってください。」
医者の先生は「原因は分からないが体力が落ちている。」と診ました。そしてこれを皮切りに王家側もドルント家側もそれ以外も、名のある冒険者の多くが同様の原因で倒れ始めます。遂には原因不明のまま、国を二分化する大抗争、その日がやってきたのです。
王家と、ドルント家及びチャイルズ家は、互いに互いを「魔王の手先」とし、「国を守る為」戦争を開始しました。恐らく、どちらかは本当に「魔王の手先」なのでしょう。それかどちらとも…。それは気にしてもどうしようもありません。母国じゃないですし、私はただの旅人ですし、つい先日もっと個人的にやりたいことも出来ましたし…。
リコさんに会いに行きましょう。スキルなのか魔法なのか知りませんが、あの生命力の減り方は明らかに人為的なものです。今のところそれが出来そうなのはリコさんしかいません。まぁ、裏に居る何者かがやってるんでしょうけど、その人が尻尾を出すとは思えないので、可能性が一応あるリコさんから潰していきましょう。ゼーテさんには悪いことをするんですし、機会があったら謝っておきます。
さて、リコさんのお屋敷に着いたのは良いですが…警備が手薄ですね。罠っぽいですけど…なんとかなるでしょう。行きます。
リコさんの作業場手前のダンジョンに来ました。…前の隠し通路まで行くのは時間かかりますし、入り口付近に隠しレバーとか…あった。…この手作りダンジョン意味あります?趣味ですか?
隠し通路を進んで行くと、直ぐに作業場へ辿り着きました。
「来たか。ロードレイグ。」
手厚いお出迎えですねジェイサー・ドルントさん。
「コイツがお前に情報を流したんだろ?当然ゼーテのヤツにも伝わってる訳だ。」
リコさんを虐めないであげてください。…何もされてないみたいですけど。
「待て…ジェイサー…。『ネムアム・ロードレイグとは戦うな。』だ…。」
そんなこと言われてるんですか…?
「戦わねぇよ。ただ話をするだけだ。」
お話ですか。
「リコ。お前が情報を与えなきゃもっと楽だったろうぜ。いつまでもゼーテのケツを追いやがって。気色悪ぃ。」
そんなこと言わなくても…。
「時間が無い。聞け。」
はい。
「国王陛下は第二王女を溺愛している。異常な程にだ。あんなのが国王では、ビセルは近い内に崩壊する。」
そうなんですか?
「俺はビセルを守る為に魔王と不可侵協定を結ぶつもりだ。既にパイプは出来ている。魔王と敵対している他種族からは恨まれるだろうが、知ったことか。最早この国に他国の心配をする余裕は無い。ビセルを頼りにしている国はあっても、ビセルが頼りにしている国はないからな。国交が途絶えようとも、技術者を束ねるチャイルズ家が居れば生活は保たれ、他国や魔物に襲われようとも、戦士を束ねるドルント家が居れば問題ない。そして、ほんの一部なんだろうが、このリコ・チャイルズは魔王の知識を得ている。ビセルは今まで以上に成長して行くだろう。」
…リコさんはその「魔王の知識」が目的で、ジェイサーさんは王家を落としたい。と。
「ゼーテさんはどうするんです?」
「…アイツは現状維持を望むだろう。四大権力の内、王家が頭一つ抜けて強く、御三家が拮抗している状態を…。ゼーテは俺達より圧倒的に頭が良い。実際、現状を維持出来るならそれが最善だ。」
「でもそれは叶わない。と?」
「そうだ。第二王女に汚染された王家を野放しには出来ない。ゼーテが望んでいる無血革命は不可能だ。」
第二王女ですか…。
「…聞いたぞ。勇者が魔王軍四天王と互角だったそうじゃないか。仕事柄、勇者の強さは知っているつもりだ。アレが四人居る幹部の一人にすら勝てないとなれば、魔王軍に勝つのは不可能だろう。俺個人ならともかく、俺は岬傭兵団団長として部下を守らなければならない。そんな化物を相手にするくらいなら、隣国を相手にした方がまだ犠牲は少ない。…理想を追うのは結構だが、現実に追い抜かれては意味が無い。この国は今、追い抜かれている。」
…それで不可侵ですか。ゼーテさんは優しい方でしょうけど、話の分かる方です。言ったら手伝ってくれたんでしょうね。だからこそ言えなかった。頭の良いゼーテさんには自分たち以上に大きな負担になるから。
「結局、『魔王の手先』は王家ではなくドルント家とチャイルズ家。と言う事で良いんでしょうか?」
「そうなる。だが冒険者達が倒れていっている事に関しては、俺たちは知らない。それと、俺達と繋がっている魔王の関係者に関しても教えられない。まぁ、ソイツは『どうせバレる。』と言っていたがな。一応、そう言う契約なんでな。すまない。」
そこらへんは大体予想付きます。この状況自体、彼女が用意したものなんでしょうしね…。
「俺はこれから王を落としに行く。お前等は好きにしろ。じゃあな。」
行ってらっしゃーい。
…。
「リコさん。大丈夫ですか?」
大分泣いたみたいですけど…。目が腫れてます…。
「大丈夫だぞ…?」
深呼吸して続けます。
「魔王の持つ知識を欲したのは事実だ。悪魔の甘い言葉に誘惑されてしまった。…虚勢を張ってはいるが、実のところ、我は自分に自信がない。そんな折り、魔王軍の一員だと名乗る魔族に接触を受けた。同時にジェイサーも接触を受けていたらしい。それが始まりだ。」
『コレはボクの同寮が作ったんだけど、どんな相手でも意のままに操ることが出来るんだ…。これを使えば、君の望みは叶うと思うよ…?好きな子が居るんだろ…?「自分だけのモノ」に…したくない…?』
「アイテムを貰ってな。それを使ってメイドを操って、盗ませた。気付いてないだろうが、髪の毛なんかも。」
「…クローンですか。」
「なんだ。やっぱり知ってるのか。接触してきた魔族が言っていた事から推測を立てたのだ。『ネムアム・ロードレイグは君の欲する知識を持っているかも知れない。』と。」
「造れたんですか…?」
「…。見てみるか?」
作業場の更に隠された部屋。そこにある一人の人形。
ゼーテさんと瓜二つ…。
「肉体だけは造れた。魂も、造る方法は教えてもらった。が、肉体と魂を繋げなければ『生かす』事は出来ない。そしてその方法は教えてもらえなかった。それには魂が入っていない。ただの人形だ。」
繋げないとアンデットとかゴーレムになりますからね。それはゼーテさんではない。と。造るのを辞めた訳ですか…。
「…完全な妄想になるが、教えなかったのは教えられなかったからだ。魔王も恐らく、肉体と魂を繋げる方法までは知らない。我にその研究をさせようとしたのだろうな。」
私の時代には、クローン技術の研究はまだまだ発展途上と言った感じでした。魔王が私より後の時代からの転生者か、単純にメチャクチャ頭が良いか…。
「…『気色悪い。』か…。アレで励ましたつもりだぞ?」
嬉しそうですね。元気になったみたいで良かったです。
「ゼーテは優しいからな。言えば受け入れてくれるのだとは思う。ただまぁ…好きだからな…。」
リコさん…。
「獣人族が短命で良かったのだ!!と!!虚勢を張っておくのだ!!」
誰も居ない地下に響き渡ります。
「…話せてスッキリした。ゼーテには我が話そう。行って来い。」
「行って来ます。」




