主人公も幼馴染。
私には好きな人がいる。でも私は女の子で、彼女も同じ女の子。私は彼女を好きになってしまって、私は自分がそうなのだと知った。その時はまだ何も知らなくて。知ろうとしなくて。無知な子供だったから「きっとこの恋は叶わないだろう。」なんて、無邪気に考えていた。世界は広いけど、自分が知れる世界はそんなに広くない。生きている間に友達になれる人数なんて、ノート一冊にも満たない。私はそれを理解したくなかった。死ぬまでずっと、広い世界を見ていたかった。
私が彼女を好きになったのは、単に彼女が綺麗な顔をしていたからだ。綺麗な髪、綺麗な瞳、綺麗な肌、綺麗な声。顔なんて知らないけど、女神様みたいだと思った。そう言う気色の悪い理由で好きになった。彼女は自由に遊んで、自由にふざけて、優しく慰めてくれたり、かっこよく怒ってくれたり、とにかく眩しい人だった。声に出さなくても、みんな彼女が好きだったと思う。でも、彼女の顔が綺麗じゃなかったら、私は彼女を好きにならなかった。彼女が美人だったから、「ただ眩しいだけの、その程度の存在。」として、彼女は私達の意識に記憶されなかったのだ。どんなに内面が魅力的でも、逆に全く惹かれなくても、魅力的な外見と言うだけで人は引き寄せられる。そしてその場合、内面の評価は価値を失う訳だから、誰も興味を示さない。彼女が美人と言うだけで、彼女の性格や好みは無視されるのだ。つまり、彼女の内面はこの世界において「何の価値も持たないゴミ。」として消え失せるのである。そう言う気色の悪い理由で、私は彼女を好きになった。
彼女の妹と話をする機会があった。私は、彼女のことをかなり昔から知っている。ただそれは、同い年の幼馴染として、知識として知っているだけで、本質のようなものを私は理解していない。それが知れれば良かったのかも知れないが、その時私が聞いた事は歳に見合った恋する乙女の質問だった。
好きな食べ物は?
「所謂好き嫌いは無いと思いますよ。単に美味しい料理が好きで、不味い料理が嫌いと言うだけだと思います。」
趣味はある?
「面白いことが好きなので、『何か特定の一つをずっとする。』と言う事は無いと思います。答えとしては『遊ぶこと。』でしょうか。」
恋人はいる?好きな人は?
「私が知る限りでは居ませんね。」
好きなタイプは?
「『美少女が好き。』と言っていたので、顔が良ければ、特に求めるものは無いと思います。」
妹さんの見立てでは、私は好きなタイプなのだそうだ。それに、彼女が同じだと知ることもできた。私は彼女の好みの女性で、彼女は女の子が好き。叶わないと思っていた恋が叶う気がした。
そう言えば、質問の中には「彼女は何故いつも敬語なのか。」と言うものもあった。私は彼女と仲良くなりたかったし、憧れの彼女に自分を尊敬して欲しくなかったから、敬語を使わないようにお願いした。同い年だし、子供だし、それが普通だと思っていたが、どうやら彼女は妹さんに対しても敬語を崩さないようで、私は何かいけないことをしてしまったのではないかと不安になった。しかし、私が思っていたよりも、その答えはシンプルだった。彼女は口が悪い。それがばれないように取り繕っている。ただそれだけだった。それだけでも、彼女の知らない一面を知れたことが嬉しかった。幼馴染の私でさえ知らないのだから、きっととても距離の近い人しか知らない特別なことなのだと思った。非の打ち所が無い彼女の非の打ち所。強く輝く彼女の弱みを握れた気がする。私は彼女に何を求めているのだろう。妹さんは彼女のように優しかったし、何でも答えてくれた。実の姉のどんなことでも、知っている限りのことを答えてくれた。その頃の私は、無知な子供だった。
私は彼女に告白した。彼女は「良いよ。」と言ってくれた。私たちは付き合うことになった。それからの日々は楽しかった。多分、この先の人生でもあの日々を超えることは起こらないと思う。毎日彼女と待ち合わせをして、毎日違うところに遊びに行って、毎日、毎日、毎日、一日中彼女のことを考えていた。彼女の後ろに付いて行くだけじゃない。これからは彼女の隣に居られるんだ。私が頑張れば、大人になっても続くかも知れない。死ぬまで、いや死んでも彼女と居られるかも知れない。私は恋人なんだ。きっと居られるんだ。もっと、彼女に、私を。
彼女には恋人が居なかった。彼女はモテるのに、何故か居なかった。私は、彼女の言う「美少女」に当てはまる人が居なかったからだと考えた。違った。彼女が、恋人が欲しいと思っていないからだった。彼女からは告白しない。そして彼女に告白する人も居なかったのだ。前者はともかく、後者に関しては疑問が残る。私のように、彼女を想う人は居たはずだ。それは確かに居た。だが告白はしなかった。できなかったのだ。彼女を想う全員が、「彼女に釣り合う人間は居ない。」と確信していたからだ。私は自分が釣り合うとは思っていない。それでも彼女が好きだった。それで良いと思っていた。現に、私は彼女の恋人になれて嬉しいし、彼女が私に向けてくれる言葉は、そのどれもが胸に刺さる。たとえそれが本心でなくて、恋人を喜ばせるための幻影だとしても、少なくとも私は彼女の世界に存在しているのだ。彼女が私を愛していなくたって、私が彼女を愛していれば、それはちゃんとした愛情なんだ。会ったこともない神様を崇拝するのと同じなんだ。相手から何かして欲しいなんて思ってない。私は彼女が好きだから、だから彼女を愛してるんだ。好きだからだ。愛しているからだ。その上で彼女と付き合える可能性があるなら、求めてみるに決まってる。
それが恋だと思っていた。見返りを求めない「好き」は「好き」じゃない。そう気付いたのは、彼女が私の部屋に来て、彼女がベットに座っていて、私が躓いて彼女の方に倒れて、彼女が私を抱きしめて「大丈夫?」と言った時だった。間近で見る彼女の瞳はとても美しく、私は彼女にキスをしていた。そのままベットに彼女を倒し、唇を離して彼女の顔を見ると、今度は彼女の方から顔を近付けて私にキスをした。良い匂いがした。ふわふわした。心地良かった。それは凄く落ち着けて、意識が全部抜けていく気がした。私はしてしまった。
真実の愛と言うものは、見返りを求めないものだ。相手を本当に愛しているなら、相手の幸せを第一に考えるはず。相手が自分以外の人と結婚しても、「相手が幸せなら良い。」と考えているはずだ。だが愛を性欲として捉えるのなら、相手と自分が結ばれなければいけない。相手の意思は関係なく、自分が良いと思った相手を自分と結ばせることこそ、本来求められるべきなのだ。しかし、相手にとっての最善が、自分にとっての最善でもあるとは限らない。むしろ、そうでないことの方が多いだろう。互いに最善の関係を運命の相手と考えるなら、そんな相手最初から存在しない者がほとんどで、妥協することが前提のシステムになってしまう。そもそも、運命の相手と自分が知り合いになれるかすら確定していない訳だから、知り合いの中で探そうとすればより確率は下がっていくだろう。ではどっちが正しいのかだが、それは好みの問題だと思う。前者の場合、種の存続より自己を優先する、如何にも人間らしい感性だ。後者の場合、自己よりも種の存続を優先する、如何にも生物らしい感性だ。私は前者だが、後者の感性を持っていないと言う訳ではない。前者を選んだ理由は単に、私が自分の子供を欲しいと思わないからだ。私は種の存続より、自分が満足することを選ぶ。私は、私を満足させてくれる、自分にとって都合の良い相手が欲しい。その感性は前者と後者のどちらでもある。自己を優先するが、自己を優先した結果相手が欲しい。自分が満足するには、相手も満足する必要がある。世の中の人間は、ほとんどこう考えているのではないだろうか。自分を満たすための条件の中に「相手を満たすこと。」がある。どちらでもあるし、どちらでもない。それが真実なのだと思う。だから私は彼女を満たしたかった。満たしたかっただけで、実際は満たせなかった。
彼女を好きになんてなりたくなかった。ならなければ良かった。どんなに頑張ったって、彼女を満たすことなんてできないのだ。彼女は、大きな器を持っている訳でも、器に穴が開いている訳でもない。そもそも彼女は器を持っていなかったのだ。注がれない。満たされない。当たり前だ。存在しない器は満たせない。満たせない器を満たし続けるなんて、そんな精神力も、覚悟も、私にはなかった。それでも信じられなかったから、必死で彼女の器を探した。そのために彼女の興味を引きそうな事は何だってやった。精一杯好きだと言ってみた。一日中抱き合ってみた。可愛い女の子を紹介してみた。彼女を痛め付けてみた。彼女の目の前で彼女の親友を痛め付けてみた。指を切ってみた。血を飲ませてみた。物を盗んでみた。橋から飛び降りようとして彼女に止められた。人を殺した。彼女を殺した。彼女の親友を殺した。彼女の家族を殺そうとしたところで、彼女が死んだことに気が付いた。
頭がおかしくなりそうだった。いや、もうとっくにおかしくなっていたのだが、殺そうとした妹さんに諭されて正気に戻っていたのだ。正気に戻って、自分がしたことを思い出して、それで気が狂いそうになった。どうしてあんな事をしたのか分からなかった。分かろうとした。色々と書き出して、まとめて、文章にしてみた。そしてやっと理解できた気がする。
世界は広いと思っていた。世界は広かった。でも広過ぎた。私が生きている世界はずっと狭い。世界中のことを私は見られない。彼女は私の運命の相手でも、丁度良い相手でもなかった。広い世界のどこかに私の運命の相手が居るのかも知れない。私はそれを見つけられなかったし、彼女のことをそうだと思い込んでいた。私は逃げたかったのだ。彼女から逃げて、広い世界を見ていたかった。逃げられなかった。私なんかが彼女から逃げられるはずもなかったのだ。
私には好きな人がいる。彼女はもう居ない。
そうか
彼女は死んだんだった




