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白昼夢 -再始動・忠臣蔵-  作者: 吉良 中太丞 惟光
2/4

承の巻

※注意:この物語は数多ある忠臣蔵の物語をご都合主義でアバウトに参考にしております。杜撰な歴史考証での赤穂事件の取り扱い、悪者じゃない吉良上野介は認めない方は今すぐバックだ、ノークローム・ノーサターンでお願いします。中太丞さんとの約束だぞ!

※文句を言うな・返品するな はノークライム・ノータリンではないと婆ちゃんから指摘があったので今回より訂正しました。

吉良上野介は大きく『塩』と書かれた紙を前に頭を悩ませていた。

儂と赤穂藩共通の財源である塩だが、これに関わる儲けを出すためには二通りある。

まずは塩になにがしかの付加価値をつけ、さらに高級な塩として富を持つ商人や坊主、公家や上様に高く買ってもらう道。もう一つは製塩に関わる人足や薪を減らす事でより利幅を得る道。

片方だけでは失敗した際目も当てられぬ。どちらも考えておくのが良いであろう。


まずは高級な塩を考えるとしよう。

ひとまず古来から使われた塩として思い浮かぶのは海藻と海水を煮詰めて作る藻塩か。藻から出るまろやかさが際立つ美味い塩だが、いかんせん労力の割には多く作る事が難しいうえに、薪や人足に払う銭などを考えても割に合わぬ。

そのため今は人足が海水を汲み上げて砂に撒く塩浜や、潮の満ち引きを使った入浜が使われるようになった。だが土地の条件に縛られやすく大掛かりな普請を必要とする。

藻塩をなんとかできぬだろうか。原料となる藻をいかに安く、大量に集めるか・・・不可能だ。儂が一朝一夕で考え付くなら誰かが既にやっておろう。

畑で菜を育てるように海で藻を育てるか・・・無理であろう。藻の種はどこにあるのか、種を見つけたとして海でどのようにして藻が育ってゆくのかを知る者など聞いたことが無い。

ゆくゆくは藻の種が見つかり、それを育む手技が見つかるやも知れぬが、儂にそれを待つ時間など無い。


それならば藻塩もどきを作ってしまえばよいのだ。藻塩の美味さは玉藻を煮出す事により出る物であろう。ならば藻などよりも遥かに美味い昆布をにがりを取り除いた出来上がる直前の塩と共に入れ、煮詰めてみてはどうだろう。

いや、昆布は蝦夷と直接の取引ができる出羽ならばともかく、東海道にある儂の領地や瀬戸内の赤穂に取っては重い負担となる。

高い銭を出して作ったはよいが売れぬとあらば逆に儂が恨みも買うことになりかねぬ。

さすればどうすべきか・・・。その土地や近くの国で取れる物を混ぜ込んでみてはどうだろう。

例えば儂ならば、駿河や遠江で取れる茶。赤穂ならば紀伊で取れる柑橘を陳皮として加える。仙台は蝦夷から取り寄せた昆布でよかろう。加賀はこれといって思いつかぬが、乾燥した小海老や蟹などを使えばよかろう。

どのように味を加えるかはいくつか実際に試して決めるとしよう。

上野介は『塩』の横に小さく『茶』『昆布』『陳皮』『海老』と記す。


わずかな光明が見えた上野介は製塩も改良せんと意気込みながら筆を走らす。

海の波を表すようにへの字を横に並べ、一段高い所に海水を撒く平らな塩浜、砂と濃縮された海水であるかん水を選り分ける沼井、煮詰める釜を描いてゆく。

同じようにへの字を並べ、堤と水門に続く長い坂を描き入れ入浜の製塩図を作る。

塩浜はさほど場所を選ばぬ利点はあるが、海水を汲み上げ浜に撒くための人足を多く雇わねばならぬ。人足を半分に減らし倍の仕事を押し付けたところで人足の不満がつのるばかりで上手くはゆくまい。

その点で潮の満ち引きを利用した入浜は浜に海水を撒く人足が減らせるが、堤や長い坂を干潮の差が多き地に作らねばならず、大掛かりな普請もせねばならぬ。

坂を減らし薄いかん水しか得られねば釜で焚くための薪が多く必要になる。どうにか海水をより長い時陽の光や風に当て濃くできぬものか。


一刻ほども筆を持ち唸っていた上野介であったが、夜中に飛び起きた事もありだいぶ気力をすり減らしていたらしい。いつの間にかうとうとと頭を揺らし舟をこいでいた。

上野介が意識を覚醒させたのは日も昇り女中が朝餉の用意ができたと告げに来た頃であった。

筆に付いた墨はすっかり乾き切り、製塩図を描いた紙には筆先が何度も往復したらしい箒のような模様が鎮座している。

「儂ももう若くはないな。」まだまだ隠居する気にはなれなかったが、一晩徹しただけで寝てしまう自らに苦笑する。

乾いた筆を硯に置こうとしてふと考える。筆には乾いた墨が残っている。筆を揉めば乾いた墨がさらさらと紙の上に降り、筆の中心はまだしとりと湿り気を帯びている。

筆を吊るして上からかん水をかけるか・・・筆では風の通りが悪い、竹箒を吊るす。竹箒にかん水を滴らせ、風を通して乾かす。

上野介は再び筆に墨を付けると、箒模様の上に桶を描きかん水で満たす。

箒の上にある桶にかん水を運ぶために何が必要か。入浜の長い坂の終わりを掘り下げ、箒を吊るす案を考えるもすぐにこれでは風が当たらぬと否定する。

そうだ、低い川から田に水を揚げる足踏み水車だ。入浜の坂や沼井で水気を飛ばしたかん水をさらに箒で風に当て濃縮する。

入浜の終わりにかん水溜まり、そこに足踏み水車とかん水を貯める桶、桶から雨どいの様な水路を伸ばし、雨どいに開けた小穴から滴った水が箒のような竹束を濡らす。

竹束の間で風に乾かされたかん水は濃さを増し、別のかん水溜まりに流れる。この上から下へとかん水が流れる仕組みを二段三段と作れば煮詰めるための薪を減らせるはずだ。

その後も上野介は海風で回る大きな風車(かざぐるま)を水車に付けて回し、人足を減らせないかと考えたがあまりにも荒唐無稽過ぎて止めた。

いつ吹くかも分からぬ強い海風に任せるよりは牛にでも引かせた方が余程良い。

この思索は上野介が中々部屋から出てこない事を訝しんだ家老の小林平八郎が襖を開ける昼前まで延々と続いた。


数週後、年も明けて暫くした上野介の屋敷には幾人かの客が訪れていた。

一人は仙台藩涌谷伊達家、伊達兵庫村元。一人は加賀国加賀藩家老、今枝民部直方。そして年賀の挨拶の為に赤穂藩江戸屋敷に逗留していた家老、大石内蔵助良雄であった。

「この寒い中お呼び建てして申し訳なく。しかし、昨今の物価高にて皆様方の領でも少なからぬ憂慮があろうかと存ずる。

手紙にもしたため申したが、此度、我が領では製塩に関する新たなる手法を試すべく試行錯誤する事と致した。」

伊達兵庫が面白い物を見つけたような顔で口を挟んだ。

「吉良殿に於かれましては年賀の挨拶以来でしたか。此度は何故我らに声をかけていただけたのであろうか。

四国や九州に他にも塩作りをする家があろうし、我や加賀の今枝殿であれば(みなと)を有し広く販路を持てると予想は付くが。

それに新しい手法が良き物であれば、秘して独占してしまえば吉良殿の領のみをさらなる発展に導くであろうに。」

対し上野介は苦笑しながら答えた。

「伊達殿の申さるる事、至極真っ当な疑問で御座る。理由としては幾つか有り申す。

まず一つ目は此度招いた方々は塩の販路、商圏がかぶらぬ事。仙台藩は奥州、加賀藩は北関東や若狭、赤穂藩は瀬戸内と畿内で塩を商っておる。

二つ目、仙台藩と加賀藩では塩を作っていても大きな入浜を作れる土地が限られている事。儂がこれから提示する手法を用いれば小さな入浜でも十分なかん水を得ることが叶うやも知れぬ。

三つ目、長らく続いた物価高だがいずれどこかで破綻しかねぬ。打ち壊しやそれに続く徳政令などが発せられれば商家からの御上や武家全体の信頼は揺らぐことになる。

儂は上様に御仕えする旗本である。幕府の臣としてそのような事は見過ごせぬ。上様からの長年の御恩を返さねばならぬ。

塩だけでも安く買えるようになれば少しは民の暮らし向き、不平も緩和されるであろう。」


大石内蔵助が普段と変わらぬ眠そうな声で問う。

「吉良殿、赤穂藩には入浜を作れる土地がまだいくらかは有り申す。ありがたい事ではあるが、販路がかぶらぬだけでなぜ(それがし)が呼ばれたのか・・・。」

「四つ目、ここからは赤穂藩にも深く関わりがあることにて、この場で聞いたことは他言無用に願いたいが宜しいだろうか。」

上野介が見回すと、一同は小さく頷いた。

「まだ確たる事では無いのだが、春に上様の御母堂であらせられる桂昌院(けいしょういん)様に従一位の官位を授ける儀式を執り行う朝廷の勅使殿が参られる。

側用人の柳沢殿に聞いた処によるとその時の饗応役に赤穂藩が、御指南役に儂が選ばれる可能性が高い。」

そう聞くと大石内蔵助は目を見開いて驚いた。

「御指南役として儂が受け取るのは変わらず千二百両。これは赤穂藩にとって頭を抱えるような出費であることは儂とて理解できる。

儂が陰で強欲爺だと言われておるのは知っているが、我が領の民草の為には負けてやる事などできぬ。今の赤穂藩に用意できるのは六百、いや無理をして七百ほどと思われるが如何に。」

上野介の射貫くような視線に内蔵助はじっとりと脂汗を流す。藩の勘定方に問わねば正確な事は判らぬが、おおよそ吉良殿の云う通りだ。

思わず俯いた顔を吉良殿は肯定と取ったらしい。

「我等にとって此度の事は失敗できぬ。そこで間違いなど有れば、赤穂藩の浅野内匠頭殿だけではなく儂にも御咎めがあろう。

そこで儂の考えた塩の技法を大藩である仙台藩や加賀藩に売り込み、赤穂藩の財政を助け、儂の領地にも相応の豊かさをもたらす。

それに儂も七十を過ぎ、そろそろ隠居せねばならぬ。黄金堤を造り、民の暮らし向きを良くすべく奔走しこの歳になったが、この御指南役が最後の仕事となろう。

それに我が後を継ぐ息に大藩との繋がりを残してやる事も目的の一つである。

伊達兵庫殿、今枝民部殿、恥を忍んでお頼み申す。儂が提示する方法を全てお伝え致す。それが使えると思ったらで構わぬ。三百両で買い取り、儂と大石殿にご助力願えないだろうか。」

深々と頭を下げる吉良上野介に今枝民部が静かに声をかける。

「吉良殿、頭を上げてくだされ。まずはその手法とやらを簡単にでも教えて頂けなくては否とも応とも云えませぬ。

それに全て伝えられては、この場は気に入らぬと帰り、折角考えられたものを剽窃して使われる事もあろう。」

「ふふふ、そのような事をする者が居れば某が『約定すら守れぬ日の本一の卑怯者』と喧伝してやろう。仙台藩はその手法、如何なるものであろうと買うぞ。」

面白い物が見れただけで満足しているらしい伊達兵庫が、にたにたと笑いながら今枝民部にかぶせて言う。財政も困窮していない仙台藩にとっては三百両などさほど拠出に困る財でも無いようだ。

「大石殿、勝手に話を進めてしまい申し訳ないが如何だろうか。」

大石内蔵助は眠気が全て吹き飛んだような様子で深々と頭を下げた。


「儂が提示する手法は二つ。まずは寺社や商家向けの高級塩をご賞味願いたい。」

上野介が手を叩くと女中が四人の前に膳を置く。膳には湯気を上げる小鉢が四つ、中の料理は同じ蕪を煮たもののようだ。小鉢の近くには小筒が四つあり、中には緑・黄・桃・草色の塩が入っている。

「抹茶塩、陳皮塩、海老塩、昆布塩で御座る。蕪は一切味付けをしておらぬ故、塩をかけて召し上がられよ。」

四人は思い思いの塩を蕪に振りかけると口に運ぶ。まず口を開いたのは今枝直民部と伊達兵庫であった。

「ほう、これは良い。陳皮の爽やかなる香りと酸味が蕪の甘みを引き立てる、大衆塩にありがちな僅かな苦みもなくまことに美味い。」

「この昆布塩も美味い。出羽にも藻塩を生業とする村があるが、それよりもまろやかで深みのある味よ。酒が欲しくなるわ。」

悪くない手応えに上野介も上機嫌で蕪を頬張る。各藩の販路は被らぬし、無理に他の藩向けの塩を造ろうとしたところで仕入れ値で競り負ける。

「只この高級塩、製法が難しくなく数年で模倣する者が出ましょう。それまでに昆布塩といえば仙台藩、海老塩といえば加賀藩等と商人共にどれだけ植え付けられるかが勝負の分かれ目となり申す。」


招いた三人は穏やかな笑顔で塩を振っては蕪を口に運んでいる。上野介は良い手ごたえが得られたのに気を良くし、次の一手を打つことにした。

上野介は各々が蕪を賞味し終わったところで家人に指示を出し襖を開け放つ。冬の冷気が部屋に流れ込み僅かに身震いする一同であったが、溶けかけた雪が掃き清められた庭に鎮座する絡繰りを目にしほう、と感嘆の白い息を吐いた。

「これが本日皆様方をお呼びした本題、流下製塩で御座る。ここに用意したのは大工に作らせた小さな試作で御座る。これ、動かしてみよ。」

上野介が下男に指示を出すと、下男は足踏み水車に体重をかける。水車は足元の穴に溜まった水を高所に設置された桶に汲み上げ、桶から出た雨どいへと導く。

穴の開いた雨どいからは水が滴り、縦に架けられた細い竹束を濡らした。竹束を流れた水は水路を通って再び足元の穴へと戻る。

「これにより塩浜や入浜で得られたかん水を更に濃くし、昨今高騰している薪の費えを減らす事が出来ると考え申した。

しかれどもこの絡繰りはまだまだ未完成。水車を動かすに牛馬や近くの川が使えるのか、竹束の丁度良い太さや位置、雨どいの穴の大きさ・・・。

まだまだ考え試す事は多く、皆様方のお知恵も拝借せねばなりませぬ。」

今枝民部は大きく頷くと「加賀藩はこの製塩に全面的に協力致す。」と短く言った。

仙台、加賀が賛同に回り慌てたのが内蔵助であった。家老という地位は持ちながらも藩で大きな権限も持たぬ自分では決めきれぬ。

なにより小藩である赤穂にとって重い饗応役の費用や、藩の運営に直接関わる製塩の事となると主家の判断も仰がずに決められる事では無い。

すぐさま吉良邸を辞去すると、浅野内匠頭の了承を得るべく赤穂の江戸屋敷へと走った。

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