失われたはずのスキル
笑顔を消したマルティータはダカンチェッラーレからポルタミーナに視線を移す。
その瞳には暗い光が宿り、令嬢として生きてきたはずのマルティータから鋭い殺気が漏れる。ゾクリと身が震える程の殺気を向けられたポルタミーナだったがそれを悟られまいと必死に虚勢を張った。
「私~初めて会った時から貴女が大嫌いだったんですよ~。私より爵位が高くて、持て囃されて、アクセサリーやドレスも私より良いものを身につけて…本当に目障り。
婚約破棄されて傷物として大人しく愚民共の仲間になっていれば良かったのよっ!!」
マルティータはスっと右腕を天高くあげる。その腕には赤、青、紫、黄、オレンジ、緑、白、黒、八つの宝石がついた銀色の腕輪がついており、太陽の光で煌めく。
ポルタミーナはハッとしてその腕輪に手を伸ばしたが遅かった。
「ウィクショナリー!」
マルティータの声でその頭上にポンッと八色の色鉛筆が具現化される。
「な、なぜマルティータがそれを持っているんだ?!」
「ふふふ。教えてあげませんよ~。」
マルティータの身につけている腕輪は成人の儀で条件が満たされた者に渡される力の腕輪に似ていた。
力の腕輪はフィールドを展開しなくてもスキルを具現化できる。つまり、学園のように同意の上でのバトルでは無く一方的に攻撃することができるものだ。
マルティータはまだ成人を迎えていない。力の腕輪を持ち得るはずがないのだが、現にバトルをしている訳でもないのにスキルが具現化している。
更にポルタミーナにスキルを奪われたはずなのに八つもあるのは不可解だ。
「…その腕輪、力の腕輪にソックリですが別物ですわね。本物は金色だったはずです。」
「答える義務なんてありませんよね~?とりあえず、目障りなんで消えて下さいね。」
力の腕輪を持たないポルタミーナとダカンチェッラーレはスキルを具現化できない。逃げる一択しかないが逃げ切れる可能性は低いので他の方法はないかとポルタミーナは頭をフル回転する。
「お喋りはここまでですよ~。フレイム!」
マルティータの声で赤色の鉛筆が動き出す。赤色の鉛筆が空中に炎を描くと、ソレは本物となりポルタミーナとダカンチェッラーレを襲った。
「な、何故俺まで狙われるんだ?!」
「だってダカンチェッラーレ様にはもう価値がありませんもの~。」
「価値がない…。」
「ポルタミーナ様の婚約者、それが貴方の価値の全ですよ~?それが無くなれば用済みじゃないですか。」
「マルティータは…俺を愛してると言ったじゃないか!!」
「愛してましたよ?価値あるダカンチェッラーレ様を。」
マルティータに利用されていただけだと知ったダカンチェッラーレはその場に膝をついた。
ポルタミーナとしてはそんなどうでも良い事は他でやって欲しかったが、良い時間稼ぎになったようで遠くから侍女が誰かを連れてくるのが見えた。
「よそ見は良くないですよ~。フレイム!」
再び襲い来る炎をポルタミーナは避けた。だが絶望に打ちひしがれたダカンチェッラーレは炎が迫っている事を認識していない。
「ダカンチェッラーレ様!避けて!!」
「え?あ…。」
ようやく炎を認識したダカンチェッラーレだったが、それは目前まで迫り避けるのは難しいところまできていた。
ポルタミーナは当たる事を予見し目をつぶって顔をそらす。
数十秒後、そっと眼を開け恐る恐るダカンチェッラーレを見るとそこに予想していた姿は無かった。
「助けるなら女性が良かったな。」
「…殿下。」
ポルタミーナが目にしたのはビアンケットにお姫様抱っこされるダカンチェッラーレの姿だった。