六
「およそ概略を話したが理解できたか、颯太?」
比売神様は図を描いていた手を止めて尋ねた。僕たち三人の前の地面には両軍の進軍経路が示されている。
「はい……でもなんか最初に思ってたのよりも本気の戦争でヤバい感じが増してきてます。古代の戦争ってもっと牧歌的なものかと……」
「古代とはいえ軍事的な知識や実践は大陸との交流の中で培われているからな。天下分け目の大戦といって差し支えない」
「ていうかこの陣地大丈夫ですか? 百人くらいしかいないのに敵の大軍が攻めてくるんですよね?」
僕が言うと、比売神様は「そうだな」とつぶやいた。
「単刀直入に言うと大丈夫ではない。それどころか負ける。完敗だ。討ち死にを出しながら吹負や家来たちは命からがら逃げていくことになっている。史実では」
「え……つまりそれって僕たちは死ぬかどうかの瀬戸際ということじゃないですか」
「そう驚くな。そもそもこれも吹負が選んだ戦略だ。そうだろう?」
吹負はうなずいた。
「死人が出るのは悔しいですが……仰るとおり私が選んだ作戦です。しかしそうですか、上手くいくのですな。我々としては敵に幻影を見せることができればいいのです。この小さな軍の後ろに大軍が控えているかもしれないという幻影を。それで敵の進軍速度は落ちます」
その顔は喜びも悲しみもなく、ひどく冷たく見えた。自身の命が危機にさらされ部下が討ち死にすることがわかっても動じるところがない。そういえば高市麻呂や家来たちも、ここまでの経緯を知っていれば厳しい戦いになることは間違いないはずなのに表情は明るく見えた。あの明るさの奥には吹負と同じ冷たい感情が秘められているのだろうか。僕には武人という存在が恐ろしく感じられる。
比売神様が枝先で地面をトントンとつついた。
「ふたりとも、早合点だ。私は史実ではと言ったぞ」
僕と吹負は思わず顔を見合わせた。史実では。つまり、歴史は変わりうるということか。
「私たち――ここでは神としておこう――神たちの思惑と介入によって歴史が既に書き換えられ始めている。この戦いは後世の人間が知っているのとは違う方向へ進んでいる。私の使命はそれを食い止めることにある」
そして比売神様が語ったことはおよそ次のようなものである。