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 舗装されていない土の道は馬二頭ぶんくらいの幅しかなく、あちこちに雑草が生えていたり、ところどころに凹みがあったりして、道というよりは幅の広い踏み跡というほうが合っていそうだ。両脇はだいたい田んぼだけれど、田んぼの形は四角形ではなくふぞろいで、背丈がまちまちな稲や、そもそも稲じゃないかもしれない雑草みたいなものがごちゃまぜに生えている。さらに、一面の田んぼというわけでもなく、なにもない原野や沼地もかなりある。山裾には竪穴(たてあな)式住居の立ち並んだ集落がぽつりぽつりと点在している。こうなってくるとどうも現代日本の奈良付近ではない。

 しばらく進んだところで、少女の馬が僕の横に並びかけてきた。馬に横向きに乗っているので、ちょうど僕のほうを向く格好になる。

「詳しくは乃楽山(ならやま)に着いてから話すとして、名前くらいは知らせておこう」

 今気づいたが足元はこの田舎道には全然似合わないリボン付きのローファーを履いていて、まるで何も知らずに連れてこられたお嬢様という風情だ。であるからにはきっとお嬢様みたいな優雅な名前なのだろうかと思ったが、しかし予想外の言葉が続いた。

「実のところ人間の言葉で表せるような名前はない。あえて翻訳すると『春の太陽』といったところだな。呼び名は時代によってハルヒ様だったり春日(かすが)様だったりしたが、どう呼ばれようと気にはしない」

 いったい何を言っているのか、という感じである。どうも理解が追いつかないでいると、先頭を行く隊長氏が馬上振り返って言う。

「我らは比売神様(ひめがみさま)とお呼びしている。そなたもそうお呼びするのがよかろう」

「はあ」

 と僕は答えた。比売神様。いったい隊長も何を言っているのか。しかしまあ、とりあえずは比売神様と呼ぶことにしよう。それでいい。それでいいとして、わからないことだらけである。僕は比売神様を見る。いったいこの美少女は何者なんだ。視線が合う。水晶のように澄んだ瞳だ。

「何もわらかないという顔をしているな。とりあえず話の取っ掛かりとしてはうしろにある山を見るといい」

 と、比売神様は言った。振り向くとたしかに山がある。あまり特徴のない低い山々が連なっている。

「君もよく知っている山のはずだ」

「僕が知ってる?」

 こんな風景いちども見たことがないぞと思いながら、山の稜線をじっと見る。なだらかな山だ。夏の日差しが暑くて、セミが鳴いている。セミといえば、叔父の家から見える風景を思い浮かべた。ここのところ毎日のように歩いている奈良公園や、興福寺、東大寺、そして春日大社のことも。

 奈良公園?

 記憶の中の風景がぼんやりと浮かぶ。目の前の山の輪郭が記憶に重なる。これは……。

「若草山……?」

 と、僕は気づいた。若草山は奈良公園の背後にあり、奈良を観光する人は意識的にか無意識的にかは別にしてたいてい目にすることになる。今ここにあるのは稜線やその周囲にある山の形からするとたしかに若草山だ。

「うむ、そのとおりだ。しかし君が知っている若草山とは違う点もある」

 まるでクイズのようだ。僕は答えた。

「木が生えていますね」

 本来、若草山は伝統行事の山焼きのために一面が草地になっているはずなのだが、目の前の若草山は木が生い茂ってもこもことしている。

「そうだ。そこから言えることは?」

 僕は考えてみる。しかしどうも常識的な答えには辿り着けそうにない感じがする。まあ既に非常識な出来事に巻き込まれている感じもあるので、答えがどちらであってもよい気はするが。

「気を失っている間に木が生えたわけですよね。無くなるならともかく、短時間で木が生えるような変化は起きるはずがないから……同じ山に見えて実は作り物というのはどうでしょう。壮大な映画のセット、テーマパーク……」

「どうせならもう少し馬鹿げた想像をしてみてはどうだ?」

「ええと、最新技術で仮想現実を見せられているとか」

 比売神様はふんふんと頷き、しかし満足ではなさそうである。

「推測としては問題ないがあまり面白みがないな。もっと飛躍させて荒唐無稽と思えることも考えてみる必要がある」

 促されて僕はさらに考えてみる。

「それじゃあ……気を失っている間に木が生えるほどの年月が過ぎたとか。浦島太郎みたいな。それなら別の世界線に飛ばされたとかもいけそうですね。あ、山焼きが始まるよりも過去にタイムスリップしたというのも」

 もしこの荒唐無稽さが許されるのなら、最後のタイムスリップが有力だろうと僕は思った。竪穴式住居や、鎧を着た男たち、そして馬で移動していること。傍証になりそうなものはいくらでもあった。

「さてさて」

 と比売神様は言った。

「答えを言ってしまうと、ここは飛鳥時代だ。君からすると千三百五十年前ということになる」

「はあ」

 僕は気の抜けた返事をするしかない。言葉は理解できてもあまり実感がわかず、次の瞬間には全部嘘でしたと言われてもまあそんなものかという感じだ。

「詳しくは乃楽山で話すことにしよう。それまでしばらくは飛鳥時代の風景を楽しむがよい。めったに無い経験だ」

 そして、比売神様は馬を曳く隊員を促して前に進み、隊長の隣に並んで話し始めた。二人の間では知らない人の名前が飛び交い、比売神様の質問に対して隊長が「元気です」とか「あいつはたいそう出世しまして」などと近況を答えている。この様子から判断すると、比売神様と隊長は過去にそれなりに親しい間柄だったということだ。そしてタイムスリップが可能という前提に立てば(立たざるを得ない気がしてきているが)、比売神様は以前にもこの時代に来ていて、隊長はじめこの時代の人々と交流があったというところだろう。

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