二十五
「扉、閉め!」
高市麻呂が叫び、兵が急いで扉を閉める。
「全員扉から離れろ! 床に伏せ!」
僕は頭を抱えて床に腹ばいになった。直後、外からすさまじい爆発音がして、床が震え、入口のガラスが砕け散った。
かなりの爆発が起きたのはわかった。しばらくは顔を上げるのも恐ろしかった。ややあって、静まり返った中で比売神様が口を開いた。
「外の様子を見てくれ」
「はい」
高市麻呂が立ち上がり、木戸をそっと開ける。いや、開けるというか、蝶番が外れてそのままバタンと倒れて、開いた。
眼前には、地面に凹みができていた。そしてそこを中心にして敵兵が大勢倒れている。境内は静まり返っている。離れたところでは動いている敵兵もいるが、物陰でこちらの様子を見ているだけで攻撃してくる様子はない。仏頭は跡形もなくなっていた。
「やりすぎじゃないですか……?」
自分が意図してやったわけではないにせよ恐ろしくなった。あの仏頭がこれほどの爆弾になってしまうとは想像もしなかった。せいぜい敵が驚いて逃げてくれれば十分というくらいのつもりだったのに。
「オーバーキルという意味ではたしかにやりすぎだ。だがコントロールは不可能だった。こちらの弾はあの一撃しかなく、やらなければ全滅する。最善ではないにせよ及第点だ。気にせず行くしかない」
比売神様は表情を変えずにそう言い、さらに高市麻呂に指示を出す。
「敵が怯んでいるうちに奈良県庁で吹負と合流しよう。隊をまとめてくれ」
「はい!」
「県庁まで走るぞ」
細かいことを考えている暇はなかった。高市麻呂隊は合図とともに集合し、すぐに北へ向かって走り出す。
興福寺の北参道を抜け、登大路を挟んだ斜向いの奈良県庁へ。
吹負隊の現在位置は不明だが、敵を防ぎつつ奈良県庁まで退くという指示は熊さんが伝えてくれているはずだ。とすると吹負隊も、それを追う敵も、近くまで迫っている可能性があった。一同は歩道からそろりと身を乗り出し、登大路の様子を確認する。
「近鉄奈良駅方面は問題ありません」
「よし、渡るぞ」
三十人ほどの男たちが次々に横断歩道を渡る。
「あ、あれ!」
先頭の兵が声を上げた。
「どうした?」
「隊長です! こちらへ退却してきます!」
指差したのは、僕たちが渡った交差点から北へ進んだところにある奈良県文化会館の角だ。距離にして三百メートルほど。馬に乗った武人が角を曲がり、反転して矢を射ている。それに続いて次々に徒歩の兵たちが角を曲がってくる。
「隊長、隊長! こっちです!」
高市麻呂が大声で叫ぶと、吹負が気づいて馬を飛ばしてきた。
「無事か! よかった!」
「損害ありません。隊長のほうも?」
「負傷者が出たが無事だ。それよりもここまで退くのに人数を少しほしい。できるか?」
「お安いご用です。大魚!」
「はっ」
名を呼ばれて進み出たのは背が低いが肩幅のがっしりとした兵だ。
「退却の支援だ。行ってくれ」
「はい、おまかせください!」
彼の部下らしい十人ほどが文化会館の角へ駆けていく。
「残りの者は県庁を確保、防衛の準備だ」
「はっ」
高市麻呂隊の兵たちは県庁へ入っていく。古代寺院を模した回廊に囲まれたモダニズム建築。鉄筋コンクリート製だから、国宝館と同じく古代人の武器ではびくともしない。食料さえ確保できればいつまででも籠もっていられるだろう。もちろんそれは今回の目的ではないが。
「比売神様、我々は?」
と、吹負がたずねた。
比売神様が問い返す。
「時刻は?」
「未の下刻です」
吹負の返事は迷いがなかった。時計もないのに時刻がわかるのかと僕は少し驚く。古代はみんなそうなのか、それとも吹負の能力がすぐれているのか。
「蝦夷と連絡を取る可能性があるな。私と吹負と颯太は先に春日大社へ行こう。高市麻呂には部隊を率いて敵を奈良県庁に引きつけておいてほしい。援軍が来るまでの辛抱だ」
「了解です。それでは軍の指揮は高市麻呂に渡しましょう」
と吹負が言うと、高市麻呂がうなずく。
「はい、おまかせください。隊長の馬をお借りしても構いませんか」
「いいぞ。存分に働いてくれ」
吹負が答えると、高市麻呂はにこりと笑った。頼りがいのある顔だ。
「それでは早速行こう。行動開始だ」
吹負の声とともに、高市麻呂は馬に軽やかにまたがり、蹄の音を高らかに響かせながら、交戦の続く文化会館の角へ駆けていった。
「我らも参りましょう」
高市麻呂の後ろ姿を見届けて吹負が言った。
僕たちは春日大社へ向かって走った。さっきまで走っていたのに、また走る。東金堂の時点で尽きかけていた僕の体力はきっとすでにゼロを下回っている。それに対して四次元存在である比売神様が人間の尺度で測れないのはもちろんのこと、吹負も鎧を着ていながらまったく疲れた様子がない。
僕は走り始めてすぐに限界に達した。吹負の馬を高市麻呂に貸さなければよかったと思った。ひいひいと悲鳴を上げながら走る。地下道のある県庁東交差点を抜け、道はゆるやかに登りながら奈良国立博物館の前へ。この先の交差点から斜め方向への道に入れば春日大社の参道である。あと少しだ。なんだか呼吸が苦しくて目の前がふらふらするのだが、あと少しだ。




