十八
「颯太、颯太」
夢の中で僕は美少女に呼びかけられていた。金色の美しく輝く髪。大きな瞳。首を傾げ、微笑みかける、まだ子供っぽさの残る顔立ち。風が吹き、淡い緑色のプリーツスカートが揺れる。萌葱色の……。
「颯太、起きろ」
肩を揺り動かされて、目の前にあったイメージが急速にしぼんだ。
目を開ける。近鉄奈良駅前の風景だ。
「まったく、こんなところで寝て……」
僕は高市麻呂と別れた後、そのまま噴水の前で眠ってしまったわけか。座ったまま眠ったせいか首が少し痛い。目の前にいるのは比売神様と吹負。
「何かありましたか?」
「まもなく夜明けだ。霧が晴れる前に作戦を開始する」
周囲の暗さはまだ夜だ。何時くらいだろうか。
「ところで高市麻呂さんはいないんですね」
と、僕は質問した。たいてい吹負と一緒にいる印象だったのだが。
僕の質問には吹負が答えた。
「高市麻呂は一足先に部隊を率いて街に出ている。昨夜のうちに方角と場所を確認したそうだ」
「ああ、なるほど」
そういうことかと僕は思った。昨夜なぜ高市麻呂が外に出て散歩なんてしていたか。それは初めて来た街で地理を把握していたのだ。酔い醒ましとは言っていたが戦いに備えてのことだったか。
僕たちは急いでサイゼリヤへ戻った。
すでに吹負から指示が出されていたと見えて、兵たちは出陣の準備を終えていた。掛け声と共に全員が奈良の市街地へと出ていく。最後に吹負が比売神様に一礼する。
「では、行ってまいります」
「武運を祈る」
「比売神様もご無事で」
短いやり取りの後、チャイムの音を残して吹負は出ていった。
僕はガラス越しに外を見る。空には黒雲が立ち込め、夜明けが近づいているはずなのにほとんど明るくなっていない。ただ、街灯の下のもやはなくなり、霧は晴れつつあるのがわかった。




