十五
その星で生まれ進化した生命体は地球の生命体とはかなり異なっている。というのも、三次元ではなく四次元に存在しているからだ。三次元に生きる人間には認識できない空間軸をもう一つ認識し利用することができるため、人間からすると彼らの行動は空間を捻じ曲げているように見えることもある。現代から飛鳥時代に抜ける穴や、時空の隙間と呼ぶこの空間を利用できるのも彼らのそのような特徴による。ただし間違えてはいけないのは、彼らが特殊能力でこの時空の隙間のような世界を生み出したのではなく、あくまでも自然に存在している宇宙の仕組みを利用しているに過ぎないということだ。人間が進化の過程で火を調理や工業に利用するようになったのと似ている。動物から見れば人間が火を起こすのは魔法のように見えることだろう。
ともあれ、この生命体を仮に神と名付けておこう。この生命体の社会的特徴から色人としようかとも考えたが、人とは似ても似つかぬ存在であるがゆえに、神のほうがまだしもイメージに近い。寿命は数千年に及び三次元的には明確な姿を持たない。この生命体――神――は、色すなわち光のスペクトルに対して人間よりも分解能が高く、社会や文化の様々な面において色に関連した概念を用いる傾向にある。ちなみ神にとっての可視光は人類よりもやや範囲が広く、赤外から近紫外まであるため、人類にはない色をも概念体系に含んでいる。そのあたりは適宜わかりやすく翻訳して話そうと思う。
さて、今からおよそ二千年前、神たちが住む惑星は恒星系内の惑星の相互作用により軌道が大きく変わってしまった。それによって環境が変化し、食糧生産が大幅に減少したことで神たちは個体数を維持することができなくなった。この危機に対して、神たちは実用化されつつあった恒星間飛行技術を使って近傍恒星系へ移住し、個体数を分散して乗り切ろうとした。そのうち太陽系第三惑星へ向かったのはおよそ千個体。人類の人口規模からするとかなり少ないが、すでに知的生命体の存在が確認されていたことから過干渉を避けるため最小限に留められたのだ。移住は成功し、地球上の全体に散らばった神たちはお互いに協力し合いながら生活を営み始めた。やがて他の恒星系に移住した仲間や母星とも連絡を確立し、連邦として新たな政治体制もできあがっていった。
地球の神は当初、三次元では人間の姿をとり、人間社会の中で協調的に生きていくことを試みた。人間の姿をとるというのは、例えるなら影絵に似ている。四次元では人間とは全く異なる姿かたちをしているが、三次元に投影した影を人間に似せることは可能なのである。手を使って蝶や狐の影を作るのを想像してみればいい。しかしいくら似せても人間と全く同じでないことはわかってしまう。特に空間の概念が異なっているために人間にとって超常現象とも感じられるような事態を現出させてしまい、神の眷属や奇跡、あるいは神そのものと同一視されるようになってしまう者が続出した。私は春日山の神と同一視され、比売神様と呼ばれるようになった。同じように京都盆地の南を拠点にした個体は秦氏の奉斎する神と同一視され、稲生様、つまり稲荷神と呼ばれるようになった。
この話から分かる通り、私たちは人間が言うところの神ではない。異星の生命体が人間によって神と呼ばれているにすぎない。ただ、人間と協調的に生存するというのが地球に移住した神たちの基本的な方針である。そのため神たちは人間から期待されるとおりに神として振る舞い、ときには人間を助けるために人間社会に干渉することもあった。私もときどき人里へ出ては一緒に過ごした。人間の世にも戦争や対立、気候変動による飢饉など苦しい出来事は多かったが、全体としては楽しく平和的な日々だったように思う。
そのような平和な関係が狂い始めたのはここ最近のことである。もともと気候変動などの不安定要因が多かった母星で政治対立が深刻化し始めたのだ。人間社会に比べると昔からの牧歌的な共同体を維持していた神社会も、個々の政治的意見が対立を深めるに従って分裂と合流を繰り返し、萌葱と黒鼠という大きな二つの派閥が成立した。これは連邦全体に波及し、地球上の神たちもいずれかに所属することを迫られた。そして行きがかり上、私は萌葱に、稲荷神は黒鼠に属し、それまで政治的な意見対立などなかったにも関わらず両者の喧嘩に巻き込まれる形になった。実にくだらないことだとは思う。
あとは大体、君にも話したとおりだ。黒鼠は急進的な指導者がトップに着き、隙あらば萌葱を攻撃しようと狙っていた。そんなときに現代と壬申の乱の真っ最中とをつなぐ穴が開き、黒鼠派閥に利用されてしまったのだ。人間の歴史を質にとり、萌葱から譲歩を引き出そうとしている。君たちは何も悪くない。時空が不安定化しているところにたまたま君と吹負の存在が重なってしまった。何かの組み合わせが偶然にトリガーとなり時空の通路が開くのは広い宇宙では稀には起こることだ。ただ、私たちの勝手な争いに巻き込んでしまったのはとても申し訳なく思っている。君の生命は守る。飛鳥時代の人々に対しても、史実以上に苦しい思いをさせないようにしたい。そしてその上で、地球と近傍恒星系の秩序を維持したい。難しいバランスをとりながら戦うことになるが、前線にいる私だけでなく後方でも事態を平和的に収束させられるよう駆け引きが行われている。私たちは孤立していない。時空の隙間でなんとか吹負軍が壊滅しないように守り、歴史改変の可能性を潰すのだ。




