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十三

「ここは?」

 と吹負が尋ねる。

「食べ物を出す店です」

「ほう。椅子と机が並んでいるな。大唐の様式だ」

 ちなみに大唐というのは中国の唐王朝のことである。アジアの広い範囲を支配下に置き、シルクロード交易を通して西方とも交流を持ち、経済的にも文化的にもこの当時としては圧倒的な影響力を持った世界帝国だ。まだ発展途中だった日本は唐を参考にして国造りを進めていて、吹負たちが興味を持ったのもそのあたりが理由だろう。

「座ってもよいかな?」

「はい、まあ、座って待ちましょうか」

 兵たちはここでも興味津々で店内は騒がしくなる。僕はお冷でも出そうと思い、さてどうやって注文すればよいのかと思案した。比売神様は食べ者が豊富にあると言ったが、自分で作るしかないかもしれない。

 厨房の奥へ行こうとしたところで、手前のカウンターの上にコップが並んでいることに気づいた。既に水が注がれている。数を数えるとおよそ百杯。ちょうど部隊の兵の数と同じか。これを飲んでもよいのであればありがたいが、まるで何者かが先回りして準備しているようで薄気味悪くもある。

 これを持っていくべきかどうか迷っていると、入店チャイムが鳴った。比売神様が数人の兵を連れてやってきたところだ。

 ちょうどよかった。僕は注文をどうすればいいのかわからないこと、いつの間にか水が置かれていたことを説明した。比売神様はそれを聞き、しばらく思案した。

「正直なところこの時空の隙間がどういう仕組みで動いているのか計りかねているところはある」

 と、比売神様は言った。

「しかしこの世界のあり方に介入するには隙間を開いた君と吹負の力がなければできない。他の誰かの意思が働いているわけではないはずだ。おそらく、水が準備されたのはこの世界(・・・・)における(・・・・)サイゼの(・・・・)あり方が(・・・・)そのよう(・・・・)である(・・・)からだろう。ひとつ思いついたことがある。試してみよう」

 比売神様は後ろで立っている兵たちに席に着くように促した後で、手近なメニューを手にとって僕に見せた。

「この中で食べたいものはあるか?」

「そうですね……ここは定番のミラノ風ドリアで」

 そう言ったとき、ふとチーズの香りが鼻をかすめた気がした。

 もしやと思ってカウンターを見る。

「ある……」

 ミラノ風ドリアが湯気を立ててそこにあった。

「これはおもしろいな」

 比売神様は楽しそうに言った。

「私はエスカルゴにしよう。エスカルゴのオーブン焼きを思い浮かべてくれ」

 すると、カウンターの上にうっすらとしたもやが現れ、たちまちにエスカルゴのオーブン焼きが形をなした。ガーリックの香りが漂う。

「なるほどな。メニューにあるものを颯太が心に念じることで注文が通るようだ」

 なんという便利システム。

「時空の隙間では現実とは物事のあり方が違っているんだ。特にここは君と吹負が開いた隙間だから君たちが近くにいることで私の力で介入することもできそうだ。これもやってみよう」

 比売神様はメニューをじっと見ながら右手の指先を空中にさまよわせた。タッチパネルを操作しているようにも、人形を操っているようにも見える。しばらくすると、カウンターの上にはプロシュートが現れた。僕は何も思い浮かべてはいないのだが。

「これは?」

「この世界の仕組みをほんの少し拡張して、この店内にいる颯太以外の人間でも注文を通せるようにしてみた。そのプロシュートはここにいる誰かが食べたいと思ったものだな」

 やがてパスタやチョリソーや辛味チキンなどが次々に現れるようになった。

「比売神様最強じゃないですか。こんなことができるなら戦で超能力とか発動して勝てそうなんですけど」

「それも狙って先手を打って君を確保したんだ。寡勢でも少しでも有利に戦えるようにな。とはいえサイゼで簡単に注文できるシステムは予想外だった」

 比売神様はエスカルゴをつまんでもぐもぐと食べた。

「味は現実世界のサイゼと同じだ」

「それはよかったです」

「みんなに注文方法を教えてやろう。食べ放題だ」

 僕たちはフロアへ出て、兵たちに注文方法を教えて回った。みんな疲れた様子だったが、食べ物と聞くとたちまち厨房の前に行列ができていく。落ち込み気味だった兵たちも明るさを取り戻したようだ。

「ところで君は私が最強だと言ったな」

「はい」

「ある程度事実ではあるが、私にできるのはあくまでもこの世界のあり方(・・・)をベースにしてそれを多少拡張したり変形したりする程度だ。たとえば何の脈絡もなくミサイルを出現させて敵に撃ち込むなんていうことはできない。そこのところは過信しないでくれ」

 フロアを一周りし、座る場所を探していると、吹負と高市麻呂が手招きしていた。四人掛けのテーブルに二人分の空席がある。作戦会議用の隊長席といったところか。

「吹負、今宵は兵たちに酒を飲ませても構わないか?」

 席に座りながら比売神様がたずねた。

「ええ、酩酊しない程度であれば問題ありません。ここには酒もあるのですか」

「メニュー表のここだ。ワインというのが葡萄の酒、ビールは麦の酒。いずれも唐よりも西方で作られているものだ」

「それはまた珍奇な……。いや、疲れているところに酒があるのはありがたい限りです。戦場の酒は士気を保つのに役立ちますからな。皆に伝えましょう」

 吹負が立ち上がり全員に飲酒許可を伝えると、店内には歓声が上がり、たちまち行列が膨らんでいった。

「みんなお酒好きなんですね」

 と、僕は隣の比売神様に言う。

「現代とは違って毎日飲めるものじゃないんだ。貴重な米を使わないと作れないものだからな」

 楽しそうな行列を眺めていると、若い兵二人がわざわざ酒を持ってきてくれた。赤ワインと白ワインのグラスを両手に持っている。紅白か。この時代に紅白がめでたいという考えはもうあるのだろうか。

「比売神様、隊長、どうぞ」

「うむ」

「颯太さんと高市麻呂も」

「ありがとうございます」

「悪いね」

 それぞれワインのグラスを受け取る。

「ではひとまず一杯」

 吹負がグラスを掲げ、各々が口をつける。まあ、普通のサイゼの安ワインである。すなわち安い割にはきちんとした味だ。

「ほう」

「隊長、これはおいしいですね。葡萄が酒になるものですか」

「ううむ、理屈はわからんがなあ……」

 吹負と高市麻呂が話している向かいでは、比売神様が慣れた様子ですいすい飲んでいく。なにしろ神なのだから大丈夫なんだろうけれど、見た目未成年の美少女が酒を飲んでいるのはなんだか不安になる光景ではある。現実世界なら年齢確認を求められるのは間違いない。

「どうした颯太?」

 僕がじっと見ていると比売神様が言った。

「普段からサイゼで飲むんですか」

「まあそれなりにな」

 ほう。

「年齢確認とかどうしてるんですか。免許証も健康保険証も持っていないのでは」

「大丈夫という顔をしていればたいてい大丈夫だ」

「なるほど」

 比売神様のグラスはすぐに空になった。早すぎる。

「聞くまでもないかもしれないですが、お酒強いですね」

「人間と違ってほとんど酔わないんだ。見た目はこんなだが人間の年齢は当てはまらない」

「まあ、そうでしょうね」

「お酒お持ちしましたあ」

 すでに赤い顔の若い兵が酒の追加を置いていく。早くもできあがっている。

「私のことはともかく君も飲んでおいてくれ。現代から飛鳥時代へ飛んだときのように酒は人間の力を強めて時空へ介入しやすくする。特にこの時空の隙間は君と吹負の力で開いたものだから、君たちがいることでそれなりに操作できそうなんだ。ここからの戦いでは君が多少酔っ払っているくらいのほうがいいかもしれない」

「それはやっかいな」

「世界を救えるなら安いものだ」

 酒はどんどん運ばれてきて、僕たちはだんだん酔いが回り、饒舌になり、作戦が早々にまとまったところで後は自由に飲み食いしようということになった。高市麻呂は意外と弱いらしく会議が終わると早々に離脱してしまった。

「せっかく千三百年後の世界に来たんです。酔い冷ましに少し外を見物してきます。夜も明るくて楽しそうだ」

 顔は赤らみ、楽しそうだ。

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