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最弱スキル【不動金剛化】のせいで追放された剣士は剣聖に弟子入りする〜抜刀術と組み合わせて最強の攻撃スキル【不動金剛斬】に進化させたら戻ってこいと言われたけどもう遅い! 俺は姉弟子と剣を極めるので〜

作者: バルサミ子

連載とかに繋がらない単独完結なのでご安心ください。

 人は皆この地に生を受けてから十年で、一人に一つスキルを授かる事になっている。


 今日、僕は得たスキルを判別するために双子の弟と共に判別会場に足を運んでいた。


「カミト、いよいよお前の番だな。誇り高き我がクザン家の末裔として相応しいスキルを得る事を私は祈っている」

「必ずや父上の期待に応えてみせます」


 10年ごとに選ばれる当代最強の剣士の称号である剣聖。

 その剣聖をこれまで最も多く輩出しているのが名門貴族クザン家。


 その長男として恥じる事がない様に幼い頃から剣の腕を磨いてきた。

 僕は今日、スキルを得て剣聖への第一歩を踏み出すのだ。


「それに比べてカナメ、お前はどうしてカミトの様に稽古に励まない? お前も私の息子である以上、才能があるのは間違いないというのに」

「……」

「お前はどうして……。まあいい、お前たち二人のどちらかが絶対に剣聖の座を奪還するのだ。いつまでもあの忌々しい似非剣聖に後れをとってなるものか!」


 父上がこれほどまで剣聖の座に固執するのには理由があった。

 40年前、彗星の如く現れ今なお君臨し続ける当代の剣聖ハク。


 父上は一度として剣聖に勝つ事が出来ず、その事で陰口を叩かれていた。

 だから僕は父上に変わって、必ずや剣聖の座を奪還して見せると誓った。


 怠け者のカナメではなく僕こそが、クザン家の家督を継ぐに相応しい。

 今日のスキル判別の儀でそれを証明してみせる。


「続いてはカミト・クザン様。同じくカナメ・クザン様」

「さあ、行ってこい」

「行って参ります、父上」


 ついに僕らの順番がやってきた。

 案内係に連れられて、天幕で覆われた会場の一角へと足を踏み入れた。

 殺風景な天幕の内側、その中央に人の顔程度の大きさの水晶球が設置されていた


「それではスキル判別の儀を執り行います」

「まずはカミト様、こちらの水晶に両手を置いて目を閉じてください」

「……はい」


 指示に従って水晶球に手を置き、目を閉じる。

 目を閉じて初めて自分の鼓動があり得ないほど早く脈打ってる事に気が付いた。


 縋る様に祈りを捧げる。

 どうか僕の剣の道を切り開くためのスキルを……!


 深く集中している中で、ふと頭に浮かび上がる物があった。

 間違いない、これがスキルの正体。

 更に意識を集中させて、そのスキルの正体を思考の海から引き上げる。


「……【不動金剛化】?」


 引き上げたスキルの正体をポツリと呟く。

 【不動金剛化】、これは一体どういうスキルなのだろう。


「目を開けてください」

「……はい」


 言われるがままに目を開く。

 

 このスキルがどの様な物なのか父上に聞かないと。

 心躍らせながら振り返る。


 父は絶望していた。

 顔の半分を手で覆い、その隙間から漏れ出る憎悪に満ちた視線。


 僕は全てを悟った。

 きっと父の期待を裏切るスキルだったのだろう。

 ならせめてこれまで以上に剣を振るい、父上に認めてもらえてる様になろう。


「父上……? 私のスキルはどの様なものなのですか?」

「ゴミだ……」

「え……?」

「お前には失望したぞカミト、まさか【不動金剛化】だとは……使っている間、どんな攻撃をも防ぐ。だがその間剣を振るう事ができない。それどころか体を動かす事すらできない、剣士にとって足枷にしかならない最弱スキルだ」


 剣を振るう事すらできない……。

 そんな……つまりはスキルがないのと一切変わらない?


 それじゃあ、今まで一体なんのために剣を?


 全てを否定された。

 何も考えられない。

 僕はただ目を伏せる事しかできなかった。


 絶望はまだ続いた。


「父上、私のスキルが判明しました」

「ああそうか、次はカナメだったか」

「私のスキルは【鎌風】でした」

「……! それは本当か!?」

「はい、間違いありません!」


 生気を失ったかの様な顔をしていた父が目を見開いてカナメを見ていた。

 その目は僕に向けた目とは正反対のものだった。


 よりにもよってカナメが手にしたスキルは、今なお伝説の剣聖として語られているクザン家先々代当主と同じスキルだった。


 荒ぶる風を剣に纏わせ、飛翔する斬撃を放つ【鎌風】。

 剣を志す者全員が一度は夢見るであろう、最強のスキルだ。


 どうしてそれが僕じゃなくて、カナメなのか。


 スキル判別会場から、家に戻るまでの事は何も覚えていない。

 父上のこれまで聞いた事無い様な誇らし気な声と、カナメの希望に満ちた声。


 物心ついてから初めて夜の稽古を休んだ。

 横になり目を閉じても父上から向けられた憎悪に染まった目が瞼の裏にこびりついた様に離れなかった。


 結局一睡もできないまま朝を迎えた。

 もう剣を見たくない。


 その思いとは裏腹に、呪いの様に染みついた習慣のせいで無意識的に体が家の稽古場に動いていた。

 

 もうどうにでもなれ。


 思考を放棄して剣を振るっている所に、父上とカナメが現れた。


「何故お前がここにいる?」

「……いつもの様に剣を振るっておりました」

「お前に剣はもう必要ない。今日よりここでカナメの稽古をつける。お前は邪魔だ」

「ですが……」


 言い返そうにも何を言えばいいのかすら分からない。

 僕はただ縋る様に父上に目を向けた。


「そうか。昨日我がクザン家の顔に泥を塗った上に家長である私の決定にも異を唱えるか。ならばもういい、お前を廃嫡しカナメを後継とする。支度金なら部屋の前に置いてある。それでどこへなりとも行くがいい」

「……そんな」


 有無を言わせぬ物言い。

 本気だ。

 父上は、こいつは……実の息子の事なんて本当にただどうでもよかったんだ。

 ただ自分の悲願を晴らす道具が、剣が欲しかっただけなんだ。


「分かりました」


 これ以上何を言っても無駄だと悟った僕は支度金と剣を持って家を出た。

 不必要と言われた剣を持っていく。

 それが僕のできる唯一の反抗だった。


 「っっ……うっ!!」


 走る。

 ただ走る。

 嗚咽を洩らす余裕がない様に、冷静にならない様に。


 行く当てなんてない。

 どこかに行きたいとも思わない。

 

 足の向くまま駆けていると、街外れにある森が見えてきた。

 ここは確か天狗の森と呼ばれ、父に絶対に入るなと言われていた所だったはずだ。


 こんな事復讐ですらない。

 だが今の僕にとって、この気持ちこそが何よりも優先すべきものだった。


 そして僕は鬱蒼と薄暗い天狗の森へと足を踏み入れた。



※ ※ ※



 さすがに足元の不確かな森の中を走る事は難しかった。

 

 それでも一度も立ち止まらずにただ森の奥へと進む。

 止まってしまったら最後、不安と絶望に押しつぶされてしまいそうだったから。


 どれくらい歩いたのだろう。

 影の具合から察するに既に日は上がりきっているのだろうか。


 毎日稽古を続けていたとはいえ、子供の体力などたかが知れてる。

 ついに足が動かなくなって座り込んでしまった。


「……これからどうすれば」


 今まで自分の全てだと思っていた剣が否定され、僕を支える柱は何も残っていなかった。


 いっそこの森の暗さの中に溶けてしまいたい。

 膝を抱えて目を伏せた。



 カン……カン…カン。



 森の自然なざわめきとは違う断続的で乾いた音。

 何かと何かが激しくぶつかり合う様な音。


 これは……木剣を打ち合う音。

 こんな所でどうして?

 まさか本当に天狗?

 

 気付けば立ち上がってフラフラと音のする方へ歩き出していた。

 進むにつれて音は段々と大きくなってきている。


 それにしてもかなり激しく打ち合っている様だ。


 森の切れ目が見える。

 どうやらこの奥から聞こえている様だ。


 大きく息を吸って茂みを掻き分ける。


「天狗だ……」


 目の前に広がる光景に思わず声を洩らしてしまう。


 見えたのは木々を足場に跳ね回る白髪の老人。

 そしてその老人の木剣を華麗に受け流す細身で小柄な女の子。


 見た所女の子の方は僕とあまり年が変わらないんじゃないだろうか。

 それにも関わらず、縦横無尽に襲い掛かる老人が振るう剣を的確に受け流していた。


 その女の子と同じ事ができるのか、僕には自信がなかった。

 

 目の前で繰り広げられる不思議な光景に思わず魅入ってしまっていた。


「誰……!」


 女の子が僕に気づいたのか、こちらに視線を向けた。

 よく考えたら僕のやってる事は完全に不審者だ。


 その女の子の声で我に返った。

 茂みを掻き分けて、ゆっくりと姿を晒す。

 敵意が無い事は分かってもらえただろうか?


「なんだ、子供じゃない。ここはボクみたいな子供が来る所じゃないの」

「いや、多分君と同い年くらいだと思うんだけど」

「あたしこれでも十二歳なんだけど」

「驚いた、僕より二つも年上なんだ」

「随分失礼な言い草ね、まあでもあたしは大人だからこの程度の事じゃ怒ったりしないんだけどね」


 そう言いながら木剣を持つ手は細かく震えている。

 それに元から大きい目を更に見開いていた。

 必死にこらえてるんだろうな。


「リアのお友達かい?」

「違います、師匠! 全く知らない赤の他人です」

「いい加減師匠呼びはやめてほしいのだが……」


 どうやらリア、という名前みたいだ。

 リアが師匠と呼ぶこの白髪の老人、もしかして……?


「あの、当代の剣聖ハク様でしょうか?」

「おや君は私の事を知ってくれているのかい。光栄だねえ」

「あ、失礼しました。僕はカミト……です」

「それで……クザン家の人が私に何の用かな?」


 バレている……。

 いや、家紋入りの服を着ていたら分かるか。


 それにしても何故剣聖がこんな所に?


「あんた、クザン家の人間なの!?」

「……いや、その」


 リアが敵意を剥き出しで迫ってきた。

 クザン家と剣聖の関係を考えれば、この態度も当然か。

 今の僕は……なんて答えるのが正解なんだろう。


「リア、ちょっと茶を入れてくれないか」

「師匠! どうして……!」

「今の稽古で喉が渇いてしまってね。頼むよ」

「……分かりました」


 どうやら剣聖が助け船を出してくれたらしい。

 この人からは僕に対する敵意を何も感じない。

 それが逆に不気味だった。


「さて、話を聞かせてもらっていいかな。カミトくん、君はどうしてここに来たのかな?」

「……たまたまです。森に入ったら剣を打ち合う音が聞こえて、それで……」

「そうかそうか、それで……何かあったみたいだね」

「……はい。スキルの事で、家を廃嫡されて、追放されました」


 どうしてここまで素直に話してしまうのか僕は分からなかった。

 誰かに聞いてほしい、多分心のどこかでそう思っていたのかもしれない。


「なるほどなるほど、こんな子供を……ね」


 口調はそれまでと同じ優しいものだった。

 ただその奥に底冷えする様な殺気が込められている気がして思わず身震いしてしまう。


 父の、あいつの漏らす殺気と全然違う。

 この人の殺気はもっと……静かで研ぎ澄まされてる。


 この一瞬でどうして父がこの人に勝てないのか、その理由の一端を垣間見た気がした。


 そんな僕の怯えに気が付いたのか、剣聖は申し訳なさそうに目をすぼめた。


「すまないね、怯えさせるつもりはなかったんだが……ふむ、今のに気が付けるのなら」

「いえ、その……」

「カミトくんはどんなスキルを授かったのかな?」

「【不動金剛化】です」

「なるほど、それは確かにクザン家の剣術には向かないだろうねえ」

「……っ」


 改めて突き付けられた現実。

 せめてもう少しマシなスキルだったら……


 強く唇を噛み締めてしまったのか、口の中に血の味が広がっている。


「君さえ良ければなんだがね……ここで私たちと修行をしないかい?」

「え……?」


 僕が、剣聖とリアと修行?

 一体何が狙いなんだろう。

 読めない、この人の考えている事が全く読めない。


「そう身構えんでもいい。カミトくん、私のスキルはなんだと思う?」

「天狗術、でしょうか?」


 さっきここで見た様な木々の間を跳ね回り縦横無尽に相手を翻弄できる、そんな事が出来るスキルに心当たりはなかった。

 ただ天狗の様だ、そう思った。


「はっはっは……なるほどなるほど面白い。リアが初めて見た時と同じ答えだよ」

「それで、実際の所は?」

「私のスキルはね、【跳躍】だよ」

「信じられない……。だって【跳躍】って高く早く跳ねる事ができる、それだけじゃないんですか?」

「嘘なんてつくわけないさ。さっきの動きは全部【跳躍】スキルを使ったんだからね」


 確かにさっきの動きは一応【跳躍】で説明はつく。

 だけどあれは人間ができる次元の動きではなかった。

 これが剣聖の……。


 いやまてよ、確かにあの動きはすごい。

 だけど実際剣聖を決める時は……。


「森の中ならともかく遮蔽のない闘技場での戦いにどうやって勝てたのか? カミトくんが聞きたいのはこの事だね」

「は、はい。平地だったら【縮地】とかもっと他に強いスキルがあるんじゃ……」

「見てもらった方が高いね、よく見てるんだよ」


 そう言うと、剣聖は膝を曲げ跳躍し、あっという間に立ち並ぶ木々と同じ高さまで到達した。


 あとはこのまま降りてくるだけ。

 僕が相手ならこの着地の隙を絶対に狙う。


 一挙手一投足に注視して剣聖の動きを追う。


 すると剣聖は何もないはずの宙を蹴った。

 そして再び剣聖の体は木々と同じ高さまで到達した。


「……っえ?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 常識ではありえない動き。


 そんな動きが出来るなら【跳躍】はもっと強いスキルとして認知されてるはずだ。


 跳躍を終えた剣聖が音を立てる事なくふわりと着地する。

 ただ軽やかな動きとは、少し息が上がって額からは汗が滲み出ている。


「ふぅ……寄る年波には勝てんなぁ」

「今のは一体…?」

「宙を蹴って跳躍したのさ。負担が大きく連発はできないが……相手の虚を突くには一度使えれば充分だろう?」


 確かに目の前でこの動きをされたら……。

 これが剣聖の力なのか。


「さて、話を戻そうか。私もカミトくんも同じなんだ」

「僕が…同じ?」

「そう、剣を振るうには向かないとされてるスキルを持ちながら、それでも剣を諦められない、そんな人間さ」


 そうか、だから初対面なのに僕はこの人に素直になれたのか。

 僕は今まで父に認められたくて剣を振るっていると思い込んでいた。

 そうじゃない、それだけじゃない。

 僕は……単純に剣が好きだったんだ。


「師匠〜! お茶、持ってきましたよ」

「おおそうだったね。リア、ありがとう」

「やっぱり厄介払いだったんじゃないですか!」


 お茶を持ったリアが戻ってきた。

 相変わらず敵意を向けられいるが、さっきよりは冷静になってるみたいだ。


「リアも似た様なものさ。天性の才能、【縮地】という剣士として理想的なスキル。だが、女性だった」

「ちょっと師匠、こんな奴に勝手に話さないでください!」


 そうだった。

 剣聖になる条件、それは「男性」である事。

 どれだけ強くなろうと、リアは剣聖には……なれない。


「剣聖になれなくたっていい。ただ私は皆が間違ってるって証明する。そのために私はいつかこの手で剣聖をボッコボコにする」

「そうだ、私たちは常識もしがらみも全て断ち切って剣を振るってたいだけの変人さ。改めて聞こう、カミトくん。私たちと一緒に修行しないかい?」

 

 辛くて、全てを失ったと思い込んでいた。

 そうじゃない。

 僕は何一つ失ってなんかいなかった。


「よろしくお願いします、リア、師匠!」



※ ※ ※



 俺が師匠とリアと修行を始めてから6年が経った。

 背丈はいつの間にか師匠を超え、剣士として必要な筋肉も付いてきた。


「ほらカミト、あんたそろそろ準備しなくていいの?」

「とっくに終わって暇してるよ」

「どうだか、カミトは案外そそっかしいんだからね」


 相変わらずお節介なやつだ。

 荷物は何度も確認した、今更リアに言われてもやる事は残ってない。


 立ち上がると、リアが恨めしそうな顔をしていた。

 つい最近まで自分の方が背が高いから、と事ある毎に言ってきていたリアからすれば頭1つ分背が高くなった俺を見上げるのが気に食わないのだろう。

 

 その代わりなのかは分からないが、こうして度々姉貴面をしてくるのだ。


「時間あるなら少し付き合ってくれないか?」

「修行に……でしょ。分かってるって」

「なんでそんな不服そうなんだよ」

「……ばーか」


 軽口を叩きながら家を出て、距離を開けて対峙する。

 俺の修行は1人で出来ない事が多い。

 だからこうしてリアに付き合ってもらう必要があった。


「カミト〜、それじゃ始めるよ〜!」

「いつでもいいぞ!」

「じゃあ遠慮なく……くらえこのアホ〜!」


 罵倒混じりの合図と共に、リアに向かって全力で駆け出した。

 リアが腕を振るって大量の石を投げつける。

 

 その石に正面から突っ込む。


 いや今日は一段と石が鋭利だな……!

 あいつまさかこのために研いでるんじゃないのか?


 鋭利な石がカミトの顔面に容赦なく襲い掛かる。

 しかし、その鋭利な石も俺に一切の傷を負わせる事ができない。


「まだまだぁ! 今度はこれならどう?」


 そのナイフどこに忍ばせてたんだよ!


 今度はリアがどこからか取り出したナイフが俺に襲い掛かる。

 だがそのナイフも小石と同じく弾かれた。


 万策尽きたのかリアは不満そうに舌打ちを鳴らした。


「なぁリア…さすがにナイフは聞いてなかったんだけど」

「嫌だなぁ、そうこれはカミトの事を信頼してただけなんだから!」


 リアの投擲を尽く防ぎながら、リアの元へと無傷で辿り着く事は出来た。

 それでもナイフを顔面で受けるというのは心臓に悪い。


 せめて一言言って欲しかった。



「カミト、随分仕上がってるじゃないか」

「師匠、おはようございます。今日は大丈夫なんですか?」

「修行仲間の晴れ姿を見に行かない訳にはいかないだろう?」

「師匠の前で無様な姿晒して笑い者にならないといいね」


 一休みしていた所に師匠が現れた。

 今日は杖もついていない

 調子が良いのは嘘ではないのだろう。


「いよいよだな、カミト。緊張は……してなさそうだ」

「むしろ楽しみ過ぎて早く目が覚めちゃいましたよ」

「惜しいなぁ……私があと十歳若ければ君と戦えたのに」

「……出来れば遠慮したいですね」


 今から二年前、師匠は剣を置いた。

 以前の様な人間離れした動きは出来なくなったからだ。

 それでも充分過ぎるくらいに強いのは間違いないのだが……。

 今から二年後の剣聖選定戦には出ないらしい。


 師匠の後を継ぐのは絶対に俺だ。

 と、今から意気込んではいるがその前にやるべき事があった。



 新世代剣聖候補選定戦。

 二年毎に行われる十八歳以下の年代別最強剣士を決める大会だ。

 俺は今日、そこに出場する事になっている。


 誰でも参加出来る剣聖選定戦と違い、この大会は著名な剣士による推薦で出場者が決定される。

 俺は師匠に推薦してもらってこの大会の参加券を手に入れた。

 あいつの推薦でカナメも出場するらしい。


「それじゃあ行ってくるよ」

「カミト、負けて師匠の顔に泥塗ったら許さないから!」

「私たちは客席から見てるからね」


 今の俺がどこまで通用するのか。

 それを試すのには絶好の舞台だった。



※ ※ ※


 地面が揺れるほどの大歓声。

 俺はその中心部に足を踏み入れた。


 なんとも奇妙な偶然、いや必然かもしれないな。

 新世代剣聖候補選定戦、俺の一回戦の相手はカナメだった。


 カナメに対して恨みはもうない。

 ただ、歴代最強と言われる先々代と同じ【鎌風】のスキルがどれほどのものなのか。

 純粋に一人の剣士として楽しみだった。


「よぉ、野良犬。もう死んだと思ってたがしぶとく生き残ってたらしいな」

「カナメ、お前だいぶ変わったな。昔はだいぶ暗かったのに」

「チッ、大昔の事蒸し返しやがって。これから切り刻んでやる、二度と剣が持てなくなるくらいまでな」


 会うのは6年ぶり、全く違う環境で育ったのに顔立ちは瓜二つなのはさすが双子という事なのだろうか。

 ただ体重は多分あいつの方が一回り重い。


 間違えなくちゃんと鍛えてはいるのだろう。

 だが、サボり癖は抜けていないらしい。


 その体で一体どれだけ剣を振るえるのか……。



「それでは一回戦! カミト対カナメ・クザン、始めっ!」


 様子見はしない。

 出し惜しみする事なく、速攻で決める。

 それが俺が今出来る全てだ。


 開始の合図と共に剣を抜く事なく一直線にカナメに突っ込む。


「そんなスキルで何が出来るんだよぉ!《カマイタチ》」


 カナメが剣を振るう。

 その延長線上に風の刃が放たれたのが見えた。


 大丈夫、俺なら防げる。

 自分を信じてスピードを緩めずに突っ込む。

 

 風の刃が目の前で霧散するのを感じた。


 よし、これならいける!


「何故だ! 何故動ける!」

「俺は動いてない! 進んでるだけだ!l


 師匠との修行の中で得た発見。

 それは【不動金剛化】の間は自分の意思で動けないだけで、動かす事はできるという事。

 

 師匠に抱えられて跳躍し、その最高到達点から投げ捨てられた事があった。

 落下中に【不動金剛化】を使ってもその場で止まる事はない。

 慣性に従って落ちていく。


 この性質を利用して地面を蹴る瞬間だけ【不動金剛化】を解除し、前方に跳躍する。

 そうすれば今みたいに【不動金剛化】を維持しつつ進む事ができるのだ。


「ありえない……ありえない!」

「無駄だ!」


 カナメが自分の攻撃が通じないと察して後ずさり距離を取ろうとする。

 だが、前を向いて進む俺の速度との差は歴然。


 ついに一刀の間合いまで踏み込んだ。


「悪いが一撃で決めさせてもらうぞ!《不動金剛斬》!」


 そもそも二の太刀が存在しないのだが……


 やる事は体が覚えていた。

 腰に携えた木剣を構える。

 そして体を捻りながら剣を引き抜き、地面から離れる。

 そしてそれと同時に【不動金剛化】のスキルで硬化する。


 一の太刀に全てを込める抜刀術は【不動金剛化】と相性が良かった。

 決まった動作を最速で放つ、その一連の動きを無意識で出来るようにした。

 すると全ての意識を【不動金剛化】を使うタイミングを測るのに集中させる事ができる。


 全てを防ぐ盾のためのスキルを無理やり攻撃手段にする。

 それこそが《不動金剛斬》の正体。

 俺の唯一にして最強の攻撃。


 カナメが悪足掻きで放った最後のカマイタチが霧散する。


 極限まで硬化した俺の木剣が、カナメの木剣をへし折りそのからだごと弾き飛ばした。



「スキルがあったから剣を振るってんじゃねえんだよ。俺は……剣を振るためにスキルと向き合ったんだ」


 歓声が他人事の様に感じる。

 倒れてピクリとも動かないカナメに向けて、或いは自分に向けて呟いた。

 


※ ※ ※



 その後も想定を超える相手は現れなかった。


 残念ながらカナメより強いやつはこの大会にはいなかったな。

 大会で優勝したというのに思ったほど嬉しいと思えない。


 攻撃パターンが少なすぎる。

 一刀目を避けられた時の次の手が欲しい。

 受けに回った時に取れる選択肢が今の俺にはない。


 嬉しさより、課題ばかりが浮かんでくる。


 帰ったらリアと師匠に相談してみよう。

 2人はきっと待っててくれてる。

 早く帰らないと。


「おい、カミト! どこに行くんだ、帰るぞ!」


 心当たりのない問いかけに振り返るとあいつが、父だった男がいた。


「決まってるだろ。師匠とリアの所に帰るんだよ」

「お前の家はクザン家だ。喜べ、カナメに勝って優勝した功績を讃えて廃嫡を取り消してやる」


 どの面下げて言っているんだろうか。

 この図太さだけは尊敬に値するかもしれない。


「断る。今の俺はクザン家の家柄も、権力も何も必要としていない」

「何故だ! お前はクザン家に復帰するために今日まで剣を振るってきたんじゃないのか? その願いを叶えてやると言っているんだ!」

「俺に願いがあるなら…! いつまで経っても底が見えない師匠と、同じかそれ以上の速度で強くなってく生意気な姉弟子と、これからもずっっと剣の道に生きる事だ! それ以上でもそれ以下でもない!」

「なら…最後のチャンスを自ら手放した事、一生後悔するがいい!!!」


 吐き捨てた言葉と、いつか向けられたあの憎悪に満ちた目。

 今はもう、何とも思わなかった。

 

 帰ろう。

 二人がきっと待ってる。


「お前まで……! お前までその目をするのか、カミト! あの似非剣聖と同じ目を……!」 

「じゃあな、親父」


 あの時とは違う。

 今度は自分の意思で、親父の元から立ち去った。



※ ※ ※



「随分嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

「だれが、生意気だって〜?」


 親父と別れてすぐの所に二人はいた。

 

 この様子だと全部聞いてたみたいだな……。

 我ながら恥ずかしい事を言ってしまった。


「まあいっか。ほらカミト、帰ろ」

「そうだな、帰ろう」


 今の俺にはやるべき事じゃなくて、やりたい事がある。

 今日も、明日も、これからずっと。


 これを幸せと呼ばずに何と呼べばいいのだろう。



 


 

 



少し長くなっちゃいました。


下の方に同じテイストの短編のURLを載せました。

よろしければそちらも合わせて読んでもらえたら嬉しいです!


「面白かった」「もっと読ませろ」など思っていただけたら、ぜひページ下部の★★★★★から評価して頂けると励みになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お馴染みの導入を使いながらも、和風ファンタジーならではの味が練り込まれていて良かったです。 和風的な情景が過不足なく伝わってくる描写力に、主人公の心情も簡潔ながらにひしひしと伝わるモノがあ…
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