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蝕み喰らう者 -天より溢れ大地に溢ち世界に溢る-  作者: とろぎあ
第一章 白貌の使徒
9/17

8 次の段階

 後半でほんのりとこの世界のことを匂わせます。

 WToMというゲームをプレイする場合において、九種類の樹に対する理解を深めることは非常に重要なファクターである。


 かのゲームは基本的に何をするにも樹の力が必要であり、樹の力を使うためにはコストに応じたマナを支払う必要がある。


 そしてマナを溜める方法はそれぞれの樹によって異なる。


 基本的には地脈の力を吸い上げたり、あるいは日の光を浴びたりすることで少しずつマナを蓄え成長してゆくのだが、各々の樹に対応した種族が祈りを捧げることで能動的にマナを溜めることも可能である。


 また樹によっては日の光よりも月明かりや星明かりを好んだり、あるいは水の代わりに生物の生き血を好んだり、変わり種になると鉱物資源などを欲する種類も存在する。


 その中でも一際特異な性質を持つのが邪悪なる樹(クリファティア)である。


 まず陽光、月光、星明かり、その他あらゆる光を受け付けないという唯一無二の特性を持っている。逆に新月の夜には活性化し、各種特殊能力を発動した際のコストが半減するという特徴もある。


 また他の樹とは異なり、祈りを捧げたところで何の反応も見せない。


 邪悪なる樹(クリファティア)が求めるものはただひとつ。それは生命(いのち)だ。この樹はあらゆる生命を貪り喰らう。血液を欲する樹も中には存在すると前述したが、生物をそのまま丸ごと食い尽くすのは邪悪なる樹(クリファティア)だけが持つ特徴である。


 ゆえに他の樹はある程度放置しても勝手にすくすくと育つのだが、邪悪なる樹(クリファティア)はこの特異な性質のおかげで序盤は放っておくとほとんど育たない。


 ある程度成長して汚染範囲が広がると邪悪なる樹(クリファティア)が自ら狩りを行うようになるため、多少の余裕もできてはくるのだが、それも中盤以降の話だ。


 だが逆に言えば邪悪なる樹(クリファティア)はもっとも能動的に育てられる樹ということでもある。育てようと思えば、一番早く育つのが邪悪なる樹(クリファティア)の特徴だ。もっともそのためには餌を狩るというリスクも伴うわけなのだが。


 では異形種を除いた八つの種族のうち邪悪なる樹(クリファティア)を育てる際に一個体当たりから得られるマナの平均量がもっとも多い種族は何か。


 答えは(ドラゴン)である。体躯が大きく強いだけあって得られるマナも莫大だ。ただし個体数が少なく生け捕りも難しいため、序盤はあまり餌には向かない。


 次点で魔族と妖怪と妖精が同率タイである。


 そう、WToMには純和風テイストの妖怪種が存在するのだ。混沌なる怪異の樹、妖桜ヤコウリンネに集う百鬼夜行。トリッキーな戦いを得手とするユニットが多く、ランカーの中にも幾人もの愛好家が存在する。化かし化かされが本領の種族というだけあってこちらも生け捕りは至難の技だ。


 となると餌としてベストな種族は魔族種と妖精種ということになる。彼等は種族内でも戦力にかなりばらつきがあるのだが、異形種からすると比較的与し易い手合いである。


 魔族は中型のユニットによる中規模の隊列を組む場面が多いため、範囲攻撃手段を持つユニットさえ避ければ数が多く包囲戦が得意な異形種はまさに天敵と言える。いくら一個体が強くとも数で押されてはどうにもならないものだ。使徒という例外を除けば、の話ではあるが。


 妖精種は環境による能力変動が大きいため、穢れの拡大によるマイナス補正が他種族より有効に働く。


 ちなみに天使や神といった莫大なエネルギー源も存在するが、そういった種族は基本的に邪悪なる樹(クリファティア)と相性の悪い神聖な力を宿しているので餌にはあまり向いていない。


 そして第五位。人類種である。数が多く、生け捕りが容易で、その上得られるマナもそれなり。魔族と妖精がベストならばこちらはベター。夢のマナ生成生物である。


 とは言え純粋な人間ひとりから得られるマナは下級の竜の1%にも満たない。より効率よく搾り取るためには一手間加える必要があるのだ。




――例えば不死身にするとかね。




 邪悪なる樹(クリファティア)が捻れ狂いながら肥大する。先日までは小さな苗木だったのが嘘のように、今では辺りの木々も優に見下ろすこの森一番の大樹へと成長していた。




――おいしい? 邪悪なる樹(クリファティア)。まだまだあるよ。




 邪悪なる樹(クリファティア)はその肉肉しい枝と根で獲物を絡め取り、幹へと取り込んでゆく。


 その魂が余程甘美なのか、時折甲高い馬の鳴き声のような怪音まで発していた。


 人の潰れる音と怪樹の嘶きにそっと耳を傾けながら、ユガはくすくすと笑い声をあげる。




「食いしん坊さんだね。食事ってそんなにも楽しいのかな? ボクには味? っていうの、よく分からないんだよね」




 必要もないので食事を取らないユガは、少し不思議そうに問うた。彼女には視覚の他に味覚と嗅覚も備わっていない。そのため時折好奇心からか何かを口に含んでは不思議そうに首を傾げる姿が散見される。




――僕は好きだよ。食事。今は口もなくなって何も食べられないけど。


(キミ)には口がないのかい?」


――今はね。昔はどちらかというとユガみたいな見た目だったんだけど……。




 そう答えるとユガはまたからからと笑った。




「ボクの見た目も(キミ)の見た目も分からないや。ねえ、見た目ってどんな感じなの? やっぱり音とは違うのかな?」


――難しいことを聞くね。


「ふふ、聡明なる(キミ)でも言語化するのは難しいことなんだね」


――ああ、けれどひとつだけ、ユガにも分かるように教えられることがあるよ。


「本当かい? 何かな」


――ユガの目に映るもの。それは黒っていう色で、今ユガの視界は暗闇に染まっている。


「うん」


――それが僕。今ユガの見ている景色が、つまりは僕という存在の見た目だよ。


「なんと、それは素晴らしいね」




 教わった内容に感動したのかしなかったのか。ユガは歌詞のない歌を歌いながらその場でくるくると舞い踊り出した。


 そうこう話している間に邪悪なる樹(クリファティア)は用意した人間をすべて平らげたようで、また大人しくなった。




「見えなくても分かるよ。邪悪なる樹(クリファティア)という異形の眷属として、その存在の大きさが伝わってくる」


――うん。けどまだまだ大きくなるよ。もっともっと不死人を用意しないと。


「不死の人間かい? そんなのもいるんだ。世界には不思議なことが沢山あるね」


――本当にね。




 今しがた食い尽くされた不死人たちがすべて自らの齎した祈りによって作られたものだということも忘れ、ユガは首を傾げている。


 とはいえ実際のところ施しの泡によって不死になった人間は本物の不死者ではない。彼等はただ死という概念を取り上げられただけにすぎず、肉体がいくら傷つこうとも死ぬことはないが魂が破損すればいずれは滅びるのだ。


 ゆえにいくら不死とは銘打っても、(こん)(はく)も一緒くたに平らげる邪悪なる樹(クリファティア)に取り込まれてしまえば、いずれは潰えるのだ。


 とは言え死の概念を奪い去ることで、邪悪なる樹(クリファティア)に与えた際に得られるマナの総量は健常であったころの何十倍以上にも膨れ上がる。


 ユガのような真なる不滅の存在を与えることができれば永久に尽きない燃料になるのだが、そんなモノは使徒の中でも極々一握りである。そうそう手に入る物ではない。




――まだ1%にも満たないか。




 邪悪なる樹(クリファティア)の幹を撫でながらイグルシが呟く。それは次の使徒の生成に最低限必要なマナの量に対して、現在保有しているマナの割合。


 彼等があの名もない辺境の村の人間をすべて邪悪なる樹(クリファティア)の餌にしてから、おおよそ一週間。同様の手段で近い規模の村をもうふたつ平らげた。


 しかし残念ながら、新たな使徒を生成するには遠く及ばない。


 だと言うのにイグルシは内心で笑みを浮かべていた。仮に彼に顔があったならば、その口角は醜悪に吊り上がっていただろう。


 現在邪悪なる樹(クリファティア)が保有するマナは、当初イグルシが最低限必要であると考えていた量を満たしているのだ。




――邪悪なる樹(クリファティア)も力をつけてきたことだし、そろそろ次のフェイズに移る頃合いかな。ちょうど今日は()()だ。




 何より邪悪なる樹(クリファティア)の成長に伴い強くなった感知能力にて周囲に他の『樹』が存在しないことを確認したイグルシは、より大胆な行動を取れるようになっていた。




「何かするんだね。悪逆にして無道を歩む愛しい(キミ)。卑小なるボクの力は必要かい?」


――もちろん。ユガがいないと話にならない。


「ふふ。なら一肌脱がないとね。いやさ一肌どころか、皮も、肉も、臓腑も、骨も、すべて(キミ)に捧げよう。どうか精々用立てておくれ。ボクを選んだ奇異なる(キミ)




 イグルシが邪悪なる樹(クリファティア)の幹を撫でる。生々しい肉感と、滑りを帯びた粘液の触感が黒い腕にもたしかに伝わる。




――ユガ、おいで。




 そう言って彼女の手を優しく導き、自身と同じ様に邪悪なる樹(クリファティア)の幹へと触れさせた。




――さぁ、再誕せよ邪悪なる樹(クリファティア)。今こそ産声を上げる時だ。




 邪悪なる樹(クリファティア)の表面が急激に硬くなり、次いで罅が走る。邪樹は苦悶と歓喜の呻きを上げて、その内からは紅く輝く闇が漏れ出た。




――転移後に結界を展開。必要な分を残して今あるマナはすべて注ぎ込む。残存マナから逆算すると期間は……五日ってところか。問題ない。十二分に元は取れる。




 紅い闇は大地を貫き、木々を絡め取り、周囲一面が冒瀆的な穢れに侵された。同時に大きな地鳴りと共に森全体が激しく揺れる。


 一本の樹を中心に巻き起こった局地的な大地震。一分間ほどそれが続いたかと思えば、あたりにはもう何も残されてはいなかった。沢も、土も、木石も。そう、そこにあったはずの邪悪な樹さえも。




 ◇




 その日、この世界に住まうほんの一握りのものだけが、わずかな違和感を覚えた。それはともすれば気のせいだと無視してしまいそうな、有って無きがごとき些細な不穏。けれど彼等はたしかに一瞬でも、この世界に舞い降りた災厄の種を幻視したのである。




 ◇




 竜山連峰直上、天峰リューネラポソス、頂上。


 分け入るものを拒む様に聳える大自然の脅威のさらにその上。それは天空に浮かぶ、巨大などという形容すら馬鹿馬鹿しくなるほどの広大な峰。


 そこにはまるで天に昇る龍がごとき威容を持つ大樹が聳えていた。


 名を龍樹、ユグドラニア。


 その根本に横たわる老いたる龍が、静かに喉を鳴らした。




「いかがされたのですか。大老グラオラボソス」


『感じたのだ』


「……感じた、とは?」




 グラオラボソスと呼ばれた老龍に語り掛けたのは彼の弟子の一体である未成龍、エリアトロス。未だ竜と龍の狭間に位置する若輩である。


 エリアトロスは現在ジンカの法を研鑽している最中であり、見かけは丁度人間のそれと変わらない。グラオラボソスと並ぶとまるで象と蟻のようである。




『……九本目』


「九とは……? ッ! よもや……!」


『地上は荒れようなあ。汝も備えよ』


「……御意に」




 そう言ってエリアトロスが去ると、()(もと)には静寂が訪れる。老龍はしばし瞑目してから、やがて喉を鳴らすように(しゃが)れた声で独り言ちた。




『始祖よ。大いなるリューネよ。汝は何を想うのか』




 それは寂寞と後悔を多分に含んだ嘆き。


 その問いに解を持つものは、もはやどこにも存在しなかった。




 ◇




 北方連邦、雪州、別津国(ワカツクニ)


 千年もの間満開の花弁が咲き乱れる大妖桜樹、夜行輪廻(ヤコウリンネ)を頂く古都。


 周囲は常冬の凍土だというのに夜行輪廻の周辺は春の陽気を保っており、かの妖桜はこの地に住まう者達にとって強い心の拠り所、信仰の対象となっていた。


 夜行輪廻を中心として碁盤目状に広がる街並み、その中でも樹の根本に寄り添うように建てられた屋敷の軒下では、童子たちが喧しく戯れていた。




(かか)様! 早くー!」


「母様! こっちこっち!」


「こらこら、急がなくとも桜主様は逃げません。走ったらまた転んでしまいますよ」




 ゆったりとした足取りで追ってくる『母』に窘められても、童子たちは悪びれる様子もなく無軌道に駆け回る。




「まったくこの子たちは。ヤコウ様で(はぐ)れても――」




 瞬間、ざわりと。


 突然何者かに後ろ髪を引っ掴まれたような錯覚を受け、彼女は遥か後方を睨め付けた。その視線には先程までの長閑やかさの名残など一片たりとも存在せず、ただ抜身の刃のような鋭さだけがぎらぎらと鈍く光を放っていた。


 彼女にはその時感じたそれが一体何だったのか分からない。しかし百鬼万妖を遥かに凌ぐ底知れぬ邪悪の気配がわずかに、そしてたしかに一瞬彼女の総身を突き刺したのだ。


 そうして突如言葉を区切り振り向いた『母』の様子を不審がって、童子たちが集まってくる。




「母様?」


「どーかしたの?」




 その問いにはっとした彼女は今し方感じたものから意識を切ると、童子たちの身体をがばりと抱き寄せ「捕まえた」と笑った。童子たちも余程それが楽しかったのか、きゃっきゃと叫ぶ。




「さあ、母と手を繋いで行きましょうね」


「うんっ!!」




 たとえいかなる者がのさばろうとも、裁定を下すは己に(あらず)


 常のごとくそう断じた彼女は、勢い良く返事をした童子たちに手を引かれ、大いなる桜の主の座すその根の下へと歩みを進めた。




 ◇




『―急―告――点――――――原因―――』


「えー? 何ー?」


『――報―』


「何てー!?」


『緊急――――』


「もう! 聞こえないって!!」




 青白く発行する金属の塊の下から、油や煤で顔を黒くした少女が現れた。


 中央大陸西部。名も無き乾燥地帯。荒涼とした大地と深く切り立った崖が視界一面を埋め尽くす雄大なる死の渓谷。


 本来であれば人間は無論のこと、それ以外の生物も滅多に寄りつこうとはしない不毛の地。


 その理由のひとつとして、この地が魔力資源に乏しくほとんどの生物にとって無価値であるからということが挙げられる。


 それはたしかに間違いのない事実である。だがもうひとつ、この地には竜ですら近付こうとしない重大な理由が存在した。




「あー! ダメだー!! ぜんぜん直んないよぉ!!」


『緊急報告。緊急報告』


「もう、うっさい! 緊急事態なら今この時、もうすでに発生してるっての!!」




 それはあまりにも異様な光景であった。本来人が寄り付かないどころか、そもそも辿り着けもしないその場所で、ひとりの少女と、つるりとした流線型の装甲(ボディ)で陽光を反射する()()()()が会話しているのだ。




『緊急報告。地点48-210地上域にて原因不明の重力異常を観測』


「……どこよ、そこ」


『現在地より方角55、距離3,456,008』


「めっちゃくちゃ遠いじゃない! それが今の状況と何か関係あるの!?」


『本機実装計器では因果関係認められず』


「そうよね!? その遥か遠い地の重力何ちゃらなんかより、今この時アンタがイカレて立ち往生していることの方がよっっっっぽど、緊急事態なの!! 私こんなところで干からびて死ぬなんて嫌よ!?」




 はたして魔術やあるいは錬金術に疎い者が、その金属からなる巨大な人形(ひとがた)を見たならば、すぐに魔導人形(ゴーレム)の類であると認識するだろう。


 しかしその道の者がそれらを見ればたちまち理解する。根本的な成り立ちからして、魔導人形(ゴーレム)とはまったく異なるモノであると。




『本機の自己修復プロトコルでは問題への対応は困難と判断』


「分かってるわそんなこと! だから私が直そうとしてるんでしょ!?」


『エイミーの整備技術ではさらに対処困難であると推測』


「うるっさい!!」




 エイミーと称された少女は叫び声と共に鋼の塊を蹴り付け、すぐさまその爪先を抱えた。




「ッ〜〜〜〜〜〜!」




 その足には鈍い痛みと痺れが走り、目の両端には涙を浮かべている。




『報告。計測したエイミーの脚力では本機装甲部に肉弾的接触を試み、ダメージを与えることは困難。また逆にエイミーの肉体へダメージが及ぶことが――』




 分かってる。再びエイミーがそう叫ぼうとしたその時。突如として鋼の塊から甲高い異音が響き、その巨体がほんの少し宙へ浮かび上がった。




「直った!?」


『磁装式浮遊システムの一時的恢復を確認。浮上推進可能』




 その報を聞き少女は勢いよく跳ね上がった。




「やったーー! 蹴ったら直るなんて、アンタ達も案外魔導器なんかと変わらないわね!」


『訂正。エイミーにより与えられた軽微な衝撃とシステムの恢復に因果関係は認められず』


「細かいことはいいのよ。これでやーっと塔まで帰れるわ。はー、喉渇いた」


『訂正。ステイリアは塔ではなく未成界樹レッサーワールドツリー


「えー? だから違うって。アリスの塔は鉄塔でしょ? 木っていうのはもっとこう、ぼそぼそしてるんだよ」


『否定。ステイリアは既存世界の生態系とは根本的に――』


「あー、もう良いから良いから。早く戻ろう。このままじゃ暑くて干からびちゃう」


『諒解。救援機に帰還を申請。移動を開始する』




 その言葉を聞いて、つい先程まで生き生きとしていたエイミーの動きはまるで錆び付いたカラクリ人形のようにぎこちなくなった。




「……待って。救援機って?」


『修理と運搬を主に担当する非戦闘用機。本機の自己修復プロトコルでは問題への対応は困難と判断されたため、1403秒前に救援を申請。大凡230秒後に到着すると予測されていた』




 鉄塊より齎された衝撃の情報にエイミーは目を剥いて固まる。




「じゃ、じゃあ私が砂や油に塗れて修理しようとしてたのは?」


『本機並びにエイミーに対し致命的傷害をもたらす恐れのある危険行為』


「こんの……もっと早く言いなさいこのバカーー!!!!」




 今日も荒野に少女の叫びが木霊する。


 不毛の地にて人知れず長い時をかけて育っていた鋼の大樹。ひとりの人間の少女が鋼樹の化身を眠りから呼び覚まし、やがて生まれた鋼の兵達がこの地に近付こうとするすべての生物の脅威となってから、未だ一年未満。


 今では竜さえ恐れるかの者達の名は、ステイルマトン。光沢を湛えた異様の大樹より生まれ出る、意思を持った鋼の人形(ひとがた)


 もしも彼等をWToMにおいてより通りのよい名で言うならば、こう呼ぶこととなるだろう。機械種族、と。




 ◇




 ()()()セフィラティア直下。


 最下層、セントハルファー大聖墓のさらに下。


 三十一層にも及ぶ封印術式の中心。


 冷たい格子と百の鎖に縛られた、白い影がそこには存在した。


 その者は数千年か、あるいは数万年か。もはや数えることが虚しくなるほどの時をこの牢の中で過ごしてきた。


 ただ狂うことも死ぬこともなく、無為な年月に辟易としながら、ただただ欠伸を零すだけの日々を送ってきた。


 それが突如として弾けるように起き上がり、嬌声とも悲鳴とも取れるような笑い声を上げ、鎖を盛大に鳴らした。


 この空間には空気が存在しないため、本来であれば一切の音は響かないはずなのだが、じゃらじゃらという鎖のぶつかり合う音と歪な笑い声だけは大きく響いて聞こえた。


 それはその者が実に千年ぶりに発した声であった。




――セフィラティアァ……。なァ、善良なる樹(セフィラティア)よォ。聞こえるか? 聞こえるよなァ。感じてンだろ? あの声をさァ。キッヒヒ。




 白い影は甲高い金切り声のような笑いを零しながら、虚空に向かって語りかける。




――なァ、無視すンな。分かってるハズだ。こっから出してくれ。頼むよォ。




 閉ざした扉をノックするように、腕を揺らして鎖を鳴らす。何百回、何千回と。それでも応える声はない。




――じゃねェと、みィンな壊されちまうぜ? ただ殺されるんじゃねェ。畜生も、虫も、草も魚も鳥も、当然オレ等の眷属だってそうだ。何ひとつまともになんて死なせちゃ貰えねェ。ありゃァそういうもンだ。なァ、そうだろ?




 白い影はさも確定した未来であるかのように、新たに生まれたかの邪悪に対する所感を述べた。


 されど数時間、数日間待っても何の変化も現れない。


 返事のひとつも寄越さない相手のあまりの意固地さにその者は舌もないのに舌打ちをし、己を縛った鎖に体重を預けた。




――お前と、オレと、対になる存在。つまりは邪悪なるモンってこったわ。……ゲヒャヒャヒャヒャ!! じゃっ、邪悪! 邪悪だぜ!! 馬ッッッ鹿じゃねぇのかッ!! 青クセェ!! ガキかってンだ!! ゲヒャッ! ゲヒャッ!! まッ、オレ等もヨソサマのコト言えねェンだけどなァッ!!!? ギャァハハハハハハ!!!!




 白い影は楽しげに鎖を打ち鳴らし、体を捩り悶え、一頻り笑い終えるとしんと静まり返った。




――分かってンだろ? もっかい言うぜ。ありゃ間違いなくまともじゃァねェよォ。少なくともオレ等くらいにはなァ。




 それでも返事をしない相方に、軽いため息を吐いて苦笑する。




――まァいいさァ。このままみィンな滅べばいい。お前のお気に入りの、あの使徒(いいこちゃん)たちも全員死ンじまうろうなァ。そしたらお前は無力だ。お前だけじゃァ何も出来ねェ。ただの樹なンだからなァ。いずれオレの力が必要になる。その時までここで良い子で待っててやるよォ。力が欲しけりゃいつでも呼びなァ。ちゃァンと救ってやるからよォ。




 目も鼻も口もない、白いのっぺらぼうのようなその顔面が、それでも笑っているのだと理解できるほどに歪む。その笑みはどこまでも純真で、それでいて醜悪だった。




――何てったってオレは善樹の化身。正義の味方なんだからなァ……。ギャヒッ! ヒヒヒヒッ! ギヒヒヒッ! ギィヒヒヒヒャヒャヒャッ!!




 音も空気も光も熱も、何ひとつ存在し得ない暗闇の中に、その人外の笑い声は木霊し続けた。

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