5 来訪
新キャラが出ます。今回と次回は彼の視点です。是非覚えてあげてください。
笛の腕が密かな自慢だった。
名前もないこの村で、一生麦を育てて生きてゆく。
都に出て一攫千金を夢見ていたころには理解もしたくなかった親父たちの生き方だが、幼馴染のハンナと結婚し、三人の子供をこさえたころには、そんな一生も悪くないなと思えるようになっていた。
夢見る時期は終わった。そういうことなのだろう。
春先に麦を刈り、陽が傾いたころに去年こさえた蒲公英の酒を仲間達と呑み、酔っ払いながら手製の縦笛を吹く。みんなガキのころから知った顔で、俺が笛を取り出すと、始まったなと言わんばかりに騒ぎ出す。
カミさん達はそんな俺達を見て呆れた顔で笑う。
そんな日がいつまでも続けばいいと、そう思っていた。
それは青い空にお天道様と幾らか白い雲の浮かぶ陽気の日だった。
近頃じゃ真ん中のチビも軽い荷運び程度に働きに出られるようになったもんで、妻に一番下のチビだけ見せて木を切りに出かけた。
それから飯食ったり、隣に住むエド、そのまた隣のキゲル、向かいのオットーなんかと駄弁ったりして、丁度辺りが茜色になってそろそろお開きかってころ。
今晩の飯の事を考えながら解散しようとしていたところで、見慣れない影が現れた。
そいつは麻布のボロを頭の天辺から被って顔を隠した背の低い影法師で、粗末な作りの木の杖を突きながらヨロヨロと歩いていた。
その様子を四人で訝しみながら遠巻きに見ていると、そいつは石ころに蹴躓いて転んだ。「ふぎゃっ」と尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げたもんだから、それで初めてそいつが女なんだなって気付いた。
明らかにこの村のもんじゃない。ここは辺境の小さな村だ。顔なんて見なくたって背格好で知ってる奴か知らない奴か判別が付く。
それから、こいつがどうしようもなく面倒な事だってのも全員で察した。
だってそうだろう。こんな辺境の名前もない村にわざわざ流れて来るような奴だ。きっと厄介事を抱えているに違いない。
俺達は互いに顔を見合わせて、頷き合ってから恐る恐るそいつに近付いた。
転けたからって助け起こしてやったりはしない。
ただ、「おい、あんた何モンだい」とだけ声を掛けた。
するとそいつは地面から体をひっぺがしながらこう答えた。
「ボクの名前はユガ」
と。
それは麦踏みも終えた、斧の月の暮れのことだった。
一話に纏めるには長くなり過ぎたので導入部分で区切りました。
作中でちらりと登場したたんぽぽのお酒ですが古い海外の小説がとても有名ですね。
どうやら実在するそれはシャンパンの黄味をより濃くしたような見た目のようです。どんな味なのでしょうか。