1 九つの種
流司が目を覚ました時、その眼前にはいくつかの小さな粒が置かれていた。
辺りを見回しても真っ暗闇で、まるでその他には何も存在していないかのような不気味な静寂が流司を包み込んでいた。
ただ眼前にある小指の爪ほどに小さな粒以外には、何も。
それこそ自身の指先さえも見えない真っ暗闇。そうなると逆になぜこの粒を視認できているのか疑問であるが、答えを持つ者などどこにも居ない。
「誰か……」
状況もわからず、ひとまず助けを呼ぼうとしてから気が付いた。声が上手く出せない。体が強張り震えているのだ。
ぎゅっと強く自分の腕を掴み、もう一度。今度は強く意識して声を発する。
「おーい! 誰か居ませんか!? 誰かー!!」
今度は上手に声が出せた。その事実になぜだか少し安堵する。
けれども返答はない。叫び声は虚しく闇に吸い込まれ、反響のひとつも返ってこなかった。
闇の中の寂寞を否が応でも痛感させられる。
「何か、何かないのか」
もう一度辺りを見回すが、やはりただ暗闇が広がるだけ。手掛かりはそこにある九つの小さな粒だけである。
「何だよ……これ……」
無作為にひとつだけ手に取った。
それは鈍色の光沢を持った真球であった。よくよく観察すると直線と直角で構成された模様が入っている。そこからは青い光が仄かに漏れていた。
「……? あれ? これ、ステイリア?」
どこか近未来チックなその造形に、流司は見覚えがあった。
他の八つにも目を凝らす。
「やっぱり。セフィラティア、ユグドラニア、アグナノーツにヤコウリンネ……」
それらはすべて『種』であった。
無論の事、現実に存在する植物の種ではない。
オンラインストラテジーゲーム、WToMに登場する異能の力を秘めた樹の種である。
WToMにはいくつかのモードが存在するのだが、そのすべてに共通する要素がある。それは『樹』を育てるということ。プレイヤーは一番初めにひとつだけ『種』を与えられるのだ。
各プレイヤーは最初に与えられた種を大地に植え、芽吹いた樹を育てる事でその恩恵を受け、陣営を作る。
樹がなければユニットの雇用や生成もできないし、資源の生産も難しい。そもそもシステム上自陣営の樹を失えばゲームオーバーとなる。
対戦モードでは自陣営の樹を護りながら相手陣営の樹を破壊するというのがこのゲームの基本的な遊び方である。
そんなオンラインストラテジーゲーム、WToM内に登場する都合九つの超常の樹の種。それらすべてが今、流司の眼前に存在するのだ。
ただしそれらは決して相容れぬ存在。九種の『樹』は芽を出したその時からお互いを滅ぼし合う定めにある。
「選べって、ことなのか……?」
いまだ状況を飲み込めない流司にも、そのことだけは理解できた。
九つのいずれもが超常の力を宿す世界樹の種。それぞれに異なる強みを持つ。しかし彼は迷うことなくひとつだけを選択した。
「クリファティア。たとえ何が起こるとしても、僕が選ぶのはこいつだけだ」
ドス黒いオーラを放ち、肉めかしく胎動する冒瀆的なナニか。見るものすべてに強い不快感を与える背徳の象徴。
それがどんな結末を、どんな終末を齎すものなのかなど、流司はとうに知っている。十年間、欠かす事なく見てきたのだから。
彼が先程震えていたのは、何も恐ろしかったからではない。この現実離れした状況に、ただ興奮していたのだ。
邪悪なる異形の樹、クリファティアの種。
流司は常のごとく、それを掴んだ。
それが世界を壊す選択だと、十年前から知っていた。