第6話 序章⑥ 旅立ちの日
「ブレイブチルドレン、勇者の子供達よ。
そう遠くない未来、お前達は自らの運命に絶望し、人間を・・・世の全てを恨む事になるだろう。
・・・ならばせめて、束の間だけでも偽りの平和を味わうが良い。」
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・・・またあの夢だ。
あの日、ハジメが亡くなってから眠れない日々が続いて辛い。
たまに意識を失ってもあの研究所の夢ばかり見て、すぐ目が覚める。
運命に絶望・・・束の間だけの偽りの平和・・・あの奇妙な悪魔の言葉が頭に残り続けた。
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「ライト・・・もう起きてたんだ。最近、随分早起きね。」
「あ、ああ。そうだな。」
本当は早起きするようになったわけじゃない。
眠れずに朝を迎える事が多くなっただけだ。
・・・不眠症なのかな?
「でもここの所、ずっと顔色が悪いわよ。
食欲も無いみたいだし・・・あんまり無理しないでね。」
無理も何も、ハジメが亡くなってから俺達は魔物狩りにすら行っていない。
しかし今の俺は、4人で魔物狩りに行っていた時よりも疲れていた。
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俺達3人は日課となったハジメの墓参りに来ていた。
ハジメが亡くなった原因は最後までわからなかった。
だがハジメは重い病気に掛かった事も、命に関わるような大怪我をした事も無い。
しかもまだ未成年・・・なのに急死するなんて、絶対にありえないのだ。
ありえない・・・はずなのに。
「ハジメ・・・なんで、なんで死んじゃったんだよ・・・。
今までずっと元気だったのになんで、どうして!!」
「魔王の呪いのせいだ。」
この声・・・あの時、森で会ったクズじじぃ。
もしかして身バレしたのか?
いや、それよりも・・・。
「呪い・・・って。」
「ハジメは勇者の子供達を邪魔に思う魔王の呪いにより、死んだのだ。
だが死の呪いを受けたのはハジメだけでは無い。
お前達含むブレイブチルドレン全員が魔王の呪いを受けている。
魔王を倒し呪いを解かぬ限り、貴様らの命はどんなに長くとも1年と持たないだろう。
・・・いや、ひょっとしたら明日にでも命を落とすかもな。ハハッ。」
魔王の呪いのせいでハジメが死ん・・・だ?
しかもハジメだけじゃなくて、俺達ももうすぐ死ぬ・・・だって??
「おい、てめぇ。仲間の死をダシに魔王を倒せなんて下らねぇ事言うんじゃねぇ!!
・・・ぶっ殺されてぇのか!?」
「エルムの言う通りよ。何が魔王の呪いよ!!
魔王はもう勇者に成敗されたんだから!!
呪いなんて掛けられるはずないわ。でたらめ言わないで!!」
そうだ。魔王はもう成敗されてるんだ。
成敗された魔王がどうやって俺達に呪いを掛けられるんだ?
あいつの言ってる事はでたらめだ。
俺達を都合の良い道具として利用するために、嘘を付いているだけだ。
そうに決まってる!!
「魔王はまだ生きている。瀕死の重傷を負いながらも、な。
そして傷が癒え、再び世界に牙を向ける日を待ち望んでいるのだ。」
確かにアカリの言う通りなら、魔王は『成敗された』としか伝えられていない。
『滅びた』とは誰も言っていない。
だけど、それでも・・・。
「魔王の呪いのせいでハジメが・・・俺達が死ぬなんて、そんなの絶対嘘だ!!
俺達は魔王になんか会った事無いんだ。いつ呪いなんて掛けられたんだ!?
お前の言う事は滅茶苦茶だ。どうせ俺達を騙して利用したいだけなんだろ!?
ふざけるのもいい加減にしろ!!」
人の死をダシにしてまで、こいつが俺達に魔王を殺させたい理由がよくわからない。
とは言え、どうせロクでもない理由に決まっている。
俺は・・・俺達はあんな奴の口車になんて絶対に乗らない!!
しかしそんな俺達の剣幕に少し怯えながらも、クズじじぃは喋るのを止めなかった。
「わ、私の目的がなんであれ、お前達がもうすぐ死ぬ事には変わらぬ。
魔王の呪いで無いのなら、どうしてあんな若い娘が病気でも事故でも無いのに死んだのだ?」
!! そ、それは・・・。
確かに死ぬ直前までのハジメは健康そのものだった。
普通ならそんな女の子が唐突に命を落とすなんて、絶対にありえない。
そう、普通なら・・・。
じゃあ本当に魔王の呪いで・・・いや、そんなわけあるはずない。
でもじゃあ何でハジメは死んだんだ?
・・・ダメだ、わからない。わからない!!
「運命を変えたくば、魔王を倒し呪いを断ち切るのだ。
死の呪いを掛けた魔王も、そんな魔王に味方する魔族達も全て根絶やしにするのだ。
それが出来なければ貴様達は死ぬしかないのだ!! ハーッハッハッハッ。」
語るだけ語った後、クズじじぃは小馬鹿にするような笑いを上げながら去っていた。
「なあ、アカリ。あいつの言ってた事、本当だと思うか?
魔王の呪いのせいでハジメが死んだとか、俺達ももうすぐ死ぬとか・・・。」
「嘘・・・のはずよ。第一あのおじさんの言う事に証拠なんて何一つ無い。
ハジメが亡くなったからって、私達ももうすぐ死ぬなんて無茶苦茶だわ。」
客観的に考えるなら、原因は不明だがハジメが突然死んだ・・・ただそれだけだ。
魔王の呪いも、同じ呪いに掛かっているらしい俺達がもうすぐ死ぬなんて話も、無理矢理過ぎる。
全部あいつの嘘だ、そう思いたい・・・思いたいのに、割り切れない。
こんな状況で不安を煽るような事を言われて、メンタルがかき乱されたんだろうか?
心の奥底であいつの言う事は本当なのかもしれない、と感じる程度には。
「・・・もう帰ろう。こんな所で悩んでもしょうがないよ。」
俺の意見に、エルムもアカリも反対しなかった。
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俺達4人は物心付く頃からずっと一緒にいた。
血が繋がってるかはわからないし、見た目も全然違うけど、手の甲に星マークがあるって共通点があった。
そして何より俺達全員、子供ながらに強力な魔法が使えた。
最初は疑問に思わなかったが、魔物を倒すほどの魔法を使える子供なんて滅多にいないらしい。
俺達が本当に勇者の子供なのかはわからないが、特別な共通点があるのは確かだ。
だからハジメが急死したのなら、俺達がもうすぐ急死するってのもあり得る話だと思う。
あんな奴の言う事なんて嘘だ、騙されるなって気持ちと、このまま何もしなければいずれ死ぬかも・・・って気持ちがせめぎ合う。
何が・・・何が正解なんだ? 教えてくれよ、ハジメ。なぁ?
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昨日も結局、あまり眠れなかった。
ハジメが死んだショックもあるが、それ以上にこれからどうするべきか、ずっと悩んでいた。
だけどなんとか決断出来た。
「・・・なあ、エルム、アカリ。」
俺は朝食中の二人に声を掛けた。
「どうしたの。ライト?」
「俺・・・魔王を倒す旅に出ようと思うんだ。
死の呪いを解いて、俺達が救われるために!!」
俺の言葉を聞いたエルムが、口の中の物を噴き出した。
汚ぇ。
「お、お前・・・魔王を倒す旅だなんて正気か?
あいつの言う事、信じるのかよ??」
別に俺だって、あいつの事を完全に信用したわけじゃない。
したわけじゃない、けど・・・。
「信用したくはないけど・・・さ。
けど俺達、このまま何もせずにここにいたら、ハジメみたいに死んじゃうんじゃないかって。
そう思って、な。」
「それは・・・。」
何が真実なのかはわからない。
けど、このまま何もしなければ俺達に未来は無い。
根拠は無いが、そんな想いがどうしても消えなかった。
「ま、あいつの言う事が本当なら、魔王って瀕死なんだろ?
俺一人でもなんとかなるよ。きっと。
だからエルム、アカリ・・・留守番は頼んだぜ。」
そう言って俺は立ち上がった。
魔王退治の旅にエルムとアカリを付き合わせる気はなかった。
・・・本当は心細いけど、もしあいつが嘘を付いてたとしたら、無駄に二人を危険に巻き込む事になる。
逆に魔王の呪いの話が本当なら、俺が魔王を倒せば二人も救われるわけだしな。
ところが・・・。
「俺も・・・俺も行く。魔王退治の旅に行く。
もしあいつの話が本当だったら、こんな所でじっとなんかしていられない!!」
「私も行くわ。・・・このままここで悲しんでるだけじゃ、ダメだと思うの。」
えっと、まさか二人とも魔王を倒しに行く気満々?
って・・・。
「おいおい。俺が言うのも何だけど、あいつの嘘かも知れないんだ。
もし嘘だったら俺達全員、無駄に危険な目に合うだけなんだぜ!?」
「そん時はそん時さ。もし嘘だったら、魔王じゃなくてあいつをボコりにいこうぜ!!」
「エルムったら・・・。まあ私達、ずっと一緒に頑張って来たじゃない。
だから魔王退治も皆で頑張りましょうよ、ね。」
いいのかなぁ。
・・・・・・・・・・・・。
・・・ま、いっか。これまでもずっと一緒だったし、な。
こうして俺達三人は魔王退治の旅に出発するのであった。