何気ない日常。幸せな毎日。
※この話に出てくる少年と少女のお互いの好感度は既にMAXです。むしろ限界突破する勢いです。
「あなたって本当に無表情よね。顔の筋肉死んでるんじゃない?」
「えっ」
各々が好きに過ごしている休み時間。
喧騒で騒がしい教室の一角、少年の席の前に座る少女は振り向きがてらそう言った。
少年は唐突な一言に呆気にとられ、首を傾げる。
「さっきの授業中ふと思ったのだけど、あなたがはしゃいでる姿とか見たことがないのよ。どうなってんの?」
「えっと……ごめんなさい?」
「何謝ってんのよ」
少女にペシリと頭をはたかれた少年は、鈍い反応で一拍置いてから頭を撫でさする。
そして無感情のまま頭上に「?」マークをいくつもだして困惑する。
「あなたとは長い付き合いだけどさー、高校になった今でもずっと同じ顔を見てる気がするの。もっと色んな顔を前に出してみたら?」
ホレホレと少年の頬に手を伸ばして無理やり笑顔にさせる。
頬がつり上がっても目が死んでるので全く意味がない様子に、少女は呆れた様子でむにむにと意外と柔らかい少年の頬を揉んだ。
「僕、これでも、感情豊かだよ?」
「顔に出しなさいと言ってんのよ。せめて目に光を灯しなさいよ。しゃきんとすれば見てくれは、まぁ、かなり良いのに台無しよ?」
「そんなこと言われても」
少女の手を取って揉まれていた顔を解放した少年は、困ったようにはにかんだ。顔には出てないが。
「ちょっと、もう少しほっぺた触らせなさいよ。あなたの顔、触り心地最高だわ。表情動かさないくせにどうなってんの?」
「そんなの知らないよ」
抵抗する少年と頬を触ろうとする少女が取っ組み合いになっていると、休み時間の終了のチャイムが鳴った。
「次は絶対触ってみせる」とばかりに少年を睨みつけた少女は、諦めたように前を向く。
それを見送った少年は、少し赤くなった顔を隠すように自分の頬を撫でた。
放課後、部活に入っていない少年と少女は一緒に帰路につく。
生まれた頃からの幼馴染みである二人は、家も隣り合っているので帰り道は全く同じ。
距離もそこまで遠くない高校を選んでいるので、徒歩でも十分帰れる程度だ。
夕日が道路を照らす中、ゆったりとした足並みで隣り合って歩く。
「はー、今日の課題面倒ね。休日をはさむからって量を出しすぎなのよ。やる気出ないわ。ねぇ?」
「やる気なくてもやるべき。あの先生課題やらない人に厳しいから」
「えー、真面目ね。じゃあ、あなたのを写させてよ。それで万事解決でしょ?」
「ダメ」
「ケチ。見せてくれないと、あなたの恥ずかしい黒歴史をクラスのみんなに晒すわよ?」
黒歴史とは、少年がまだ小さかった頃(今も平均あるとは言い難いが)周囲の大人から女の子と間違われていたことだ。
お人形さんみたいと可愛がられて、女の子用の服を取っ替え引っ替えさせられていた。
少女は満更でもなさそうだった少年を見て笑っていた。写真も撮っていた。ゴスロリの姿を今も待ち受けにしていたりする。
黒歴史の開示という危機に思わず振り向いた少年の、小さな顔をがっちり捕まえた少女は、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「ようやく捕まえた。さぁ、私に課題を写させなさい!さもないとほっぺたプニプニはやめないし、あなたの幼少の写真をクラス中のみんなに見せて回るわーー!!」
「や、やめへー」
身長で少女に負けてしまっている少年は、ノロノロとした動きで抵抗するが弱すぎる力ではその甲斐なし。
好き勝手弄られ反撃もままならず、一方的にやられてしまっていた。
結局少年が折れて、いつも通りの妥協案として部屋で一緒にやることを提案し、「しょうがないわねぇ」と少女が何処か満足げに頷いたことでようやく解放されたのだった。
帰宅した後、少年の部屋で課題をこなしていた少女は、ペンを放り投げて姿勢をぐでっと崩した。
「飽きたわ。ねぇ、映画でも見ましょ?今日はホラーのやつを持ってきたの」
怠そうに鞄をあさり、DVDを取り出した少女は早速とばかりに流し始める。
課題を一緒にするときは毎回これだ。今回は映画だったが、いつも途中で何かしらの遊びをして課題をサボる。
そしてなんだかんだありつつも、結局少年は自分のものを見せてしまうのだ。
ジュースとおやつを片手に少年のベッドに横になって映画を見るその姿はもはや課題をやる気はないのだろう。
今回こそは絶対に見せないぞと内心で意気込んでから、少年は取り敢えず自分の分をやってしまう事にした。
「ん、何よ、ムッとした感じね。私が気に入らないの?」
「そうじゃないけど……今回は見せないからね」
「どうしても?」
「うん」
無表情ながらも真剣な少年の顔を見て、少女は少し考える。そして今日こそは割と本気で言っていると感じ取った少女は、ため息を吐いて映画を消した。
ベッドから素直に降りて、テーブルに戻ってくる。自分の途中の課題を覗き、ペンを回してしばらくじっとしていた少女は、少年の隣に移動してから腰掛ける。
「……どうやら今日は頑なな日っぽいから、素直に諦めて課題をやるわ。そのかわり、分からないところは教えてよね」
「うん」
返事をしつつも少女のやけに素直な様子に少年は訝しんでいる。それを読み取っていた少女はふふんと笑みを浮かべて少年の頬をつつく。
「終わったら、晩ご飯を食べてからまた来るわ。だからその時に映画を一緒に見ましょ?ね、それなら良いでしょ?」
明日は休日だから、と顔と顔がくっつきそうな距離で見つめてくる少女に少年は少しだけ頬を赤くした後、こくりと頷いた。
「やった!……あ、顔が赤くなってる、珍しい!」
言われて、少年は自分の顔を触り、首を傾げて少女を見た。
「あ、戻った。ふふふ、やっぱり表情を出した方が可愛いわよ。さぁ、この調子でどんどん感情豊かになっていこう!」
「……僕は可愛くないよ。顔も赤くなってない。多分」
顔を背けて課題に集中する少年をニヤニヤと微笑ましそうに見て、手をわきわきさせる。そしてその手を少年の無防備な脇に突っ込み、全力でくすぐった。
「さぁ、まずは笑いなさい!あなたの笑みを私が見てあげるわ!さぁ、さぁ!」
「あ、ちょ、まっ……や、やめ……っ……っっ」
プルプルと震えて少年がくすぐったそうにしているのを感じるが、表情はさして変わっていない。せいぜい少し口角が上がる程度だろうか。
「ダメね。あまり変わってない。あ、でも顔が赤くはなってる……気がする、わね?んー、効いてるのはずなのになぁ」
「……もうやめて。課題が終わらない」
「明日もあるから平気じゃない?今は無表情なあなたの表情を引き出すことが先決だわ」
絶対に無表情から脱却させてやると意気込む少女に、少年は困ったように頰を掻いた。
少年は基本表情が変わらないが、それは昔に何かあったとか、壮絶な過去を持っているとかそんな理由は一切ない。これが少年の普通なのだ。
人より表情が出にくいだけで、その感性は普通の人とたいして変わらない。
だから表情を引き出すとか言われても、個人的にはしっかりと出ていると思っている少年は困ってしまうだけだった。
「…………そんなことより、課題やろうよ」
「むぅ……まぁ、そうね。今日はホラーの映画であなたの恐怖の表情を拝ませてもらうわ。だからそれまでは我慢してあげる」
ようやく課題に取りかかってくれた少女に少年は安堵しつつ、本格的に課題を終わらせにかかる。
明日の休日は少女と一緒に出かける約束をしているので、面倒なものはさっさと片付けて思う存分遊びたかった。
少女もそれを分かっているのだろう。肩を寄せ合って互いに教え合いながら、速攻で片付けにかかって、晩ご飯前には課題を全て終わらせることに成功していた。
「キャアァァ!!?ちょっと、ビックリ系ホラーとか聞いてないわよ!?」
少女の絶叫が部屋に響き渡る。下から少年の母親がもう少し静かにしなさいと注意してくる声が聞こえる。それをすみません!と謝っていた。
課題が終わって一度解散した後。
晩ご飯と入浴を済ませたらしい少女が再び少年の部屋に訪れ、ホラー映画の鑑賞とすることになった。
そして恐怖というより驚かしてくる内容の映画だったので、絶賛ビックリ中である。
少年も顔には出てないが体がビクッと反応していたりする。
「あ、あなたやっぱり驚く割に顔に出ないわね。ここまでくると面白いわ」
少年を抱き枕代わりにして座る少女が、少年の顔を覗き込んでぷふっと笑う。
少年は少女の匂いやら感触やらで少し恥ずかしいが、それはいつもの事なので大して気にしない。
今はホラーに怯えてカタカタと震えているため、それどころではないのもあるが。
「……ん、何、あなたこの映画怖いの?嘘でしょ、そんなに怯えるほど?確かに驚くけど、そこまで震えるほどの内容じゃないわよ?」
少女の服をギュッと握りしめて体を震わせ、画面を見つめたり目を離したり無表情ながらも様々な反応をする少年に唖然とする。
顔には出ないが体は正直だった。
「ちょ、ちょっと怖い」
「あなたホラーものが苦手なのね、初めて知ったわ……。ホラーはもう持ってこないわ。次は恋愛ものでも持ってこようかしら」
「そ、そうだね、その方が……っっ!」
またもやホラーの場面にビクリと体を震わせた少年に、少女は苦笑を浮かべる。
何気に機会に恵まれず、ホラーものを一緒に見るのは今回が初だったので、少年の新鮮な反応に笑みが止まらない。
落ち着かせるように頭を撫でて、後ろから体を抱きしめて少年の感触を楽しむ。
「大丈夫、こんなの慣れれば怖くないわよ。…………ダメっぽい?見るのやめる?」
「まって、続きが気にな……っっっ」
体をビクつかせて、少女を掴んで離さない少年に庇護欲が芽生える。怖がりつつも画面から目を離せない少年様子を見て、少女は名案が浮かんだ。
「そうだ、じゃあ怖がらないように別の意味でドキドキさせてあげる」
そう言ってニヤリと笑った少女は、意図がつかめなくて首を傾げる少年の頭に顔をうずめる。
「……あなたのお風呂上がりってとてもいい匂いよね。この髪の匂いとか私はす、好きよ。普段もそうだけど」
唐突に少年の髪や首筋の匂いを嗅いで、誘惑するように接しだす少女。その頬は少し赤い。
これには少年も別の意味でドキリとしたが、次の瞬間のホラー場面に再び体をビクつかせた。
ごちん、と少年の頭と少女の顔が衝突する。
「〜〜痛ぁ!流石にこれはひどくない!?ちょっとは空気読んでよ!」
「ご、ごめん」
それからも少女が少年に色々アプローチするが、いやらしい雰囲気になることもなく、そのまま映画が終了した。
終始少年が怖がりながらも内容に夢中になっていて、何も起こらなかったことに少女がため息を吐いていた。
「終わったわね。大して怖くなかったけど、あなたはそうでもなかったみたいね。結構楽しかったわ」
「ガクガクブルブル」
少女は布団に包まって未だに震える少年に、そこまで怖がるなら何故最後まで見たのかと笑いながら、「それじゃあもう夜も遅いし、そろそろ帰るわね。また明日の朝に来るわ」と部屋を後にしようとする。
しかし部屋から出ようと立ち上がった少女の手を、少年が掴んで止めた。
「ま、まって……」
「何?まさかこのまま一人寝るのが怖いとかじゃないわよね?」
クスクスと含み笑いを浮かべて振り返る少女に、少年は首をゆっくりと縦に振る。
「あら」と目を見開いて少年を見つめた少女は、震える少年の手を優しく握りしめた。
「ふふふ、そんなあなたを見るのも初めてね。今日は良い日だわ……もう少し一緒にいてあげようか?」
コクコクコクコクと頷く少年に、少女はからかうような笑みを浮かべて顔を近づけた。
「ふふん、じゃあお願いしないとね?私が帰りたくなくなるお願いの言葉は何かなー?」
「お願い、します……?」
「じゃあ帰るわね。今日はあなたのお母様にでも甘えなさい」
「ま、まって、流石にそれはちょっと……」
「まったあっしたー」
バタンと扉を閉めて少女が部屋から出ていった。
一人になってしまった少年は、大人しく布団にくるまってカタカタと震える。目を瞑れば先程の映画の場面が思い浮かんで、若干涙目で少女が出ていった扉の方を見つめた。
しかし暫く時間が経ってから、帰ったはずの少女が扉から顔を覗かせた。
「……せめて追いかけるくらいはしなさいよ。張り合いないわね」
部屋に再び入ってきて、ベッドで布団に包まる少年の隣に腰掛ける。
「さっき私の親に連絡して、今日はこのまま泊まると言っておいたわ。あなたのお母様にも伝えたから。だから安心なさい」
ポンポンと頭に手を置かれた少年は、心底安心した様子を見せる。
涙目で安堵する姿に「その顔はずるいわね……」と少年の滅多に見せない顔に顔を赤らめていた。
「ほら、この私に何か言うことあるんじゃない?映画を持ってきたのは私だけど、それは言わないでね」
「……ありがとう。好き」
「ぶふぉあ!?」
唐突な少年の「好き」という言葉に反応して少女は思わず吹き出した。
顔を真っ赤にして「え、今、なんてっ」と挙動不審で少年に詰め寄る。
「…………?………………っ!??!?」
無自覚だったのか、さっきの自分の発言を思い出して少年は顔を真っ赤にする。
気が緩んだせいか、いつも恥ずかしくて胸にしまっていた言葉をウッカリと言ってしまった事に汗がだらだらと流れて、少女から顔を逸らした。
「え、なにその反応。そんなに顔真っ赤なあなたを見たことがないんだけど。今日人生で一番表情を顔に出してるんじゃない!?」
少女に肩を揺さぶられ、少年はさらに顔を赤くして泣き笑いのような顔を浮かべた。軽く流してくれたらそれで良かったのに、大袈裟に取られて恥ずかしさが増大したのだ。
もはや無表情だとは言えない姿だった。生まれて初めて見る少年のその姿に少女は心臓を撃ち抜かれて悶絶する。
「ねぇ、さっき私を好きって言ったよね!?あなたから初めてその言葉を聞いたんだけど、どっちの意味なの!?」
二人とも茹で蛸のように真っ赤な顔で、少女は「こんなことなら、もっと早くにホラーを見せればよかった!」と自分の頭を押さえてから、無言で黙る少年に期待の眼差しを送る。
「…………どっちも」
少年のその回答に、少女の内心は爆発した。
割と早い段階で少年に恋していた少女は、まさかこんな急に、心の準備もない状態でそれが叶った事に脳の処理が追いつかなかった。
少年は少年で既に先程のホラー映画の事など頭から吹き飛んでいた。
二人して顔から湯気が出る勢いで顔を赤くしたまま、お互いに見つめ合う。
「……えっ、これ、どうするの?急にこんな事になっても困るって言うか……」
暑くなったのか手で風を扇ぐ少女は、少しして膝の上に手を置いて黙り込んだ。そしてゴクリと緊張した様子で少年に問いかける。
「…………………………つ、付き合っちゃう?」
「…………うん」
少女の問いに消えそうな声で少年が答えた事によって、一つのカップルが生まれた。
まだ日付が変わる前の時間、部屋のベッドの上で正座する二人は無言でお互いに向き合う。
「…………じ、実感が全然湧かないわね。恋人って、何をするのかしら。ど、どうすればいい?」
「さぁ…………?」
お互いに照れあって首を傾げ、そして耐えきれなくなったように笑い合う。
普段無表情な少年の心底嬉しそうな笑みを見た少女は、心臓が握り潰される音を聞いた気がした。
「と、とにかく!明日はデートに行きましょう、デート!買い物に行って……ってそれは元の予定と変わらないか。ど、どうする?」
「元々の予定の買い物をやって……そのあと記念の物でも何か買う?」
「それよ!!お揃いの物を買いましょう!なんなら指輪でも買っちゃう!!?」
「それは、まだはやい気が……」
気が早い少女にあわあわとする少年。騒ぐ二人に少年の母親が注意しにきて、顔が真っ赤の二人を見て何かを察し、「あらあらまぁまぁ」とそっと扉を閉めた。
それを見届けた二人は、てんやわんやしてからようやく落ち着いたように姿勢を正した。
「……えっと、取り敢えず、これからもよろしくって事で、良いのかしら?」
「うん、よろしく、ね?」
何とかいつもの調子を取り戻した二人は、まずは明日からの幸せな毎日を送る予定を決めていく事にしたのだった。
〜後日学校にて〜
少女「私たち、付き合う事になりました!」
クラスメイト「付き合ってなかったの??」