恒星まみれの町にて
「ああ、星っていうのはどうしてこう、綺麗に見えるんだろうな」
隣からの声が、私の目を空から剥がした。
「よく見てみろ、この小さな光。ラトイコから見る夜景と大差ないじゃあないか。そこいらの土地に街灯でも立ててやれば、こんなちっぽけな光すぐに作り出せる。でもやらなくてもわかるだろ、私たちはそんなのに釘付けになったりしないんだ。少なくとも今よりはね」
「どうして、か。気にも留めていなかったが」
隣人はずっと上を眺めていて、私もすぐに視線を上げ直す。どうして――、考えているうちにまた目が張り付きそうになって、張り付く前に慌てて答える。
「小さく見えても実際はとんでもなく巨大なんだろう、星ってのは。人もそういう事実を肌で感じ取ってさ、ただの光だけじゃない、目に見えない神秘ってものを」
「ちーがう。そういうロマンのある話をしたいんじゃないのさ。私が思うに、星の光は何かが違うんじゃないか。微細な差だから頭じゃ街灯と変わらないが、この網膜で確かな何かを感じているんじゃないか」
「······あのな、最初に『夜景と大差ない』なんて言っておいて、それはないだろ」
ははは、と漏らす隣人をよそに、ふと足元に目をやる。いけない、靴紐がほどけていた。結び直して、手、手がかじかむ。まったくどうしてこんな日に私は――。星以外のすべてが気になりだした。興が醒めている。
「私はな、いつか作ってみたいんだよ星明りを。ただ電球を垂らすだけじゃない、星空を星空たらしめる何かまで再現して、地上に恒星をばら撒いてみたいのさ。作るためにはまず論理的に仕組みを知ることだろ? 子供のポエムみたいな話じゃなくてさ」
私の話を子供のポエムと言ったか、こいつは。そもそも先によくわからん話を振ってきたのはお前だろうに。と、言いかけるが待てよ。それじゃあいつも通りだ、私が隣人に弄ばれて終わりだ。お互い飽き飽きした展開よりも、もっとこいつの好みそうな論調で、こうだ。
「ところが案外論理的かもしれないよ。昼間に君がリイソからもらった助言、君が納得したのはリイソ相手だったからだ。同じことをサウェフに言われたら突っぱねていただろう」
「そんなことは、そんなことはないさ。どうしたんだ突然」
「まあ聞きなよ。つまりな、人の感動なんて色々に振り回されてるのさ。星にだってその壮大なのを知ってるから惹かれるし、私は今話に集中できてない、靴紐が気になってしょうがないんだ」
なんだよ結びなよ、という言葉通りに屈む。
「私も今の話で思いついた。一緒に見る者の違いなんてのはどうだ。独り見る星はかえって寂しいのかもしれない、でもサウェフと見るのは更に反吐が出るね。家族や友人と見てこそなのかな。あとあれだ、恋人とか」
「そういうのもよく聞く話だな」
言ってから気づく、それは違う。ラトイコから見た夜景、あの時だって私は居たじゃないか。
お前はさっき、夜景は星に及ばないって話をしたじゃないか。
なあ、この星は本当に綺麗か。
なあ、この星はリイソと見ても同じか。
なあ、あの夜景は陳腐だったか。
最初の最初から言いたかった。星も夜景も、私には等しく美しいよ。
「しかしその通りなら、作るってのは難しそうだな。家族にしても恋人にしても、人を作らなきゃならない。まず神にでもなるか」
「やめておけ。恋人なら見つけるのが早い」
「難しいさ、最高にね」
「君の視野が狭いんだよ。そんなだから賞も先を越される」
「なんだとっ」
ようやく目を合わせてくれた。当然私に張り付くことなどなく、ただ疲れた首をぽきぽきと回した。
活動再開の目途が立ちそうなのでリハビリもかねて。
とか言うと不出来を言い訳しているみたいですが、自分では割と気に入っていたり。