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ガチオタ令嬢どたばた結婚記  作者: 行雲流水
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届いた招待状

次の舞踏会までに謝罪の台本を書いておこう、そう考えて紙と向き合っていたジゼルは玄関から大急ぎで飛び込んできたメイドのアンに渡された手紙の封蝋を見た瞬間に座っていた椅子から転がり落ちた。


三角に並んだ三枚花弁の百合――王家の紋章の招待状などまさか自分に届くとは思っていなかったのだ。


ジゼルは恐る恐る、封筒をペーパーナイフで開くと中からは流麗な飾り文字での舞踏会の招待状が出てきた。

一文字一文字が薔薇の花びらできているのかと錯覚するような文字に見とれて一瞬内容を理解できなかったジゼルもレオナール王子主催の舞踏会という内容を読むと衝撃のあまりに硬直してしまった。


レオナール王子。

おそらくその名前は国内のどんな田舎であれ乙女であれば胸にしかと刻んでいるだろう。

美貌と英知と勇気に溢れ、光の恩寵を受けて生まれてきたこの王子は生まれた瞬間に空から花びらの雨が降り注いだとか、城内の庭に飼われている鳥たちが一斉に歌声を上げ始めたとか、そういった逸話に事欠かないのだ。

しかし、唯一の欠点は女好き、と言われており実際にジゼルも目にしたとおりレオナール王子の周囲には常に美女たちが代わる代わるに侍っている。

その誰もが肉感的なボディと女であっても思わずどきりとするような迫力のある麗しい顔立ちをしているのだから、一般的な容貌の令嬢たちがこぞってパトリス王子が狙い目とばかりに集まってくるのもわからなくはない、という具合だ。


先日の舞踏会でほんの少し遠目に見たレオナール王子の姿を思い出してジゼルはほお、とため息をついた。

絵物語の王子様そのもの、といった具合で彼が何をするにも優雅な気品が漂い、背後に薔薇を背負っているのではないかと思えるほどに華やかさがにじみ出ていた。

もっとも、ジゼルからすれば彼は文字通りに王子様であり、憧れるといった印象すらもたない仰ぎ見る素晴らしいお方、というところでまかり間違っても恋愛感情に発展する余地は微塵もなかった。


「お、王宮で、舞踏会……い、一週間後!?」


書かれていた日程とカレンダーとを見比べてジゼルは悲鳴を上げた。

つい先日、はじめての舞踏会だった自分が今度は更に格式の高い王宮での――プライベートであるとはいえ、王族主催の舞踏会に招待されるなど夢にも思わなかった。

そしてなによりも舞踏会に行くには準備が必要だ。

同じドレス、同じ靴で行くなんてことはできない、何しろ社交界では付き合う相手、目的の場所などに合わせて目まぐるしい決まりごとがあり、そのどれもに合致する服が一着で事足りるはずなどないのだ。


例えば、ジゼルは前回の舞踏会にはデコルテのうんと狭い淡い緑のドレスを着て出席してしまったが、あれも本来はよろしくないのだと後で知った。

夜会の際にはデコルテは胸元の谷間付近まで広げて首筋から肩にかけてのなだらかなラインをアピールすべきであったし、靴もきゅっとしまった健康的な足首をアピールできるようにしなければいけなかった。

しかし、パトリス王子に自分の滾る感想文を伝えに向かったジゼルはそういった舞踏会での女としてのアピールすべてを忘れており、それが余計にパトリス王子の不信を招く羽目になったのだ。

だから今度こそは舞踏会にふさわしい装いをしなくてはならない。

そう心に決めるや、ジゼルは早速すっくと立ち上がると白い木綿の散歩用ドレスを揺らして姿見の前へと向かった。


ジゼルはつい去年修道院から帰ってきたばかりだ。

通例、そういった娘の社交界デビューの手本となるのは母親なのだが、ジゼルは母を早くに亡くしたばかりに手本はモード雑誌くらいしかなかった。

幸いにして議員の父は富裕であったし、またジゼルは一人娘であったから母の遺産はすべてジゼルの手に渡り、持参金には事欠かない程度の余裕はあったが、結婚を視野にいれた社交界へのデビューは高い壁であった。


まず、コルセットだ。

これは修道院ではつけていないからこちらに帰ってから二週間ほどかけて体に負担のかかりずらい、それでいて体型を綺麗に整えてくれる特注品を購入した。

下着は木綿の白、とにかく清潔なものをいくつも準備しておく必要があった。

靴は普段履きのものだけではなく毛皮のついたのやら、レースで縁どられたの、色鮮やかな縞がはいった絹のものやら様々用意する必要があった。

また、舞踏会には被って行かなかったが昼間の散歩に欠かせない帽子もいくつかブティックで購入した。

父はとにかく早くに妻を亡くしてから教育のため泣く泣く手放したジゼルの帰還を喜んで、ジゼルが欲しいと望むよりも先に職人たちを呼びつけて何もかも準備してくれたものだから、ジゼルはまるで魔法か何かで服が飛び出てくるクローゼットの前に立たされたのかと錯覚するほど目まぐるしく試着を繰り返させられた。


そして雑誌を手に試行錯誤、あれでもない、これでもない、これはちょっと派手すぎるかしら、地味すぎるかしらと頭を悩ませ、ジゼルはとうとう一着のドレスを選んだあと、気絶するように床に倒れた。

そのドレスは鮮やかな水色をしたシンプルなエンパイアドレスだった。

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