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ガチオタ令嬢どたばた結婚記  作者: 行雲流水
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舞踏会の翌日

貴族議員を勤めているフォルタン伯爵はいつになく落ち着きなく廊下をうろうろ歩いていた。

昨夜は愛娘ジゼルがはじめての舞踏会に行ったのだ。

妻を早くに亡くし、父親手ひとつで娘の社交界デビューを演出するのは困難を極め、ましてジゼルは去年の本来の社交界デビューの狐狩りで骨折して以来引きこもりがちだったために、自分から舞踏会に行く、といってくれたときフォルタン伯爵は嬉しくてたまらなかったのだ。

しかし、昨夜舞踏会が始まって早々、2時間とたたぬ午前1時に娘が号泣しながら帰宅していたことを使用人から聞いてフォルタン伯爵はまだ起きてこない娘を心配し、もう20分以上も廊下でウロウロとあてもなく彷徨っていたのだ。


先ほど正午を告げる鐘が鳴った。

修道院での規則正しい生活が身に付いていたジゼルはいつも午前6時には身だしなみを整えて庭で花の手入れなどしていたのだが、今日に限って起きてこない。

もちろん初めての舞踏会だ、昼前まで寝ていてもおかしくはない。

それでもフォルタン伯爵は娘が心配でならず、それでも午後1時には議会に出席しなくてはならない義務とを天秤にかけて、後ろ髪を引かれる思いをしながらも使用人に娘のことをよく頼んでから屋敷を出て馬車で出勤していった。


一方、ジゼルはといえば昨夜パトリス王子からサインをもらった本を胸に抱いたまま、茫然自失とした顔で天井を見つめ、一睡もせずにベッドに横たわっていた。


「最悪でした……」


思い出すのは自分の失態だ。

パトリス王子に会えたらどれほど貴方の詩が素敵であったか、心に響いたか、幻想の中でどれだけ自分が心ときめせたかをすべて伝えたいと思っていたのに、号泣して困らせてしまった。

しかも、ちゃっかりサインだけはもらってきてしまった。

自分の情けなさと図太さを感じて恥じ入っては、パトリス王子に睨まれたときの恐怖心を思い出して背筋を震わせ、その次には、それでも号泣するなんて子供のような真似をした自分を嫌悪して、そんな繰り返しがまる一晩続いていたのだ。


「いっそ、こんな本……!」


思い立ったように体を起こすと胸に抱きしめていた本を破り捨ててやる、と見るもすぐに首を左右にふって再び本を胸に抱いた。


「できるはずがない!」


この本はたまらなく美しい言葉が載っているのだ。

紙切れとインクの集合体などではない、これは血の通った情熱が紙へと姿を変えているに過ぎないのだ。

ジゼルは何度も読み返して背表紙のくたびれた本を大切に手のひらで撫でながら静かにうなだれた。


「薔薇の花は曙の頬、紅色にそまり朝靄の中で目を覚ます。

 その台を飾る真珠は空を溶かした朝露だ。

 澄んだ風が彼女を取り囲み、あらたな太陽を抱かせる。」


パトリス王子は愛の詩を読まない。

本人があとがきで「恋をしたことがないから」と語っていた通り、今の詩もただ比喩として女神を出しただけで、本当にただ情景を描いた詩なのだ。

それでもジゼルは何度も、何度もこの詩を口にした。

いいや、この詩だけではない、詩集として発表され手に入る限りの詩をジゼルはすべて諳んじることができる。

彼の瞳を通して見た世界がどれほどに美しいのか、それを実感するたびにジゼルは泣きそうになるほど胸の内が騒ぐのだ。


本を抱きしめながらジゼルはようやくまとまってきた思考を言葉にした。


「次にお会いしたら、お詫びしなくては……」


パトリスは女性嫌い、それは社交界では誰もがしる常識だ。

けれどパトリスは決して舞踏会に出ることを休むことはなかった。

それは王族としての社交の義務もあったかもしれないが、彼ら王子のあまりにも不安定な繋がりを守るための不文律である、と密かに囁かれていた。

その噂の真意をジゼルは知らなかったが、それでも会える機会があるならば自分の無礼を彼に詫びなければいけない、そう強く考えてジゼルはようやっとベッドから降りて顔を洗いに向かった。

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