はじめての舞踏会
「わあ……すっごい」
目の前に広がるアールを描いた大きな窓の連なる回廊を進みながらジゼル・フォルタンは月並みな言葉しか出てこなかった。
高い天井から吊るされたシャンデリアは大ぶりなクリスタルがいくつも下がる純金製、天井画は天使の舞い踊る見事な青空。
足を踏み出した先に敷かれた絨毯も毛足が長く、履き慣れない高いヒールの足取りでもよろめくことなく支えてくれている。
何もかもが自分の想像を越えた形をしており、行き交う人々までも洗練されきっていて、ジゼルはなんだか自分が場違いなのではないかと恥じるように胸の前でバッグを抱きしめた。
ジゼルの胸元ではすりガラスのように淡い白色がかかった黒い石のブローチが輝いていた。
いささか慎ましすぎる胸を覆う狭いデコルテのフチ取りのリボンの中央にブローチがあるのだ。
このブローチはジゼルの母が若い頃につけていたものだと父から言われ、ジゼルは初めての舞踏会のお守りとしてつけてきた。
そう、今夜だけは絶対に会わねばならない方がこの舞踏会に来ているのだ。
ジゼルはすう、と一度深呼吸をしてから人波に紛れるようにして舞踏会のホールへと入っていった。
ホールの中は更にジゼルの目を驚かせた。
天井はギリシャ風の柱で支えられており、床は黒と白の大理石が一定の順序ごとに入れ替わって並べられ模様を描いている。
室内のいたるところに見事な白い彫像が並べられ、そのどれもが古代の神々の装いをしていた。
室内だというのに噴水まで設置されており、さらさらとした水音が人がひしめく室内に清涼感を与えていた。
部屋の壁近くには低い腰掛け椅子が用意されており、何人かの貴婦人たちがその椅子に腰掛けて楽しそうな談笑をしていた。
知り合いとよべる相手がいないジゼルは少し気まずくなり、椅子の方からは離れて壁際の柱の影に身をよせ、半ば隠れるようにして辺りの様子を伺っていた。
そうしてしばらく経った頃、不意にホールの入口から歓声が上がった。
「おいでになられた!」
ジゼルは自然と顔が緩むのを感じながら大切そうにバッグを抱きしめて、他の貴婦人たちのドレスの間にうもれながら歓声のあがる方へと向かっていった。
歓声を受けながらホールに入ってきたのはこの国の王子たち兄弟だ。
「ああ、今夜もよい舞踏会だ。 美しい花たちがこんなにも集まってくれようとは、私は幸せだな」
まず先頭を進んできたのは赤みの強いストロベリーブロンドをした大柄な第一王子・レオナール。
きりっとつり上がった眉に濃い青色の瞳は海のように揺れており、高い鼻筋の精悍な顔立ちをしており、よく似合う真っ赤なマントをかるく揺らして歩いていた。
レオナールの周囲にはおそらくそこが定位置、といった美女たちが連なり、周囲から浮かび上がるかのように一団を築いていた。
「本当に、こんばんもよい夜ですね」
鈴を転がすように愛らしい声で挨拶をしながらレオナールについてきたのはまだ幼い第三王子・エティエンヌだ。
柔らかなハニーブロンドをおかっぱにして頬の辺りで揺らしながら、去年の夏から流行しだした海軍風の紺色のラインがはいった白シャツに紺色のパンツスタイルというカジュアルな出で立ちだった。
その隣には婚約者だという同い年の美しい令嬢が並びたち、お互いに笑顔を浮かべて顔を見合わせている様子はまるで天使が内緒話をしているかのように愛らしかった。
「……」
そんな二人の王子の背後の方で無言で目線を床に落としながら紺色のマントを片手で持ち上げて引きずらないようにあるいているのが、第二王子・パトリスであった。
先の二人の王子の輝くように魅力的な外見とは甚だ遠く、無造作に伸ばされてぼさぼさの真っ赤な髪を結い上げ、顔は吹き出物とそばかすまみれ、ほとんど黒に近い紺色の瞳は誰の顔もみようとせずに自分の足元に注がれていた。
そんなパトリスの周囲にも幾人かの女性たちが取り囲んでいた。
いくら見目が悪かろうとも王子であることに変わりはない、結婚すれば将来が安泰であることは間違いないのだ。