00 始まり
「神界会議の決定により、貴方には世界の調停をしてもらうわ」
真っ白な空間の中で、私は女神様にそう宣告された。
「………」
無言の私を見て、神は諭すような声音で語りかけてきた。
「ねぇ…どうしてあんなことをしたの?」
「………」
女神様が私を纏う闇に手を伸ばしてくる。
「……ごめんなさい。私には貴方の闇を取り払うことは出来ないわ」
「………」
女神様は、何も言わない──いや、言えない私を抱きしめた。
「これが貴方を救う唯一の方法なの。聞こえているなら、どうかこれだけは忘れないで。
一つ。もう二度と悪魔には手を出しちゃダメ。
二つ。いつか必ず貴方に手を差し伸べるから、そのことを忘れないで。
三つ。貴方の闇を払えたら、その時はお話を聞かせてね。
───もう時間ね。また会いましょう。私の可愛い使徒よ……」
女神様がそう言うと、私の意識はそこで途絶えたのだった。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
「……ぉぁぁ」
次に私が目覚めた時、そこは薄暗く、でも暖かい場所だった。
「……貴方っ!」
「……ああ、生きてる…生きてるよレヴィア…」
聞こえてくる歓喜の声。
私は現状を把握しようともがいたが、どうにも身体がうまく動かなかった。
「ほら、こんなに元気な子だ。きっとレヴィアに似て、強くて聡明な子に育つよ」
「もう。それを言うなら、貴方に似て…でしょう?」
やっとの思いで目を開けると、そこには幸せそうな男女がいた。
「そういえば貴方、名前はどうするの?」
「ああ、男の子ならロイ。女の子ならレオーネにしようと思っているよ」
「それなら、この子はレオーネね」
「女の子なのかい?」
「ええ。魔族の子はね、角が一本なら男の子。二本なら女の子なのよ」
「なるほど。じゃあ、この子はレオーネだ」
二人の顔はほほ笑みを浮かべており、私は状況から自分が生まれ変わったのだということを自覚した。
しかし、すぐに襲い掛かってきた眠気に抗うことが出来ず、私はまた意識を手放すのだった。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
それから約一年の月日が経ち、私はなんとか現状を把握することが出来た。
まず最初に言語を覚えるところからだったが、私がいた元の世界と似ていたのでそこまで苦労することはなかった。
そして私が把握出来た現状は、まず私の両親は父が人族で母が魔族だ。
次に、どうやら私達は隠れて暮らしているらしい。両親の会話からすると、人族からも魔族からも追われているという立場なようだ。
そして、この世界について。
この世界は人族と魔族が長きにわたって争っていて、この二種族の争いは世界を巻き込み、人族側と魔族側に分かれての戦争状態がもうずっと続いているそうだ。
世界の情勢はこんな感じで、次はこの世界の基本的なことについてだ。
この世界には加護がある。
加護には大きく二種類あり、先天的に持っているものと、後天的に得るものだ。
前者には、例えば人族は人族の加護。魔族には魔族の加護といった感じのものになり、これが自分の身を証明するものになる。
とは言っても、自分についている加護を他人に知られることはない。が、その人が○○の加護を持っているかどうかを調べる道具があるので、それで証明するというものだ。
後者には、火の精霊の加護があれば火系の魔法が使えたり火への耐性が貰えたり、剣聖の加護があれば剣の扱いが上手くなり相手の剣筋を見極めるのが上手くなったりするといったものだ。
そして、例えば火の精霊の加護であっても、加護を与えた精霊によって力は異なり、その加護名も○○(その火の精霊の名前)の加護となる。
そして最後は、私についてだ。
最初に言った通り私は人族と魔族のハーフであり、人族の加護も魔族の加護も持っていない。
つまり、私は先天的な加護を一つも持っていない。
しかし、私は生まれ変わりだからか既にいくつかの加護を持っていた。
一つ目は、エルヴィアの加護。これはあの女神様の加護だ。
二つ目は、アジャメティスの加護。これは私と契約した悪魔の加護だ。
そして三つ目は、ダルダイユの加護。これに関しては、私にはさっぱり思い当たる節がなかった。
と、今把握出来ているのはこんなところだ。
そもそも私はなぜこの世界に生まれ変わったのか。何をすべきなのか。こう言ったことは全くわからず、それに関しては調べようもないので困ったものだ。
…と、ぼんやりと今後のことを考えていたら、私の目の前に一人の男がやってきた。
「探したぜ」
「あえ?」
「あ?なんだって?」
「あえー?」
私がまだうまく喋れないということがわかると、その男は諦めたようにまたどこかへ去っていこうとした。
「まっえ!…えっ…え!」
「あん?」
私はこの男を知っている。このスラッとした体型に尖った耳、憎たらしいくらいに整った顔をしたこいつは、私と契約をした悪魔のアジャメティスだ。
それに、私はまだ一部の文字は発音出来ないが、それでも既に意思疎通が出来るくらいには喋れるのだ。
「あしゃめいす…えしょ?(アジャメティス…でしょ?)」
「…ああ。お前との契約が切れてないからな。俺も巻き込まれてしまったよ」
アジャメティスは微妙そうな顔をしながらも、私の言ったことを理解してくれた。
しかし、巻き込まれたというのはどこまでなのだろう。
「しんかいも?(神界も?)」
「ああ。お前の知りたいことは、全部俺が知ってるぜ」
なんと都合のいい。しかし、こいつは果たして教えてくれるのだろうか。
「教えてくれんのか?って顔してんな。
まあ安心しな。俺のためにも、お前には知ってもらわないと困るんだ。だからちゃんと教えてやる」
「おーゆーお?(どういうこと?)」
「まあ色々あったんだよ。お前はどこまで覚えてんだ?」
「あんいも(なんにも)」
そう言って首を振ると、アジャメティスは呆れたように言った。
「なんにもって、マジで全部か?」
「ん(うん)」
実際、私は神界での出来事は全く覚えていない。唯一ぼんやり覚えているのが、最後にエルヴィア様に会ったような気がするということだけだ。
「はあ…めんどくさいから簡単に説明するぞ。
この世界では人族と魔族が争ってるんだが、その争いを止めるのがお前の使命だ。
そしてそれに失敗すれば、俺やお前もろともこの世界は消される」
「………?」
息を飲みながら続きを待っていたが、アジャメティスはこれ以上喋ることはないとばかりに無言を貫いた。
「そえあえ?(それだけ?)」
「ああ。まさか、全部喋ると思ったのか?
俺が喋るのは、俺が喋ってもいいと思ったところまでだ」
「うー……」
そうだった。こいつは前からこんなやつだ。悪魔め。
「だが安心しろ。俺は嘘だけは吐かない」
何を安心しろというのか。私一人の力で終わるような戦争なら、そんな長く続いていないはずだ。むしろ、状況は最悪である。
私がジト目を向けていると、一拍置いてアジャメティスが話を続けた。
「この世界のことは色々と調べた。基本的に力は加護に宿る。つまり、お前には多くの加護を得てもらわないと困るんだ。ここまではわかるな?」
「ん」
「加護ってのはつまるところ経験値だ。例えばお前が俺の加護を持っているのは、お前が俺と契約しているからだ。
だから、お前にはまず旅に出てもらう」
「えも…(でも…)」
旅に出ると言ってもまだ1歳だし、両親のこともある。
「今すぐにとは言わんさ。二年後にまた来る。出発はその時だ」
「いえんご?(二年後?)」
「ああ。安心しろ。それまでは俺が守ってやる」
そう言うと、アジャメティスは去っていった。
結局、隠されたことが多くて何もわからない。しかし、今のアジャメティスには何か違和感があった。
私はアジャメティスとは長い付き合いだ。契約をしてから、もう十年は経つ。その経験からすると、前のアジャメティスはもう少し多くを喋ってくれていた。………気のせいだろうか?
その後私が色々と考えていると、両親が覚悟を決めたような顔をしてやってきた。
「レオーネ…貴方は、天使の生まれ変わりなの?」
「あえっ!?」
突然の爆弾発言に、私は思わず叫んでしまった。
「ほら、やっぱり…あの人の言ったことは全部本当だったのよ」
「……そうか」
そう言うと、父はこめかみを抑えながら俯いた。
それを見た母が、話を進める。
「落ち着いて聞いて頂戴。私は───」
母の話を纏めると、天使(天の使い)である私を宿した母は、神気に体を蝕まれていて今から一年もせずに死んでしまうらしい。
しかし、その神気を父に分散させることによりに、それを二年にまで引き延ばせるそうだ。神気を分散させるというのは、もちろんアジャメティスの力によってだ。
そして、その二年間をアジャメティスに守ってもらいながら家族でゆったりと暮らす代わりに、二年後には私をアジャメティスに明け渡すというのが、私の両親とアジャメティスが交わした約束だそうだ。
しかし、一つ気になる点がある。アジャメティスは、あくまで悪魔なのだ。つまり、この約束の裏にアジャメティスの益になることが絶対にあるはずだ。しかし、私がそれを思いつくことはなかった。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
二年間生きていられると言っても、神気は段々と体を蝕んでいく。
一年も過ぎた頃には時折辛そうな表情を見せるようになり、そこから半年もした頃には体の自由も効かなくなってしまっていた。
そして、私の両親はゆっくりと死んでいった。
もう3歳となった私は体も概ね思った通りに動かせるようになり、言葉もきちんと喋れるようになった。
両親を看病したり、最期の方はお喋りくらいしかすることがなかったからだろう。この成長も、アジャメティスの計算通りなのだろうか。
そんなことを考えながら両親を埋葬していると、この二年間に一度も姿を表さなかったアジャメティスがやってきた。
「別れは済んだか?」
「うん」
「そうか。なら早速旅に出るぞ。用意はこちらで済ませてある」
「わかってる。でも、その前に聞きたいことがあるの」
「なら、荷物の確認をしながらにしてくれ」
そう言ってアジャメティスは、私が持てるサイズの鞄を渡してきた。
「仕方ないから基本的に荷物は俺が運ぶが、いざという時のためにお前にもいくつかのものは持ってもらう。それがその鞄の中に入っている」
「わかった」
「で、聞きたいことってのはなんだ?」
「アジャメティスは、この二年間何をしてたの?それと、アジャメティスなら私の両親を救えたんじゃないの?」
私がそう聞くと、アジャメティスは悪びれもせずに答えた。
「この二年間は、お前の力に吸い寄せられた奴らを狩っていた。お前の両親に関しては、確かに救えたが邪魔だから死んでもらった。これでいいか?」
「……」
私は怒りを感じたが、ぐっと堪えた。
アジャメティスの言い分もわかるのだ。あの両親は、私のことを大切にしていた。これから私達がしなければいけないことに対して、あの両親がどう出るかがわからないということはあった。
それに、アジャメティスは狡猾なやつだ。後半の回答は、私に意識を向けさせるためにわざと怒りを買うように言ったに違いない。なぜなら、前半の回答が私の満足するものでないことが明らかなのだから。
「その私の吸い寄せられた奴らっていうのが、アジャメティスの目的なの?」
だから、私は前半の部分を追及した。
すると、アジャメティスはすぐに諦めたような表情になった。
「ふん…まあいい。俺の目的は悪魔だ。戦争を終わらせるまでに、この世界にいる悪魔を全員殺す」
「どうして?」
「そうしないと、救われるものも救われないからだ」
「?」
私にはアジャメティスの言っていることが全然わからなかったが、アジャメティスはそれ以上説明することはないと口を噤んでしまった。
まあ、アジャメティスが喋らないというなら私にはどうすることも出来ない。
とにかく私がやるべきことはたくさんの加護を手に入れながら、悪魔を探す旅に出るということだろう。
アジャメティスはしょうもない嘘は吐かない。私がその旅をするべきなのは、間違いがないはずだ。
そうして、私とアジャメティスの旅が始まったのだった。