#8
寄宿舎と繋がる修道院の、幾つかある尖塔が隔離室となっていた。
問題を起こした生徒の反省室として、また危険な品物や人物を隔離する必要がある場合に利用するらしく、今回はその両方に該当する。
作りこそ簡素だが、そこには古い時代からの魔法が幾重にもかけられており、管理者の許可がなければ中からは外に出ることができず、外からも入ることができない。
マリがそこへの螺旋階段を上る間、シャンファが付き添ってくれた。
「とりあえず無事で良かったわ」
「ありがとう。シャンファも無事で良かった。」
シャンファが呟くように言うと、マリは微笑んでお礼を言った。
悪魔は一旦帰ってもらい、先導の修道女と教官たちの後にマリとシャンファ、その後ろには数名の悪魔祓いや魔法使いが続いていた。
「ポーラはどうしたの?」
マリが尋ねると、シャンファの顔に陰がさした。
彼女は少しの間口を噤み、ただ螺旋階段の手すりをしっかりと掴みながら歩を進めた。
やがてその重い口を開き、ポーラが悪魔を呼び出したことと、悪魔か悪い魔法使いに魅入られて行ってしまったことを告げた。
それを聞いてマリはとても驚いた。
「ポーラはどうして悪魔を喚び出そうだなんて考えたんだろう。」
その理由をシャンファは知っている。教官たちにも報告済みなので、いま螺旋階段を上っている者はマリ以外みな知っている。
だが彼らはそれを告げなかった。
少しの間、みんな黙ったまま階段を登って行った。
螺旋階段は高い窓から射す光で薄明るい。しかし明かりはそれだけのようで、夜は闇に沈むのだろう。
何十フィートも上ったはずだが、未だ先端の室には着かない。
マリは隣りのシャンファのほうへ顔を向けたが、ちょうどその背に窓があり、逆光で表情が見えない。
「私、マリのことは良い友達だと思ってるわ。悪魔は恐ろしいけど、サギールはとても良いひとだし。
それにあの時外へ飛び出していったあなたは勇敢で、光り輝くように見えた。私達はその姿に勇気を貰って、倒れていた彼を助けに行けたの。」
そう言って、シャンファはひとつ大きく息をした。
「一ヶ月会えないけど、戻ってきたらまたお茶を飲みましょ。
あなたの休暇のあいだに魔法の勉強をして、私も強くなるんだから!」
そう言ってシャンファが笑うのが見えた。いつしか窓はずっと後ろへ遠ざかり、辺りは仄暗い。
「さあ、着きましたよ。」
階段の一番上には扉があり、その真鍮のノブが廻ると扉は軋む音を階段に響かせながら、重々しく開いた。
部屋は暗い。教官が杖を一振りすると奥の鎧戸が開き、そこからの夕陽が階段の方まで伸びて目を灼き、マリの目には涙が浮いた。
教官たちが壁際に身を寄せ、道を開ける。
「お入りなさい、マリ。
この室には誰にも解くことのできない魔法がかけられています。
罰を受けるものしか入ることができず、その人は許されるまで出ることができない。」
マリはおずおずと足を踏み入れた。
学校や修道院は石造りで、それはこの尖塔も例外ではないのだが、この部屋には漆喰も塗られていないくらい、かなり簡素な内装だ。
「中では魔法を使うことは出来ないし、使い魔を呼び寄せることもできません。勿論あなたの魔人も悪魔もです。
魔法は使えませんが、この部屋では危険な目に遭うことはありませんし、必要なものは揃っています。」
部屋の中にはベッドと机と椅子と小さな棚、それから衣装箪笥と、バスルームらしきドアが見える。
ベッドサイドには古そうなラグが敷かれ、デスクに紙とペン、棚の上には蝋燭とマッチが置かれている。それだけだった。
「食事は一日三度運びますので、何か必要なものがあればその時に伝えてください。
何か質問はありますか?」
部屋の中を見回していたマリは入り口へ向き直る。
開いたドアの向こうに教官たちとシャンファ、魔法使いらが立ち並び、まさしく見えない壁があるように感じられた。
「いいえ、特にはありません。」
「それでは。疲れているでしょうから、あとで夕食を持って来るまでは休んでいなさい。」
扉が閉まり、皆の足音が遠ざかっていく。
マリは急にどっと疲れを感じて、ベッドに身を沈めた。ひどく眠い。今日はいろんなことがあったし、走ったり、泳いだり、魔法もたくさん使ったので疲労困憊している。
(夕食って、何時くらいなんだろ……)
考える間も無く、彼女は眠りに落ちてしまった。