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魔女と鉤爪の悪魔  作者: 枕水
魔女と鉤爪の悪魔
4/15

#4


 何もせず待っているとき、特に不安なときは時間が経つのが遅い。何度時計を見ても針は遅々として進まず、皆が疲れた様子を見せ始めた頃だった。


「あれを見て!」


 誰かの指差したほう、南側の窓の向こうに、浜に行っていた二人が走ってくるのが見えた。その後ろには風使いの上級生がついている。彼の魔法で追い風を受け、まさに飛ぶような速さで走ってくる。

 チームで向かったはずなのに一人しか見えないが、他のメンバーは後方で足止めをしているのだろうか。

 とにかく心配していた相手が戻ってくるので歓声があがり、生徒たちは皆窓のほうへ寄っていった。窓を開け、早く早くと呼びかける。


 走っている三人も安堵の表情を浮かべたそのとき、背後からの一撃で風使いが倒れた。


「行け!校舎は守られてる!」


 風使いはそう叫ぶと、起き上がってもと来たほうへ向き直った。

 校舎を守っている上級生が二人の下へ走りより、連れて帰ってくる。その少しの間に風使いは再び倒れた。

 黒い炎のようなオーラを纏った若者が一人、彼をまたいで歩を進めてくる。少年といっても良いくらいの年恰好だが、禍々しい雰囲気はまさしく――


「悪魔……。」


 美しい顔に恐怖を浮かべて、シャンファが呟いた。その横でポーラは今にも気を失いそうになりながら、それでも窓の外から眼が離せないでいる。

 倒れたままの風使いが魔法を使い、悪魔は飛び上がった。彼は黒い炎を更に滾らせ、倒れている風使いのほうへ踵を返す。


「マリ!」


 彼女は窓から飛び出していた。


「サギール、手伝って!」


 そう口にすると、彼女の脚に魔法がかかったように走る速度が上がる。それから食堂から持ち出したスプーンに息を吹きかけると、スプーンは薙刀に形を変えた。

 腕を振り上げた悪魔がマリの方を見やる。鉤爪がぎらりと光った。



 最初の一撃は悪魔の爪に軽々とあしらわれてしまった。

 風使いにあたらないよう意識していたが、甲高い金属音に彼は身をすくめた。


 悪魔は膝近くまであるコートを着ていて、腰のベルトには換えの鉤爪なのか、様々な長さのものが揺れて音を立てている。

 あごの辺りまである髪を振り乱し、削いだような顔に鉤爪と同じく鋭い眼は昏い光を湛えている。

 かれはマリを見てにやりと笑った。


「小娘が!その短い髪では碌な魔力も宿せまい!」


 なんともおぞましい笑みだ。耳まで裂けた口から牙を覗かせ、長い舌が唇をなめるのを見て、マリは本能的に背筋を震わせた。


 悪魔の指先から黒い炎が噴き出してマリを襲う。

 彼女は横に跳んで避けた。すぐに悪魔の追撃が迫ってくるが、彼女の左側に氷の盾が現れ、少年の鉤爪をはじいて砕けた。

 マリが少し下がると少年はくるくると舞うような動きで一気に近づいてくる。

 ベルトから下がっている鎖のついた鉤爪が、マリの腕を掠めた。興奮していて痛みは感じないが、やけどのように熱い。その腕を振ると、草叢から虫たちが一斉に飛び上がり悪魔の視界を塞ぐ。

 隙を突いて風使いを助けようとするが、悪魔の炎に虫たちは灼かれてしまった。




 二人の攻防を学生たちと教官が見つめていた。校舎を守る専門課程の学生も、食堂に居るシャンファたちも、教官さえも固唾を呑んでいる。

 数名の有志が援護に出ようとしたが、教官が固く止めた。


「やっと物が持ち上げあられ、蝋燭に火が灯せる程度の貴方がたが行ってどうなるのです。

 彼女は行ってしまった、助けたい気持ちはありますが他にも悪魔が居るのかも知れないし、我々は貴方がたを守るためにここを離れるわけには行かない。

 彼女が無事であることを祈るしかないのです。」



 マリと悪魔は風使いを置いて、次第に校舎から離れていった。恐らくマリが誘導しているのだろう。

 まだ若い悪魔は勢いのままにマリを攻め立てているが、そのことに夢中になっていて風使いのことはすっかり失念しているようだった。


「せめて彼を助けにいく!」


 そう言って、シャンファは飛び出した。その後に数名の学生が続く。


「ポーラ!」


 シャンファの声に、ポーラはびくりと顔を上げた。二人の目線が少しのあいだ合い、――ポーラは黙ってうつむいた。

 シャンファは落胆を噛み殺して倒れている風使いのほうへ走っていった。



* * *


 相変わらず悪魔は黒い炎を鉤爪を、舞踏のような動きで繰り出している。

 マリはどうにか交わしながら、隙を狙っていた。薙刀はもともと防御を目的としたものなので、無理に攻撃を差し込むのではなく、間合いを取り続け彼の爪から逃れるのが第一優先だ。

 サギールの助けである程度は守られているが、それで完璧とは限らない。相手の魔力が強ければ守りきれないのだと常から忠告されている。


 金属音と炎の熱、数箇所できた傷に神経が高ぶっている。

 悪魔が少し距離をとった。何か考えがあるのだろう、マリはすぐ追わずに遠めから様子を見ている。校舎からはだいぶ遠ざかることができた。

 よく晴れた空に太陽が輝いているというのに、サングラスをかけた時のように暗く感じる。動き回って暑いはずが、汗はどこかひんやりと冷たい。


「隙だらけだな。」


 耳元で囁かれ、マリは思わず身を翻した。しかし振り向いた先には誰の姿もなく、――悪魔がいたほうへ目を向けても姿は見えない。

 混乱しながら辺りを見回す彼女の視界は、突然黒く覆われた。

 悪魔の放った黒い靄がマリを包み込んでいる。それを切り裂いて飛び出したマリのすぐ目の前に、悪魔の鉤爪があった。喉元に悪魔の爪がかかり、高く持ち上げられる。


「マリ!」


 シャンファの悲痛な叫び声が遠くから聞こえた。

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