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魔女と鉤爪の悪魔  作者: 枕水
魔女と鉤爪の悪魔
2/15

#2

 入学してからの時間はめまぐるしく過ぎた。

 初日は過程の説明や学内のツアーがあり、テキストを配り終わると午後には講義が始まった。そのまま一週間、二週間と飛び去るよう。


 初年度の講義は魔法概論や魔術史、薬草学に精霊・魔獣学入門など。魔法と直接は関係が無いが、世界史や宗教・文化についての講義も、魔術という文化の理解のために用いられる。

 この学校では体系的に魔法について学んだことがない者が多いため、最初は概論や入門が多い。

 もともと魔術師の家門であるとか、子供のうちから教育を受けている場合はあまりこういった魔法学校に来ないか、または飛び級するのが一般的だ。


 子育てや後継者を育てる方針はその家ごとにさまざまではあるが、特に現代においては、なるべく普通の子供と同じように育て、"普通の"感覚を身につけさせ人間社会で暮らせるようにしたい、と考える親も多いため、このような学校が増えてきている。


 基本的に午前は座学で、午後は実習のような講義と、補講を主としている。

 学内の公用語は英語のため、英語が母語でない学生向けに英語の補助クラスもある。マリも日本で英会話に通いはしたが、この補助クラスを受講していた。

 また、卒業後に母国に戻ったり一般社会で働きたいといったこともあるため、そういった生徒は通信教育などでその国の高校にあたる勉強をしている。

 数百年前まではドラゴンや妖精が知られ、どの街にも魔法使いや呪い師といった類の生業があったのだが、いまや魔法や精霊など、伝説や空想ごととしか思われていない。小説やゲームを楽しむ人間は多くとも、魔術で生計を立てるのは狭き道になりつつあった。



 ――とはいえ、彼らも魔力を持っていること以外は普通の十代の学生と変わらない。

 学校に通い、友人を作り、日々を過ごす。老いた人間が眩しそうに目を細める、いつか思い出しては懐かしがる、そんな年代だ。

 それは誰にも平等であり、もちろんマリも例外ではないのだが……。


「あの子、知ってる?」

「ああ、短髪の日本人ね。ずいぶん自信があるみたいよ。」

「愛想もないし、いつも一人で浮いてるわよね。」


 皆が髪を伸ばしている中、ショートヘアのマリは悪目立ちしていた。

 シャンファやポーラが一緒に居ることもあるし、同級生と会話していることもあったが、直接関わりのない上級生や他のクラスの生徒からはひそひそと囁かれることも多い。

 英語がそこまで流暢でなく、しかも人見知りをするたちなので、彼女は一人でいることを好んでいたのもある。


 また、マリが杖などの道具を使わずに、手の動きや呪文だけで魔法をあやつるのも異質だった。

 魔法使いにしろそうでないにしろ魔法を使うときには、杖だとか指輪だとか、魔術を込めた道具を使うことが多い。魔力を集中しやすくするためと、魔法の効果をイメージしやすくするためだ。

 高度な魔法には複雑な術式があり、それを補助する道具も多くなる。

 若いうちは魔力の集中なども慣れていないため、特に杖などを必要とすることが多い。


 つまり、周りからは『高い魔力を持ち、自信家で、プライドが高くツンツンしている』ように見えてしまっていた。

 マリ自身はそのことをあまり気にしていない様子で、どうせ地元にいた頃だって周りからは浮いていたのだし、まして外国に一人で来てしまったのだから仕方が無いと諦めていた。



* * *



 ある日のこと、マリは人気のないテラスのベンチで昼食をとっていた。

 食堂のおばさんは融通が利き、外で食べたいと伝えるとすぐにお弁当を用意してくれる。

 ごく普通の紙袋をあけると、中にはハムと野菜のサンドイッチと、小さめの林檎、それから紅茶のボトルが入っている。

 日本人は小食だと知っているのだろうか。高校生のランチには少ないように思われるが、マリには少し多いくらいだ。何しろサンドイッチが日本のコンビニで売っているものの倍くらいある。

 

「うーん、やっぱり多いよ…」


 サンドイッチにかぶりつき、半分と少し食べたところでマリの手は止まった。つぶやいた独り言は久しぶりに日本語だ。

 包みをひざの上に置き、ベンチからテラスの外を眺める。明るい空には小さい雲が浮かび、手すりの向こうに広がる草原に点々と落ちた影も、風に運ばれてのんびりと動いている。

 テラスには藤棚があり、ベンチはその下だ。ゆるやかな風が葉を揺らす音に混じり、小鳥のさえずりが聞こえている。花は咲いていないが、色鮮やかな蝶もどこからかやってきた。


「のどかだなぁ……。」


 食事中に行儀の悪いことだが、なんだか眠くなってしまう。

 いずれにせよサンドイッチはもうあきらめ、マリは林檎を手に取った。ピンポン玉より一回り大きいくらいの、姫林檎というものだろうか。顔に近づけると甘ずっぱい香りがする。

 一口齧ると思ったより酸味が強いが、さっぱりしてこのまま全部食べられそうだ。


 軽い音を立てて林檎を食べていると、視界の端で何かが動いた。見ると、鳶のような大きめの鳥が手すりに止まって、翼を広げている。

 

「わ……」


 少し驚いたが、害意はなさそうだ。目が合うとじっとマリを見つめ、ちらりとサンドイッチに目をやる。


(サンドイッチ、食べたいのかな……)


 マリの思考が伝わったかのように、鳥は近づいてきた。


「食べかけで申し訳ないけど、欲しかったらあげる」


 そう話しかけると、鳥は嬉しそうに一声啼き、さっとサンドイッチを咥えてもとの手すりへ戻った。そして今一度マリをじっと見ると、飛び立っていった。


(ここで食べないのか…残念だけど、野生動物だし、それにご飯を待ってる家族がいるのかもしれないもんね。)



* * *


 この日から、鳥はしばしばマリの近くに現れた。講義中にふと窓の外を見たときも枝に止まっていたり、昼食時はシャンファやポーラが一緒の時であっても近くまでやってくる。


「マリ、その鳥も使い魔なの?」

 

 入学して一ヶ月ほど経ったある日、シャンファはマリに尋ねた。猛禽なので最初は驚いたが、数回見ると慣れてきて、怖いと思うことはなくなっていた。

 マリはすこし戸惑った様子で否定した。


「いや、私が契約してるのはサギールだけだよ。この鳥は……前にサンドイッチをあげてから、時々くるんだ。」


「はあ?」

「やだ、危ないわよ。」


 シャンファとポーラが二人して顔を顰めた。

 契約していれば言うことを聞かせられるが、していないのであればただの野生動物だ。怪我をしたら危ないし、餌付けなどしないのが常識だろう。


「まあ、おとなしいし……」


 苦笑して、マリは鳥のほうを見た。

 三人は食堂で窓際の席に座り、その窓に鳥がやってきたのだ。窓枠を掴む足には鋭い爪がついている。


「この鳥…魔力を持ってる。きっとあなたの魔力に惹かれたのね。」


 じっと鳥を見つめて、シャンファが言った。おとなしいのは以前誰かの使い魔だったのかも知れない。


 杖もなしに魔法を扱うこと、そして火力が強いとでも言えばいいのか、魔法の効果が想定より大きく、大き過ぎないよう調整する必要があるくらいなので、彼女の魔力がかなり高いのは既に周知の事実だった。

 いつも小さな生き物が彼女の傍にいて、

 魔力をもつ動物は大きな魔力を持つ人間に惹かれる。動物に限らず精霊などもそうで、魔力が高いほど上位の存在と契約ができるようになる。

 その辺りもマリが周りから浮く理由となっているのだが、シャンファとポーラはあまり気にせず仲良くしてくれている。


「こら、こっちに来なさい!」


 いつの間にかマリの膝に乗っていた黒猫をポーラが呼んだ。

 仲良くしてはいるのだが、こんなときのポーラはひっそりと不穏な目つきでマリを見ることがあった。




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