プロローグ
他の連載進めなきゃと思っていたら思い浮かんでしまいました。
夜が明ける。
そして霧が晴れると、そこには焼け落ちた建物跡があった。
大きな屋敷だったのだろう。だが、今はもう見る影も無い。
とても寂し光景だ。虚しさだけ覚える痛ましい光景だ。
屋敷跡の中心部でぺたりと座りこんでいるエルフの少女が、その印象をより強くする。少女は微動だにもせず、うんともすんとも言わずにそこに居た。瞬きの一つもしない瞳、だが何かを熱心に見ているとは思えない無機質さに塗りつぶされている。辺りにたちこめる異臭が、霧と共に風に攫われて行く音だけを、彼女は聞いているようだった。
「あ! 生きてる奴が居る!」
少女の長い耳に届いたのは、まだ幼い少年の声だった。
ゆっくりと背後を振り返れば、案の定、同い年くらいか、少し年下の少年がいた。狼の耳と尻尾があり、誰が見ても獣人の子供だと分かる。
少年は少女が振り返った瞬間、目を丸くして固まり、少女は無反応であった。
十年後
「ねえ、アラン」
心地よい鈴の音ような声に、普通の人間には無い獣の耳がピクピクと動く。
「いい加減に起きて」
だが直後、腹に鈍痛が走る。そこに肘鉄が決まったのだ。
いきなり肘鉄を食らわされた青年は、小さく呻いて痛みに悶え、両手で抱きしめていたモノにするりと抜け出されるやベッドの中で丸くなった。
「毎日毎日、夜は自分のベッドで寝ているくせに、何故朝になると私のベッドに侵入しているの?」
「ね……寝相の、問題……?」
「転がり落ちて夢現で起きた後、寝ぼけて私のベッドに入って来ると? まるで子どもじゃないの」
ピシャリと厳しい言葉をかける女は、小さな欠伸とともにベッドから離れようとする。……が、手首を自分よりも硬質な手で掴まれて動きを止めた。
「アラン? 私、朝食の準備があるのだけれど」
「……ん」
腕をやや強めに引かれる。
女は再びベッドに腰掛けて、青年の顔を覗き込むようにかがんだ。すると、青年の上半身が上がり、顔が至近距離に迫って――
「こんな事だろうと思ってたわ」
――ガシリと、女は掴まれていない方の手で青年の顔を掴んだ。しかも、手の平に力を込め出し、いわゆるアイアンクローをかけている。
「いだだだだだだだだっリリア……ッ、もうちょい手加減……ッ!」
「しています。そうでなければ、あなたの頭蓋は粉々になっていてよ?」
「ミシミシいってて粉々寸前ですがッ!」
必死に男が叫ぶと、女は「あら私ったらウッカリ」と、男の顔から手を離す。
しかし、すぐにまた両手で彼の両頬を包んだ。勿論、次は頭蓋から軋む音が鳴るような野蛮なものでは無い。ふわりと優しくだ。
女は、そのまま唖然としている男の、唇のすぐ隣に己のソレで触れた。ほんの一瞬の出来事だ。
「さ、ご飯にしましょうか。あなた」
妻であるリリアが、穏やかな朝の光の中で悪戯めいた笑みを浮かべると、夫のアランは赤くなった顔を隠すように、白い枕に顔を埋めた。