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探偵はハーブボイルド ―短編集―

探偵はハーブボイルド ―不思議の農園のアリス―

作者: 中野 工事

 ロングラウンド国の首都、ランドン。

 ここは別名『霧の(みやこ)』と呼ばれていて、その名の通り、街が霧で覆われる事が多い。

 しかし、そうはいっても、晴天の日が全くないわけではない。そんな日には多くの住民達が太陽を求めて外へ出て、日光浴を楽しんでいる。


 日光は住民達にとって、とても重要な存在である。どれほどかと言えば、太陽を崇拝し、「太陽万歳!」と声を上げて回る、カルトめいた教団が存在するくらいだ。

 その教団が忙しく活動するほどに、今日の天気は晴れ渡っていた。青い空、雲なんて一つもない。日光浴を楽しむにはこれ以上に無い好条件であった。


 多くの住民が日光浴を楽しんでいるが、それは市内だけでなく郊外でも同じ事が言えた。ここ、名も無き小さな農園でも、それは同様であった。






 兎の少女と思わしき人がデッキチェアに体を預けてまどろんでいた。『思わしき』というのは、彼女には『少女』と呼ぶにしては不釣り合いな要素がいくつかあるからだ。

 まずはその体。小さく、青のエプロンドレスを身に纏っている。しかし、バストが非常に豊満であり、その大きさは顔の幅よりも大きい。

 そして持ち物。右手にはリンゴ酒のビンを握りしめ、一口、また一口と飲酒をしている。

 実際のところ、彼女は成人である。それも、四捨五入すれば30歳と、なかなかの歳だ。


 彼女はまた一口、リンゴ酒を飲もうとビンに口をつけた。しかし、すぐに口を離して舌打ちをした。(から)になったのだ。彼女は空になったビンを近くにあった木製のバケツの中に入れた。

 バケツの中にはすでに空のビンがいくつも入っている。時刻はまだ午前。しかし、彼女は何本もリンゴ酒を飲んでいるのであった。


 彼女がそうしているのには理由(わけ)があった。退屈だからだ。

 彼女はここの農園の主ではあるが、やる事は少ない。農薬を派手にブチ撒けた畑では、害虫を駆除する必要も雑草を取り除く必要もない。肥料を与えるか、収穫するか、後は適当に間引きするか。たったそれだけで仕事は終わる。

 今日の仕事はすでに終わった。飲酒をしているのは、そういう理由もある。「仕事の後の一杯は美味い」と言う者がいるが、彼女の場合、その一杯は永遠に終わる事が無い。


 彼女はすぐ近くのテラステーブルに手を伸ばした。次のリンゴ酒を飲むためだ。しかし、今ので最後だった。もう一本も無い。彼女はため息をつくと、代わりにラジオを手に取り、適当にチューニングを合わせた。

 ちょっと古臭い音楽が聞こえ始める。彼女はラジオを戻すと、大きく欠伸をし、ゆっくりと目を閉じた。






「――リス!アリス!」

 誰かに揺り起こされて、彼女は目を覚ました。

 最初に視界に入ってきたのは、野兎の青年。スリングショットを身に着けた、筋肉モリモリマッチョマンな変態であった。アリスと呼ばれた彼女は、彼を見て安心感を覚えた。

 彼の名前はヘイヤ。市内の方で探偵をやっている知り合いだ。時々、こうして会いに来てくれる。


「おはよう、アリス。今日もいい飲みっぷりだねぇ」

 ヘイヤではない声が聞こえてきた。声の主はヘイヤの隣に立っている、スーツ姿の黒猫の男だ。名前はチェッシャー。ヘイヤの相棒であり、彼とも知り合いだ。


「あら……いらっしゃい。今日は……何の用かしら?」

 アリスは欠伸を堪えながら二人に訊ねた。


「君からもらった野菜なんだけど、もう無くなったんだ。また分けてくれないかな?」

 ヘイヤは答えた。


「あら、これの事ね」

 アリスはテラステーブルに手を伸ばすと、今日の朝刊を取って、彼に突き付けた。


 『切り裂きジャック二世 逮捕』


 そう見出しが書かれ、様々な野菜が体にめり込んだ切り裂きジャック二世の写真が、大きく掲載されていた。本文にはしっかりとヘイヤの名前が載っている事から、すぐに分かった。


「あ、うん。それで使い切っちゃってさ……」

 ヘイヤはモジモジした様子で言った。すると、アリスは深く息を吐いた。


「ねえ、ヘイヤ」

「な、何?」

「アナタ、その前に私に言う事があるんじゃない?」

「え?えっと……うん。ゴメン。あの時はノリでやっちゃった。次から気をつけるから……ね?許して」

 彼は謝ったがアリスには全然足りなかった。むしろ火に油を注ぐ行為であった。


「あのね!野菜は食べ物であって、武器じゃないの!アナタが『食べる物に困ってる』って言うから分けてあげたのに!バカじゃないの!」

 アリスは立ち上がってヘイヤを睨んだ。

 彼女の声には怒りが込められていた。雑に栽培したとはいえ、自分が育てた野菜を粗末に扱われるのは遺憾であったからだ。


「全く!武器が欲しいなら、そう言いなさいよ!ほら、ここにはこんな物を栽培しているんだから!」

 アリスは席を立つと、畑の一角へと移動した。そこには鉄と木でできた物が複数植えられている。彼女がそのうちの一つを引き抜くと、その正体が明らかになった。

 銃だ。正確にはワサビニコフ47式自動小銃。アリスは、採れたて新鮮の銃をヘイヤに投げてよこした。


「弾だってちゃんと育てているのよ!ほら!」

 アリスはそう言って、銃の隣に生えている植物を指差した。一見、それはトウガラシのように見えるが、実っているのは銃弾だ。7.62x39mm弾、ワサビニコフ銃専用の弾だ。


「あ、あのさ、アリス……僕が望んでいるのはこんな物騒な物じゃないよ!」

 ヘイヤは受け取った銃を足元に置いた。


「僕はね、死なない程度に痛めつけられる物が欲しいんだ」

「あら、そう?だったらアレは?」

 アリスは少し向こうの(うね)を指差した。そこには箒やプランジャーが生えていた。


「ああ、いいね。いくつか貰ってもいい?」

「いいわよ。生産性はいいんだけど、需要が少なくて、いつも余りぎみで困ってるの」

 ヘイヤが訊ねるとアリスは答えた。許可をもらった彼はすぐに収穫を始め、採った物を股布の中に収納していった。


「あ、こういうのもいるかしら?」

 アリスは畑の隅にある、背の低い木を指差した。その木には手榴弾が実っていた。


「それはちょっと……」

 ヘイヤは難色を示した。


「大丈夫よ。育ちが悪いみたいで、黒コゲにする程度しか火力が無いみたいだし」

「あ、それだったら、いくつか貰おうかな?」

 彼は収穫しようと、手榴弾の木の方へ移動した。


「ピンが抜けないように、気をつけて収穫しなさいよ」

 アリスは彼に呼びかけた。


「うーん。何時見ても、君の固有魔法には感心させられるよ」

 チェッシャーが話しかけてきた。


 固有魔法とは、その術者にしか使えない、言わば才能の魔法の事だ。

 『無差別栽培』。アリスは自身の固有魔法をそう呼ぶ。簡単に言えば、彼女が畑に植えた物は何であろうと栽培する事ができるというものだ。例え、それが兵器だろうが生活雑貨だろうが、全く関係無く育つ。


「あら?お世辞のつもり?」

「まぁね。ところで頼んでいた物はできてるかい?」

 チェッシャーは訊ねた。


「ええ。ほら、そこよ」

 アリスは近くの畝を指差した。そこにはロリポップがキノコのように生えている。


「おお!これだよ、これ!僕ちんが望んでいたのは、まさにこれさ!」

 チェッシャーはそこへ駆け寄ると、許可を取らないまま収穫を始めた。


「あ、採るんだったら、ついでにリンゴ酒もよろしく。ほら、アナタの後ろ!」

 アリスがそう言って指差した先には、ビンの頭が何本か畝から飛び出していた。さっき彼女が飲んでいたのも、この畑で収穫された物だ。


「はいよぉ。人使いが荒いねぇ」

 そう言いながらも、チェッシャーは手際よくリンゴ酒を収穫していった。そして、それらをアリスに手渡した。


「はい、ご苦労さま。報酬は無しでいいわね?欲しい物はもう手に入ったでしょ?」

「まあね。それじゃあ、ヘイヤ!そろそろ帰ろうか?」

 チェッシャーはヘイヤに呼びかけた。彼はちょうど収穫を終えたところだったらしく、すぐに駆け寄ってきた。


「うん、そうだね。じゃあ帰ろうか」

 ヘイヤはそう言うと、チェッシャーと共に農園を去ろうとした。すると、アリスは少し考え込んでから、二人を呼び止めた。


「待って!」

 彼女の言葉に二人は立ち止まると、こちらを向いた。


「昨日……ね、ニンジンケーキを作ったんだけど……一人で食べるにしては、ちょっと量が多いの……その、ちょっと食べていきなさいよ!」

 アリスはたどたどしく言った。彼女の言葉は本当である。しかし、それは単なる口実に過ぎない。

 簡単に言えば、寂しいのだ。元々彼女は、人付き合いが悪い方だ。そして彼らは数少ない友人である。もうしばらく一緒にいたい。そういう思いから、こんな事を言いだしたのであった。


「ケーキか……いいね。チェッシャー、食べていこう」

「ふうむ。甘い物ならアメっこちゃんの方が好きなんだけどねぇ……まあ、いいか」

 二人は戻ってきた。


「じゃあ、中に入って待ってて。私はお茶の用意もするから」

 アリスは一足先に家の中へ入っていった。そしてキッチンに向かうと、お湯を沸かし始めた。その間に、冷蔵庫からニンジンケーキを取り出し、一人分ずつ切っていく。

 彼女は手際の良い方であった。まだリンゴ酒の酔いは残っているが、このくらいは簡単な事であった。


 その一方で、ヘイヤとチェッシャーは黙って席についていた。


「なんだか、お茶会みたいだね」

「そうだねぇ。まだ午前だけど」

 二人は短く会話をした。少なくとも、ロングラウンド国ではお茶会は午後に行なうのが一般的である。現在、午前の11時。多くの人がしないであろう時刻に、お茶会らしきものが始まろうとしていた。


「はい、どうぞ」

 アリスは紅茶とニンジンケーキを二人に出した。二人はすぐに食べ始めた。


「あ、凄く美味しいよコレ!」

「確かに。絶品だねぇ」

 二人は褒めた。


「でしょ?隠し味に『ハッパ』を加えてみたの」

 アリスは嬉しくなって、得意げに話した。人参も『ハッパ』もここの農園で育てたものだ。特に『ハッパ』は彼らの好物である事を知っているため、少し多めに栽培している。


「あー、なるほど!」

「何やら宇宙を感じると思ったら、そういう事かい」

 二人は納得した様子で食べ続けた。そんなに美味かったのか、もう3分の1も残っていない。


「おかわりもあるわよ」

「じゃあ、貰おうかな」

「それじゃあ、僕ちんも」

 アリスが言うと、二人は皿を突き出してきた。彼女は皿を受け取ると、新しいニンジンケーキを乗せて、二人に返した。


 アリスは二人の様子を見ながら嬉しさを感じた。普段、一人でいる事の多い彼女にとって、客をもてなす事は楽しみの一つであったからだ。特に今回のように相手が友人であればなおさらだ。


「あれ?アリス、もしかして笑ってる?」

「ち、違うわよ!何言ってるの!」

 アリスは顔が熱くなるのを感じた。どうも、人前だと素直になる事ができない。


「おやおや、素直じゃないねぇ」

 チェッシャーはニヤけ顔で言った。彼には全てお見通しのようだ。


「何よ!素直じゃないって!……ああ、もう!野菜が欲しいんだったわよね?今採ってくるから、ここで待ってなさい!」

 アリスは素早く外へ出た。


「……もう。どうして私はこんなに……ハァ……」

 畑に向かいながら、アリスは自分の事をぶつくさ言った。

 いつかは素直になれる日が来るだろうか。彼女はそう思いながら、野菜の収穫を始めるのであった。

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