第96話 たった一枚の写真
俺は答えを迫られていた。
一人部屋を二つ取って一美と別々に泊まるか、二人部屋で一美と一緒に泊まるか。
どうしましょうか?
と一美は言ってきた。
つまり選択権は俺にある、ということだ。
そうなれば、どちらを選ぶかは決まっている。
二人部屋だ
以前、似たような状況があった。
しかし、その時、俺は下手隷だった。みすみす好機を逃してしまった。
今回は一美が振ってきているのだ。
答えようじゃないか。
「じゃあ、ダブルで」
――決まった
俯いて固まっている一美の顔は真っ赤だった。
フロントの担当者は一美が何も言わないのをみて、わかりましたと淡々と手続きを進め、俺にルームキーを渡した。
この時、俺は自分が間違ったことに気づいていなかった。
俺は渡されたルームキーを見る。1068とあるので10階に向かう。一美も後ろからついてきた。
俺は鍵を開け扉を開き、一美を先に入らせた。
部屋が思ったより豪華だった。
露天風呂つき客室というやつだ。ベランダに陶器の浴槽が置いてある。解放感のある洋室だった。
俺も一美も部屋が思ったよりも豪華なことに驚いていた。
「ちょうどよかった」
俺じゃない。一美がそう小声で呟いたように聞こえた。
時刻は午後3時を過ぎたばかりだ。
荷物を置いて、俺たちは周辺を散策することにした。せっかく海が見えるのだからと二人で砂浜に向かった。
「びっくりしました」
「なんで、びっくりしたの」
「だって、シングルかツインかを聞いたのに…」
「あ、俺、ダブルって」
「言いました」
一美が可笑しそうに笑う。
いかん、いかん、これは飢えた牡の振る舞いだ。俺はイダフの貴族なのだ。ちゃんとしなくては。
よし、今から俺はイダフの貴族として正しく振る舞うことに決めた。
…但し、陽が沈むまでにしておこう、無理もいかん。
俺と一美は砂浜を歩いた。海はイダフにいたときと変わりなかった。
海を見て、イダフを想った。
いかん、一美がいるのだ、イダフのことは一旦置こう。
振り向くと、海からの強い風にあおられ、一美の髪がたなびく。
傾いた陽に映えて、とてもきれいだ。
反射的に俺は持っていたスマホを取り出し、一美を撮った。
「なんですか?いきなり」
不機嫌な口調で一美は俺に抗議した。一美は写真を撮られるのをかなり嫌がるほうだ。
「だって、とても綺麗だったから」
そう言い訳しながら、俺は撮ったばかりの写真を見せた。
「どうせ、変顔になったところを撮ったんでしょ…」
一美は今にも削除ボタンを押しそうだ。しかし、手を止めた。
「おっ、これが私!?、ハオウガくん、君、カメラマンの素質があるんじゃないかい?」
一美がおどけながらも俺の写真を褒めた。
「じゃあ、保存してもいいかな?」
自画自賛になるが、俺が撮った写真の中では最高の出来だ。
「いいよ、うん、これならいい」
一美は微笑んだ。
俺は写真をフォルダに保存した。
そして、これは俺が持っている一美の
たった一枚の写真になった。
俺たちは陽が沈むまで、他愛のない話をしながら、浜辺を歩いた。
「そろそろ、夕食の時間になるから、戻りましょう」
一美の言葉を合図に俺たちはホテルに戻った。
夕食はバイキング形式だった。俺は興味を持った食べ物を片端から皿に取って食べた。一美も物珍しいのか、色々と皿に盛っては食べていた。
日本には、ずい分とたくさんの種類の食べ物があるものだと感心した。
思えば二人で食べるのは、いつも一美の料理だった。
しかも今回は美味い不味いを遠慮なく口にできた。
一美の料理も味がイマイチな時はあったが、常にカロインが豊富なのだ。魔法を使う者にとってカロインの摂取は欠かせない。
なるほど、こういう味が好みなのですね、と一美は俺の論評をずっと聞いていた。ここで食べたものが一美の料理に反映されるのだろうか、そうなら、とても楽しみだ。
一美はアルコールも何杯か口にしたが、前みたいに限りなく飲むようなことはしなかった。
部屋に戻ると食べ過ぎた腹を休ませるべく、俺はダブルベッドに横になった。一美も腹が苦しいのか、同じように横になる。並んで横になるのではなく、俺と直角方向に横になった。
「うぇっ!」
俺のうめき声がもれる。
やっぱりだ、一美は頭を俺の腹にのせてきた。
「うん、いい枕です」
「一美さん苦しいです」
「いいじゃないですか」
そう言って寝返りをうつと、俺と視線が合った。
「お腹がキュルキュル鳴ってますよ」
「たくさん食べたから、仕方ないです」
「ちょっと休憩ですね」
「そうですね」
手を一美の頭に支えるように添える。
腹に感じる一美の感触と満腹感で俺はうたた寝を始めていた。
※へたれ・下手隷は「第42話 留守」が初出です。




