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第95話 出された難問

 秋のある日、井田会長の葬儀が行われた。


 実は、リダリ隊長は念願かなって9,000年前のイダフに帰還した。

 しかし、浮世の定めか儚さか、めでたしめでたしでは終わらない。

 日本では死んだことにしなくてはならないのだという。


 そのためにはリダリの遺体が必要となった。

 日本の医師にばれない水準の「遺体」を作らなくてはならない。


 当初、近村は魔法で簡単に作れると思ったらしい。

 しかし、造形魔法は俺も全然知らなかった。だって、前線の剣士が戦いで使う機会の無い魔法だからだ。主に工兵や芸術家が使う。

 畑違いの俺が一から覚えて、高水準のリダリフィギュアを作るにはあまりに時間が無かった。

 覚えたての造形魔法で出来たのは、微妙な等身大リダリフィギュアだった。俺の造形魔法の未熟さもあるが、作るのがリダリでは創作意欲が湧いてこないのも理由だった。


 となると手は一つしかない。


 死亡診断書を書く医師を「落とす」しかない。


 微妙な等身大リダリフィギュアを井田会長本人と医師に思い込んでもらうため、近くで幻覚魔法をかけ続けた。

 なんとか死亡診断書を書いてもらって終わったと思ったら、葬式に向けてそのフィギュアを作り直しまでさせられた。

 随分と近村にこき使われた気がするが、俺にしかできない仕事なのだから仕方ない。


 近村は魔法を万能だと思っているようだが、半分正しく半分間違っている。

 魔法は殆ど万能だが、使う魔法士によって得て不得手はある。

 全ての魔法を完全に使える魔法士はいないのだ。


 そうは言っても、俺もそこそこ優秀な魔法士でもある。

 近村の出してきた難問もだいたい解決できた。


 一週間、近村と葬儀の準備をして。少し近村との距離が縮まった気がした。どうやら、彼はいざという時のために、俺というカードを手元に置いておきたいようだ。


 基本的に俺はママナーナの配下にあたるのだが、別に近村と争う必要もない。うまくやれればいい。


 俺は葬儀には参加しなかった。

 そもそも本人は生きてイダフに帰ったのだ、葬儀などとんだ茶番である。確かに9000年後の今となっては、彼はもう死んでいるだろうが、あまり、死を悼む気持ちはない。


 それに井田会長の関係者や従業員が参加するとなると、俺の使っている日本名「五十川 護(いそかわ まもる)」は色々と不都合だ。五十川 護本人を知っている人間と会うかもしれない。危険は避けるべきだろう。



「いろいろとお疲れ様でした」


 夜、食卓で一美が労いの言葉をかけてくれた。俺は手元のスマホに葬儀が滞りなく終わった、との近村からの連絡を受け、これまでのことを話した。

 とはいえ、話はぼかしてある。偽の葬式だとは言わなかった。


「ところで、ハオウガさん」

 澄ました眼差しで俺を見つめる。


「はい、なんでしょう、一美さん」

 俺もあれから、一美をさん付けで呼ぶことが増えた。


 一美は何か話があるようだ。俺が怒るかもしれないと警戒しているようだ。

 厄介な難問でも出てくるのだろうか。


「秋ですね」


「はい、秋です」


 日本の秋は初めてだ。

 夏は入院していたので、あまり夏というものは体感できなかった。

 時折、涼しく心地よい風が吹くことがある。これが日本の秋だという。

 月見だんごは、よくテレビに出てくるので一度やってみたい。



「唐突ですが、二人で旅行に行きませんか?」


「………はい?」

 彼女の言うことを理解するのに、少し時間がかかった。


「実はペア旅行券が当たりました。変なところじゃありません、ちゃんとしたクレジットカード会社のキャンペーンに応募して当たったのです」


「はあ」

少し嬉しそうな顔をつくってみた。


「お金はほとんどかかりません。行きませんか?」


 否とは言えない迫力があった。


「はい、行きましょう。で、いつですか?」


「明日…」

 声がデクレッシェンドしていた。


「明日…って急すぎだろー」

 おもわず口調が荒くなる。


「すみません、いやですか?」

 一美は少し小さくなった。


「そんなことはありません。一美と旅行とはとても素敵な提案で楽しみです」


「でしょう」

 一美は明るく笑った。



――翌朝

 俺と一美はマンション奧欧を後にした。


 行き先は日本海側か太平洋側にある温泉付リゾートホテルだそうだ。日程は一泊二日だから、そんなに荷物は多くない。俺は「当たった」というのが引っかかって、武装を多めに持っていくことにした。


 一美には以前に渡した防具6つを全部身に付けてもらった。とは言っても日頃から付けてくれているようなので、取り立てていうことでもなかったようだ。


 二人で電車に乗る。

 途中、乗り換えを挟んで3時間で着いた。


 すぐにはホテルには向かわず、駅の近くの公園で紅葉をみた。

 紅葉を愛でる風習はイダフにはなかった。こうしてやってみると、緑から黄、そして赤への色合いは確かに美しい。


「綺麗ですね」


「うん、でも君のほうがずっと綺麗だ」


「はいはい、ありがとうございます」

 あっさり流されてしまった。


 正直いうと、かったるい行程だが、一美と一緒だと楽しかった。彼女のほがらかな優しさが俺をほっとさせるのだ。

 自分で言うのもなんだが、相思相愛に違いない。


 ただ、俺の「使命」は特定の恋人をつくることに対して相性がすこぶる悪い。

 俺も一美のことは好きだし、大切にしたい。例え納得していたとしても、子種を仕込んで、はいおしまい、とはしたくなかった。


 その一方で、どうにかなれば、どうにかなるさ、という気持ちもある。


 このことについては、流れや運命に任せるしかないと思っていたのだが、突然、旅行に行くことになった。つまり、これが流れであり、運命なのだろう。

 何かが、後押しをしているのだ。


 それに一美の運命を考えれば、早くしなければならないことでもあった。


 そして、二人で旅行だ。

 とうとう一美とそういうことになる日がきたのだ。


 そう思うと、リゾートホテルを前にして、身体が期待に膨らんできそうだった。

 一美はチェックインをしにフロントへ、俺はその間、ホテルのロビーでおとなしく待っていた。決して舞い上がってはいけない。


 手続きに手間取っているのか、一美は俺をみて手招きをする。


「ハオウガさん、お部屋どうしましょうか?シングル2つか、ツイン1つかを選ぶらしいんですけど…」


 一美が俺に難問を投げてきた。

※一美の6つの防具については「第58話 フレッチャ」が初出です。

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