第89話 一美のB面
「あら、一美さん、酒盛りですかあ。なんか飛ばした声が聞こえたので、やってきましたぁ」
いきなり入ってきたのは、七条だなえだった。
「そうよ、ダナちゃん、一緒に飲まない?」
気楽に応じる。朗らかで懐の広い一美というのもめずらしい。
「いいんですかあ、じゃあ頂きますね」
そう言うと冷蔵庫から2、3本持ってきた。
――誰がいつのまに酒なんか買っていたんだ?
だなえは床にあぐらをかくと、缶を開け半分くらい飲む。
そして、いきなり暴露話を始めた。
「そうそう、聞いてくださいよ、一美さん。さっき、こいつわたしの胸を見て揉んで吸ったんです」
とうとう、こいつになってしまった。
「えっ!」
みるみるうちに一美から怒りの表情が現れる。怒った顔も意外に美しい顔だ。
「それは同意の上ですか?」
「それは…」俺が言いかけると、「わたしが気を失っている時!」とだなえが割りこんだ。
「なんて、酷い」
一美は口を手に当てて、非難を口にした。
「いや、だって、そもそも、お前がいきなり襲ってきたんだろ!」
「えっ、ダナちゃん、まさか」
一美はあまり展開についていけてないようだ。
「たぶん、二人とも一服盛られたんだよ」
俺は種明かしをする。
「何を?」
「媚薬だよ、でなきゃ二人ともあんな行動取らないだろう?蒼が料理の手伝いをするときに何かしたんだよ」
「ああ」
一美もだなえも少しは納得したようだ。
「で、蒼って何者なの?一美さんが連れて来たんだよね」
「ミストスタッフよ、彼女は身体を張った大事な役目」
だなえが代わりに答えた。
「身体を張った?」
「いちいち聞き返すな、わかってるだろう、いやわかってないか、ミストスタッフはね、あんたとHするための要員だよ。なんか言い方が悪いな、正しくは結婚せずに子供を産むんだよ」
「日本にもあるのか?そんなのが」
「大昔にね、ちょんまげの時代に側室制度があったけどね、あんたの国にもあるの?」
「一部の階級にはある」
貴族はよほどの事情がない限り、子がいないことを許されない。例外はバルーラくらいだ。
「まあ、結婚しなくちゃ子供を産んじゃいけないって法律はないし、蒼さんも納得しているみたいだから、いいけどね」
「でどうだったんですか? 蒼さんの味は?」
一美の質問がくどいものになってきた。
「何もしてないよ」
「嘘、女性の臭いがするし…これ、ダナちゃんの臭い?」
そうに違いない。さっき欲情していたのは、だなえだった。
「そうなんですよ、一美さん。こいつが欲情してやってきて、僕をいきなり殴り、ベッドに押し倒したんです。危ういところでした」
「なっ何を」
だなえの顔が紅潮する。
「わたしのフックから逃げなかったじゃない。わざと避けなかったんでしょ?」
あの状況であのフックをかわせるやつがいるとは思えないが。
「つまり、同意ということですね…」
素晴らしい要約だ、そして全く正しくない。
「…そして、私は邪魔者なんですね…」
一美がしょんぼりとした様子で俺とだなえを見た。
「でも、最後まで見届けます。さあ、遠慮なくおはじめ下さい」
だなえが胡座をかいたまま、後ろにひっくり返ると、そのまま反動で元に戻る。
「何を見るんですか、見せません!そんなこと、そもそもしませんよ、そんなこと!」
だなえが全力で否定する。
そして、一美が俺を見て意地悪く笑った。
「ざんねんでしたね、ダナちゃんには振られましたあ、ハオウガくん、ザ!ン!ネ!ン!」
そういうと俺の首に手を回し、ソファに座る俺を引き倒した。
「はあ、かわいそうなハオウガくん、しょうがない、おねいさんが構ってあげよう」
ちょうど俺が膝枕をしてもらっている形になった。
「最初から、そのつもりなんでしょう。一美さん、お酒入ると面白いねえ」
だなえは楽しそうに笑う。
「よしよし、耳垢が溜まっているようだし、耳掃除をしてあげよう…」
俺は飛び起きた。
酔っ払いに耳掃除させるなんて、とんでもない。
「何よ、私の膝枕が嫌なの?」
いや、決してそんなことはない。一美の膝枕なら24時間365日歓迎だ。
だが、酔っ払いによる耳掃除は勘弁してほしい。
俺は一生懸命に説明して、一美様に耳掃除の辞退をご納得頂き、再び、一美様の膝枕の栄誉にあずかることになった。
――なんか疲れた
俺はまどろんでいた。やはり一美といると安心する。
やがて、一美とだなえのガールズトークが行われていた。なんとなく話が耳に入る。
「でもね、一美さん、本気なら熱海さんに言ったほうがいいですよ」
「そんなこと言えないわ、ハオウガと会えたのも、そもそも熱海さんのお陰だもの、あの人を裏切ることはできないわ」
「いくら特別な男の子でも、子供まで産もうって女性が何人もいるとは思えないんですよ」
「でも、熱海さんは本気だわ」
「そうなんですよ、この子にそこまで肩入れしてどうすんのって気はするけど、本気なのよねー」
「そうよね、男の子にとってはパラダイスだけど、一歩間違えたら性虐待になりかねない」
――ありがとう、心配してくれて、でも大丈夫なんだよ
「この子の遺伝子がよっぽどなんでしょうね。わたしはミストスタッフではないけど、実は言われているんです、出来るなら子種を採取してこいと」
「子種を…って誰に言われているの?」
「塾です。一回分で10万円出すって言われて、採取キットまで渡されました。身体能力があがるとか、魔法が使えるようになると思っている人がいるみたいで」
「塾…」
一美の口調から酔いが消えた。
俺の耳も少し立った。
【次回予告】
次話「第90話 塾」は、通常通り6月4日22時に掲載予定です。




