第84話 交代と復帰
「おはよう、護」
美歩の甘い言葉で目が覚める。この12日間続いた習慣化した目覚めの儀式だ。
だが、今朝はそれに続く言葉が違っていた。
「悪いけど出てってくれないかな、そろそろ出かけたいのよ」
時間もいつもより早い。美歩はといえば既に着替えており、髪も後ろにきちんと留めている。
――そうか、東京か
真々七会の本部に行くと美歩は言っていた。
1回増えた最後の夜だったが、あの激しさは夢だったのかと思うほど、美歩の関心は身支度に向けられていた。表情も少し緊張している。
「じゃあね、護、夜には三矢島さんが帰ってくるはずだから」
美歩の素っ気なさに少し寂しさを感じながら、俺は美歩の部屋を後にした。階段を上ると、上から誰かが降りてきた。
七条 だなえ だった。
「おはようございます」
だなえは朝のランニングにでも行くような服装だった。これからさわやかな汗を流すのだろう。その一方、こちらはまだ夜の匂いを引きずっている。明るい挨拶に俺は気恥ずかしさを感じた。
だなえは、淡々とすれ違いながら聞いた。
「今日も昼過ぎからでいいですか?」
「うん、お願いします」
昨日に続いて、練習の約束をする。
俺は自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れこんで眠った。
インターフォンが鳴った。
――誰だよこんな時間に
寝た途端に鳴った気がしたが、時計を見ると11時だった。
はっきりしない頭で、玄関のドアを開けると、誰かが飛びついてきた。
「ハオウガさん!」
一美だった。
「ああ、久しぶり、元気だった?」
俺の顔が思わずほころぶ。
「ハオウガさんこそ。襲撃されたって聞きました。また、あんなことが起こったんじゃないかって、本当に心配しました」
一美は涙ぐんでいた。こんなに想ってくれていることに、俺ももらい泣きする。
「なんで、ハオウガさんまで泣くんです?」
しかし、襲われたって何のことだ?
そして、あることに気づいて、涙は止まり、冷や汗が流れてきた。
――あのことだ
手違いで戦闘小隊の3人を手違いで病院送りにしたことだ。その中には一美の妹の三矢島 千理も含まれる。速さが一流だったこともあり、右腕を斬り落とす重傷を負わせている。
エンジェルスタッフによると、後遺症もなく元に戻るそうだが、それでも一美に恨まれることも覚悟していた。
「でも、妹たちが仕事をしたようで良かったです」
「え、う…うん、でも妹さん怪我を…」
「いいんです。それが仕事ですから」
その言い方になにかしらの冷たさを感じる。やはり、この姉妹何かある。
俺は一美が帰ってきたら、何があったのかを正直に話すべきだと思っていた。
俺は一美に誠実であるべきだからだ。
だが、この事例では、正直に話すのが最善策とは思えなくなっていた。真実よりも軟着陸、円満解決を優先なんて、まさに日本人文化に毒されてきた気がするが、当の三矢島 千理本人が「言わないでくれ」と言っていた。
おそらくは「俺が何者かに襲われて、それを3人が守って負傷した」という話になっているのだろう。
ここは「被害者」である三矢島 千理の心情を優先して、話を合わせることにした。
「長いことを不在にしていましたけど、今日からは復帰します。先手さんが抜けた分も、お世話させていただきますから」
一美は、ふん、と鼻を鳴らし、細い腕に力こぶを作ってみせた。
――美歩の分までって
この12日間、どのような関係にあったのか、一美は知らないのだろう。
俺は一美に誠実であるべきだが、わざわざ言わないでいいことは言わないでおく。
「じゃあ、19時頃にはお夕食作っておきますから」
東京から帰ってきたばかりで疲れているはすなのにありがたい。楽しみだ。
――14時30分
倉庫で俺とだなえは撃ち合っていた。これまた、最初の一本は取れたものの、それ以降の8本は取れないまま、10本目になった。
「では、参る」
俺の声に応じて、だなえが構える。
蓮華流剣では、力と速さが肝要である。だから一本目は取れる。しかし、だなえは同じ太刀筋で俺が次の一本を取ることを許さなかった。
じゃあ、太刀筋を変えればいいのでは?
それなら取れるかもしれないが、せっかくの練習だ。同じ太刀筋で力と速さを磨き上げて行きたい。
そして、10本目もだなえには通じなかった。
おれは9個目の青あざを脇腹に作ると、一礼して、練習を終えた。
「ありがとうございました」
だなえも大きく息を吐いた。
帰りは、練習の感想とかを話し合いながら歩く。
「同じ太刀筋とわかっていても、むずかしいです。早いし重いし」
「でも、全部返された」
「まあなんと言うか、1歳分だけは強いですから」
どうやら、わたしの方が強いという主張は外さないようだ。そこで大事な質問をする。
「真剣を使ったことは?」
「あります。幸子さんの護衛ですから」
幸子さん?一瞬誰のことかわからなくなる。
熱海 幸子、ママナーナのことだとわかるのに2秒かかった。
「真剣でないと勝てないですよね。あーゆーのには」
「あーゆーの?」
「魔族ですよ」
「戦ったことが?」
「もちろんありますよ、ハ…五十川さんほど激しくはないですけど」
「武器は何を?」
「持っていますけど、五十川さんのが欲しいです」
「激しい…欲しい…何の話ですか?」
不意に割り込んだ声に気づくと、すぐ後ろに大きなエコバッグを抱えた女性がいた。
買い物帰りの一美だった。知らない女性を一人連れている。
一美から不穏な空気が漂っていた。




