第83話 消費と補充
左肩のストラップを外すと布地と肌のあいだにわずかな隙間ができた。手を差し入れるにはちょうどいい。
俺は手をのばし、
のばしかけて、のばしかけて…止めた。
俺は、誘惑を振り切り、欲望を断って、立ち上がる。
それと同時に、七条 だなえ が目を開けた。俺がいることに気づいたようだが、驚く様子は見せなかった。
――危なかった
「勝手に上がってすまない。あれから全然戻ってこなかったから」
俺の声は弁解一色だった。
「……ああ、こちらこそすみません。なんか横になれるなあと思ってたら寝てましたぁ」
下着姿を見られているのに悲鳴をあげたりすることもない。平然とした態度だ。他の女とは感覚が違うのかも知れない。
だなえは起きて床にあぐらをかいた。下はショーツ一枚だがそれも気にならないようだ。
髪をかきあげ、寝ぼけた様子で俺を見上げる。
左肩のストラップは外れたままだが、見えそうで見えない。妖気すら伴う色気を発していた。
「もしかして、寝ているわたしに欲情してました?」
だなえは、昨日寝たの何時?と聞くくらいのあっけらかんとした表情だった。そこには責める様子は微塵もない。
「いや、あの、その」
俺の発声器官が一時的に不自由になる。
「んなわけないか、ははっ」
そう言いながら、だなえは両手の指を組むと上にあげて伸びをした。俺の目は彼女の右腋、左腋の順に焦点を合わせた。
「あはっ、皮膚が弱いから、あまり腋の下のお手入れはしてないの。必要ないことだしね」
左肩のストラップが外れたままに立ち上がると、だなえは言った。
「じゃあ、する?」
――30分後
俺とだなえは倉庫で木剣を持って向かい合っていた。
――日本人の、しかも若い女でこんなに強い奴がいるのか
俺の身体は彼女の剣の腕を思い知らされていた。
真剣でないからというのは言い訳だ。最初に一本取ったが、残り九本は全部取られた。
「ありがとうございました」
優雅な一礼で練習を終えた。
おもしろい、俺は負けたことが嬉しかった。
日本に来てから一人で素振りばかりしてきて、誰かと撃ち合って練習することがなかった。だなえは欠かせない練習相手だ。
――その夜
「ふーん、よかったね。練習相手ができて。身体のあちこちに青あざがあるのはそういうことか。せっかく、クリームのお陰で傷痕も目立たなくなったのに」
「クリームだけじゃないだろ、美歩の腕だよ」
「ありがと、でも、クリームは今日で最後ね、使いきっちゃった」
夜、美歩のマッサージを受けながら、今日のことを話す。
話題はだなえの事が中心になるが、寝ているところを襲いかけたことは、当然、話さないで伏せておく。
「で、そのダナちゃんはどうしてるの?」
「いや、そこまでは干渉していない、勝手にやってるんじゃないか?」
「呼んできなさい!」
美歩に一喝された。
見知らぬ土地に来た人には手厚くするべきと懇々と諭された。
それはその通りだ。俺自身、経験したくせに忘れていた。
リダリ隊長やママナーナに助けられての今だ。それを忘れていた。
――20分後
だなえと俺と美歩の三人は大きく盛られたざる蕎麦をすすっていた。
「ら!美味しいです」
だなえは麺つゆにこれでもかと生姜をいれていた。
「ら、おいしいって、どこの言葉?」
「わたし語です!(キリッ)」
自分でキリッと擬音を挟んでいた。
美歩には大いにウケた。
「そうか、そうか、あの時の娘かあ」
「そうです、あれから〇〇さんと□□さんが抜けたので、護衛になりました」
どうやら面識はあったようだ。
「ずいぶんと色っぽくなったね、もしかしてMSもやるの?」
「いえ、それは未成年なので外れています。してもいいとは言われていますけど、わたしなんか、まだまだですっ。下着姿で寝ていたのに、五十川さんには結局何もされませんでしたからっ」
だなえの頬が少し赤い。
「そう、でも結局ってことは途中まではあったの?」
「いや~見られているなぁとは思ったんですけど、それだけでした」
「それだけ?護が見るだけとは思えないんだけど」
美歩の疑惑に満ちた視線が俺に突き刺さった。
「先手さんはその先があったんですかっ?」
だなえが身を乗り出して聞いてくる。
「私のメインはバックスタッフだから、MSはやらないわ」
「MSの人達は週末には来るそうです」
「そう」
多分、業務上の会話だろうが、俺にはなんのことかさっぱりわからなかった。
美歩の作ったざる蕎麦はカロインも十分で、かつおだしが効いた麺つゆもうまい。
――そして、2時間後
「護!どうせ、あんたのことだから、ダナちゃんをイヤラシイ目で見てたんでしょう、シカンもしてたに違いないわ、裏であたしのことを、年増といってバカにするんでしょ!!」
美歩が上から嗜虐的な言葉で、俺をせめている。
ちなみに内容の後半は事実とは異なる。見当違いもいいところだ。
だが、言葉の内容とは裏腹に、美歩は楽しそうにも見えた。
「しばらくできないから、今夜はあたしの好きなようにするからね」
「なんで、しばらく、できな…」尋ねかけた途端、美歩は俺の頬を叩いた。
「ウルサイっ、バカっ」何故だか半泣きだった。
確かに今までとは違っている。
いつもより疲れた一日だったが、夜はまだ終わりそうになかった。




