第7話 種
――遅い
俺は少しばかり苛立っていた。種が効いてこない。
普通なら四半刻で種は効いてくるが、頭の中に刺さるような、あの感覚が来ない。
今回使った種は、
・言葉の種:3粒
・地図の種:1粒
・知識の種:1粒
全て専用種で、リダリ隊長が準備してくれていたものだ。だから効かないということはないはずだ。もしかしたら専用種は効き方が違うかもしれない。
俺自身、使ったことがあるのは汎用種ばかりで、専用種を使ったことはないから、専用種が効くまでにどれくらい掛かるのはわからない。
更衣室でいつまでも待っていても仕方がない。本当ならこの勢いのまま、出発したかったが、種が効かないままでは出て行っても無駄だ。
「制御体」
《はい、ハオウガさん》
「食事を取りたい」
考えてみれば、9000年も飲まず食わずのはずだから、今のうちに食べておこう。
《了解しました。食事はどこで取りますか?》
ここで食べてもいいが、更衣室で自分の姿を鏡で見ながら食事したくはない。
「食堂は使えるのか」
《使用可能です》
「では、食堂で食べるよ」
《では、準備します。食堂の場所はわかりますか?》
「第2艦橋の下でよかったよな」
《はい、合っています》
俺は食堂へ向かう。真っ直ぐ行けるほど艦に詳しくはないが、第2艦橋の位置はわかる。一旦、第2艦橋に行ってから、1階分降りることにする。
艦内の照明は薄暗いが歩くのに不便なほどではない。
歩いていて、俺はまた大事なことを思い出した。どうやら俺は聞き忘れていることが多い。
「制御体」
《はい、ハオウガさん》
「今、この艦には何人乗っているんだ」
《乗組員はいません。乗員は二名で、一人はハオウガさんですが、もう一人は未登録です。リダリ隊長からの申告により、ハコネ=ヤマイダフで仮登録しています》
「なぜ、乗組員はいないんだ」
《記録がありません》
まただよ、俺は悪態をつきそうになったが、制御体は説明を続けた。
《イダフ暦629年4月7日に総員退艦の上、乗組員名簿から全員削除されました。それ以降、乗組員に関する記録の更新はありません》
「退艦した理由は」
《記録がありません》
――まあ、いい。細かいことはリダリ隊長に聞こう。
第2艦橋の前まで来た、せっかくなので中に入ってみる。
制御体の言った通り、第2艦橋には誰もいない。
人の匂いを含まない、ただ乾いただけの空気の匂いを俺は嗅いだ。
無人の艦橋には、腰ほどの高さの立方体が10個程並んでいる。俺には立方体に切り出した石が置かれているようにしか見えないが、この船の乗組員には操作盤が見える仕組みになっている。
俺が使えるのは右側にある記録台と観測台だけのようだ。この二つは俺にも操作盤が見えている。
艦橋の窓は鎧戸で閉ざされており、外の様子はわからないが、この艦が地中に埋まっていることは、なんとなくわかった。
俺は第2艦橋を出て、食堂へ下りた。
やはり、食堂にも誰もいない。
思ったよりも食堂は広かった。
作戦前にここで何度か食事をしたが、いつも混んでいて、席を取るのに時間がかかり、座ってからも隣と肩をぶつけながら急いで食べていた。ママナーナやハコネに聞いてみたが、彼女達も同じように困っていたらしい。
それを聞いたリダリ隊長は、食事はなるべく隊でまとまって食べることに決めた。そして、どんなに混んでいても、リダリ隊長は四人分の席を確保していた。あれもまた隊長の素晴らしい能力だろう。
今はそういうことを気にしなくていい。俺は供給台から箱盆を取り、適当な席に座る。
箱盆の蓋を開けたら、昨日と同じ献立だった。
――昨日の残りじゃないよな
それでも食べ物を見ると食欲がわく、やはり空腹だったのだ。
慌てる理由はないのに、俺ときたらあっという間に食べ終えてしまった。少し惜しいことをした気になりながら、返却台に箱盆を返すと、食堂を後にした。
更衣室に戻ろうと、歩き出した途端、それは来た。
頭の中に刺すような感覚があった。種が着床したようだ。
――あ、来たな。
そう思った途端、まず、言葉が一気に頭の中に入ってきた。
――なんだこれは?
俺の頭の中で異国の文字が乱舞していた。
――日本語、漢字、ひらがな
言葉についての情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。文字の種類が多いようだ。
――カタカナ、外来語
二つ目の種からの情報だ。一つの種では入りきらないということだ
俺の頭の中で、何か弾けるような音がした。いっぺんに流入した大量の情報が、俺の頭を風船のように破裂させた音だ、そう思った。
途端、視界が真っ暗になった。俺は立っていられず、その場で腰を下ろした。嘔吐や頭痛の症状は無いが、自分の脳が、自分の想いとは切り離され、他人の思惑の下、活動している気になった。
――これ、昨日も同じことあったよな
俺は薄れていく意識の中でそう思った。
が、意識は消失しなかった。頭には情報が流入し続けている。
剣の修業をしていたときを思いだした。こんな風だった。厳しい練習で、意識はどこかへ飛んでいるが、素振りは延々と続けている、そんな状態だ。
まだ、種は2粒目だ。まだ3粒残っている。
――俺の身体、いや脳か、大丈夫だろうか
もう、俺の脳は種からの情報を受け止めるので手一杯となったのか、身体を動かす余力はないようだ。五感も停止させたのだろうか、何も見えず、何も聞こえない。
多分、俺の身体は廊下に倒れているのだろう。
それは許すから、俺の心臓や肺は一瞬たりとも止めずに、動かしたままでいてくれと頼むことしかできなかった。
どれくらい時間がたったのだろうか、気づくとそれは終わっていた。