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第75話 人間としての尊厳とママナーナの狂気

 一美の追求は一直線だった。それだけに防ぎようがない。


 幸いにも狙いすましたように携帯電話がなった。

「はい、三矢島です………はい、おられます」


 その固い口調で誰からの電話かわかった。


――ママナーナだ

 一美から携帯電話を受け取る。


『五十川さん、話の続きをしたいんだけど、20時過ぎでもよろしいかしら?』


 お互い、側に聞き耳があるのはわかっていた。


「それではお迎えに上がります」


『じゃあ、それで』


 その夜、俺はママナーナを飛行車の後ろに乗せ、京都へ向かっていた。

 一美には話が全部終わってから話す、の一点張りで逃げた。


「やっぱり狭いわね」


 そういいながら、ママナーナの身体が後ろから遠慮なく押し付けられる。

 二ヶ月前に一美を乗せたが、彼女はあれでも身体が密着しないように、気を遣っていたのだとわかる。

 久しぶりの操縦でどうなることかと思ったが杞憂だった。一回やったことがあるからか、飛行車を使って、階段を降りるのも問題なくできた。勘は鈍っていない。


《おかえりなさいませ、ハオウガさん…》

 制御体の反応に少し間があった。

《…おかえりなさいませ、ママナーナさん》


[うわぁぁぁ、メノトリーだ。久しぶりぃぃぃ]

 ママナーナはイダフ語の歓声をあげた。

 懐かしそうに久しぶりの館内を歩き……回れなかった。


[もう足腰が弱ったわ、どこか座りましょう]


 やはり行くのは、第二艦橋下の食堂だ。

 ガナーツとお茶に懐かしいと言いながら、話の続きをはじめた。


[どこまで話したかしら]


[一美を助けるのに、俺は何をすればいいのかって話]

 俺もイダフ語で話す。やはり、イダフ語だと気持ちの入り方が違う。


[さっき、言ったでしょう。種を撒けって]


[でも、結婚は難しいって言ったら、笑ったじゃないか]


[あなたに結婚は無理よ、彼女たちの生活は会で面倒みます。というか結婚はダメよ]


[ダメって?]


[私がそれで失敗したからよ]


――失敗

 ママナーナの結婚生活は失敗だったのだろうか。


[そっちの失敗じゃないわよ]


 ママナーナによれば、結婚してからも1,2年男性にモテた時期が続き、交際や求婚を申し込まれたそうだ。しかし、そこに問題があったという。


 男性の立場になってみる。

 彼の中にある感覚(センス)がようやく見つけたイダフの貴族女性、しかし、彼女には既に夫がいた。

 男たちはどうなったか、自棄になって自傷行為や犯罪行為など走るもの、中には魔族になってしまったものさえいたという。


[そこにね、既婚者とは結婚できないという日本人の常識に嵌っているのよ。ハオ君、彼女たちを魔族にしたいの?]


 一美や美歩が魔族になるのは避けたいことだ。

 だが、言ってしまえば、たかが失恋だ。そんなに堕ちるものだろうか。


[その点、男はいいよねー。

 私も子宮がもう2つあれば、イダフの血をもう少し増やせたんだけどね。

 これはとんでもなく長い年月がかかることだけど、イダフの血が日本に増えていけば、その子孫たちから有能な魔法士が出てきて、子孫たちが助けに来てくれるんじゃないかって夢があるのよ]


 時間遡行魔法にかかる彼女の夢というか思惑を聞いた。

 1. 俺がイダフ人の子種を広く撒き、俺の子孫を増やす

 2. 彼らの中から有能な魔法士が現れ、ン・メノトリーにたどり着く

 3. 子孫はママナーナの伝言を発見

 4. 子孫は時間遡行魔法を使い、故郷であるイダフへ向かう

 5. その途中、子孫たちはママナーナを拾ってイダフに帰る


 もし、そんなことができるなら、とっくに帰っているはずだと言うと、時間学概論を読めと反論された。

 ママナーナはここにいる時間が俺よりずっと長く、その間、本を読み続けて、かなりの読書家になったそうだ。


[じゃあ、何か持って帰る?]

 いくら読書家でもン・メノトリーの蔵書を全部読むことは不可能だ。まだ、読みたいものもあるだろう。


[特に無いわ、前に来たので最後にするつもりだったから。ハオ君こそ、転生学概論は写しておきなさいよ、あと時間学もね]


[わかった]


[で、どの順番にするの?

 最初は三矢島でいいのよね、あの子もあと三年くらいだし、ハオ君も一番気に入っているもんね。でも、残り時間で考えると、先手 美歩(せんて みほ)を先にして欲しいかな。先手とは、裸の付き合いなんでしょう?]


 マッサージのときに裸にはなるが、それは俺だけで、美歩は着衣したままだ。


 俺はママナーナの神経が分からなかった。

 まるで女衒の言い草である。

 イダフの血統を広げていくのは崇高な仕事のはずだ。たとえ、やることが結局同じであっても、もう少し、言い方というものがある。


[なあ、ママナーナ、さっきから、彼女たちをモノみたいに扱ってはいないか?]


 俺の質問が意表を突いたのか、ママナーナは口を尖らせた。


[ねえ、ハオウガ、あなた人間は皆平等だと思っているクチ?]


[いや、そういうことを言いたいわけじゃない]


[そうよね、人間は法の前には平等だというけれど、人の前では平等ではないし、法の解釈だって、全ての人に平等というわけではない。

 この世には指導者が導かなければ、悪い方向に進んでしまう人がいる。

 だから、私が導くの。

 彼女たちは成人だ、だから、彼女たちの意思を尊重するべきだという人もいる。

 けれども、不幸になるのがわかっていながら、手を出さないでいるのは、悪だと思う。

 まして、変える方法も力もあるなら、やらないわけにはいかないわ。

 そのためなら、日本の法律なんて糞食らえよ。

 もし、それで日本人が罪を問うというのなら、全ての責任は私が負うわ。

 たとえ本人の判断であっても、それが間違いであれば、私は尊重しない、

 彼女たちの人間としての尊厳を踏みにじってでも、彼女たちを助けてみせる。

 だから、ハオウガ、私に力を貸して]


 ママナーナはこの40年間、日本で何を見てきたのだろう。

 ここまで決意を固めるに至ったものはなんだろう。

 ある種の狂気を感じた。


[ママナーナ、そこまで言うのなら協力する。でも、一つだけ条件がある]


[何かしら? 言ってみて]


 少し口ごもりながら言った。

[実は、俺、まだマビルなんだ]


――マビル

 俺は決めた。心の奥から浮かび上がってきた何かと折り合いをつける必要があった。

 人間としての尊厳を踏みにじるのは俺のほうかも知れない。


[そ、そうなの、そうなんだ、で、で、な、何?]

 俺の真意がわかったのか、ママナーナが少しうろたえた。

 俺はママナーナの手を強く握った。

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