第74話 入会理由(一美の独白)
私の名前は三矢島 一美、24歳。
出身は、広島市の白島だ。他県の友達には、ひろしまのしろしまのみやじまと一度は呼ばれる。
ちなみに、正しくは白島だ。
テーブルの向かいに座っているのは、ハオウガ=マイダフさん、17歳。
とある国の出身だそうだが、日本語がとても上手だ。
二ヶ月前にショッピングモールの駐車場であった爆発事故に巻き込まれて、重傷を負ったが無事退院して、最高に美味しい!と言いながら、私の作ったプリンを食べている。
これは、会のエンジェルチームの力によるものだ。普通なら何年も入院するような大怪我を二ヶ月で治してしまった。
これはあなたの功績でもあるのよと冴子さんは言ってくれたが、私のしたことといえば、血だらけになったハオウガさんを前にして泣きすがったことくらいだ。さぞかし、チームの治療の邪魔だったに違いない。
さて、テーブルの向かい側にはハオウガさんが私の答えを待っている。
質問したのは私なのだが、逆質問されて私が答えるはめになっていた。ハオウガさんの国では、質問に質問で返すのは普通のことなのだろうか?
――私が入会した理由
それは学生時代まで遡る。
私は横浜の大学に通い、東京で就職した。就職先は東京都港区に本社のある有名な会社だ。
品川駅を降りてから、会社まで傘をささずに出勤できる生活は、なんとなく華やかなものであり、多くの女性が憧れるものだろう。
しかし、無理だった。
私はそこで3ヶ月と持たなかった。
会社でセクハラやパワハラがあったわけではない。
理由は、何かが違っていた、からだった。
私の言葉や行動に帰ってくる反応に何か異質なものを感じた。
生き辛い、と感じた。
会社にいると、呼吸がうまくできない状態になってきた。
気にしすぎといわれても、私の仕事の結果、何か悪いことが起こるのではないかと思うと、夜に寝られないこともあった。
新入社員にそんなに影響の大きい仕事を任せる訳はないのだが、私は常に大きなプレッシャーをかけられている気がした。
そんな日が何日か続いた後、私は会社からの電話で目が覚めた。
午前11時を回っていた。
電話で激しい叱責を受けた、今思えば当たり前のことだ。
新入社員が大事な会議を寝坊したのだ。経験を積ませてやろうと考えた上司や先輩からすれば怒って当然だろう。
結局、私はそれがきっかけで会社を辞めた。
知人や友人はみな私を非難した。
誰かに相談する度に、何を甘ったれたことをと、叱られたり、呆れられたりした。
私は誰かに相談するのをやめた。
親に辞めたことはとても言えなかった。
だから私はお弁当を作り、会社へ行くふりをしていた。
会社のある港区までは行かず、何駅か手前の駅でおり、コンビニのイートインか公園でお弁当を食べて、19時頃家に帰る生活を続けていた。
もちろん、次の仕事やアルバイトは探した。
しかし、必ず聞かれる質問がある「どうして前の会社を辞めたの?」
私にとっては恐怖の質問だった。だんだん、就職活動ができなくなった。
そんな生活が長続きするはずはない。
学生の頃から無駄遣いはせず貯金もあったが、もう、翌月の家賃が払えない。
外で食べるのも最後だ。
そう思って公園でお弁当を食べていたら、あの人が話しかけてきた。
「失礼、あなたの食べているお弁当、とても、美味しそうね、おひとつ頂いても良いかしら?」
普段なら断るか、そそくさと逃げるところだが、その人の放つ雰囲気が私を逃さなかった。
彼女はミニトマトを1つつまむと名刺を渡して去っていった。その先に停めてあった運転手付きの車に乗り込むと、私に軽く手を振った。
“真々七会 代表 熱海 幸子”
翌日、名刺にある住所を訪ねた。
熱海さんは不在とのことで、代わりに出てきたのは、井洲さんという女性だった。
見るからにバリバリのキャリアウーマンだが、なんでこんな会で働いているのだろうと思った。
簡単な質問をされた後、会員として入会するか、職員として働くかを選べと言われて、私は職員を選び、その場で就職が決まった。
会では井洲さんの下で事務仕事をした。
井洲さんはとんでもなく厳しく、仕事もキツかったが、前の会社で感じた異質なものは一切なかった。失敗は多く、一日に一回は井洲さんに怒られたが、苦痛はなかった。
ベストではないが、ベターな場所を見つけたと思った。
熱海さんは会の代表であり、雲の上の人だった。
でも、昭和と平成と近未来が同居した豪放磊落な人でもあった。
会のみんなが彼女を尊敬していた。
私も熱海さんを尊敬した。
財界の著名人や有名なアスリートが謝礼を払って、熱海さんに会いにきていた。
「熱海代表の10分間は100万円なのよ、時間を無駄にしないで」と井洲さんには何度も何度も言われた。
だから、私なんかが直接話をするなんてとんでもないことだと思い知った。
そうやって、半年ほど経った頃、私は熱海さんに呼ばれた。
10分100万円の相手に何を言われるのか、どきどきしながら、熱海さんの部屋に入った。
『どうしてもあなたにやって欲しい仕事があるの』
「なんでもやります」と引き受けた。
仕事の内容は、大阪に行き、ある男性のお世話をしろ、というものだった。
熱海さんにとっても、会にとっても、最重要人物らしい。
期限は当面設けないというので、それなりの覚悟がいった。
私だけでなく、他の二人による三人体制で臨む。
私の主な仕事は食事当番だ。
古いレシピを渡されて、これを作れるようになっておいてと言われた。
横浜の家を引き払い、大阪に引っ越すとき、熱海さんが声をかけてきた。
『彼は少しエッチなところがあるけど我慢してね』
――そういうお世話もしなくてはならないのか
あの給料だ、食事を一日一食作るだけで済むはずはない。別の種類のお世話があっても仕方ないのか、と思った。
熱海さんが最重要人物だというのだ。多少のことには目をつぶる覚悟をした。
自分でもこんな風な割り切った考えに及ぶとは意外だった。
既に連絡はついているというので、私は決まった時間に食事を作って、待った。
17時から22時の間に来るという。
万一に備えて、シャワーも浴び、下着も着替えた。
しかし、五十川さんは三週間一度も来なかった。
肩透かしもいいところだった。
それでも、私は菅さんや先手さんと当番を決め、カレンダーをポストに入れた。
夜中に自分が用意した食事を自分一人で食べるのは虚しかった。
せっかく、大阪まで来たのに。
他の二人も呆れていた。一度こちらから訪ねてみようか、と菅さんはいったが、
万一、失礼があったら、熱海さんに迷惑がかかる、ということでやめた。
我慢して続けることにしたが、辞めたくなってもいた。
そして、雨の日にポストで衝撃的な光景を見た。
男の子がポストを開け、カレンダーを取り出していた。私よりずっと年下なのは明らかだ。
そこで思わず声をかけた。
……「それからのことは、知っていますよね?」
一美は人差し指を立てて話を終えた。
「要するに、熱海さんにスカウトされたんです、で、ハオウガさんは何を話したんですか?」
質問に質問で返したら、ちゃんと答えられてしまった。
今度は俺が答える番だ。




