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第71話 彼女たちの行く末

「イダフ人の血を増やすって、どういう意味…」

 俺にはその意味が理解できなかった。


「ハオ君、何をいっているの?」

 困った子供だと言わんばかりな態度だ。

「あなた、イダフの貴族でしょう、意味がわからないということはないはずよ」

 彼女の言う意味が少し見えてきた。


「それって…」

 子種のことだ。

 俺は既にわかっていた。理由は簡単だ、俺の父親もそうだったからだ。


「察してくれたようね。彼女たちに子種を配ってほしいの」

 まるでチラシでも配るような言い方だった。イダフでは確かにそういう因習はあった。妻に子供ができない場合、側室を据えて世継ぎを設ける。俺の兄はそうして産まれた。


「でも、時期については彼女達にも人生設計というか都合があるから、そこは意思を尊重してあげてね」


「ははっ」

 俺は苦笑した。


 ママナーナは日本社会にイダフの因習を導入するつもりらしい。

 一人の男子(おのこ)としては魅力的な提案だが日本では無理筋だ。

 日本は後退世界にありがちな一夫一妻制を唯一の価値観としている。それでいて、少子化問題だと騒いでいるのだから、矛盾も甚だしい。


「なあ、ママナーナさん」

 俺はもうろくした婆さんに言い聞かせるように言った。

「良し悪しは別にして、日本は一夫一妻制なんだよ。40年も日本にいるなら、それくらい知ってるでしょう」

 俺はあきれるしかなかった。あきれた口調に、あきれた視線を添えた。


 しかし、ママナーナは齢58歳にふさわしい女傑の態度で打ち返してきた。


「なぜ、ハオ君が日本の法律や習慣に従わなきゃいけないの?」


 ある意味、正論ではある。イダフ人である俺が日本の法律や習慣に従う必要はない。


「俺はそれでもいいかもしれないよ、でも、彼女たちはみな日本人だ。俺がそんなことをすれば、彼女たちが不幸になる」

 一美のことが俺の脳裏に浮かんでいた。

 彼女を不幸にするわけにはいかない。


「不幸にはならないわ」

 ママナーナは言い切った。


「だって、彼女たちはイダフ人だもの」


 ママナーナは呆け始めたに違いない。

 ン・メノトリーで俺は確認している。一美は日本人だ。

 イダフ人向けの治療研究への協力を強いられて、ミイラになりかけた危ういことがあったくらいだ。イダフ人であるはずはない。


「うそつけ、イダフ人は俺たち三人以外にはいないはずだ」

 あえて、嘘つきという強い言葉で否定してみる。


 しかし、ママナーナは余裕の表情だった。

「そのとおり、彼女たちは日本人よ、肉体はね」


 ママナーナはコーヒーに口をつけた。

「でも彼女たちの前世はイダフ人よ。転生して日本人として生まれているの、何となく知っていたでしょう?」


「どうしてそんなことがわかるんだ」


「ハオ君、転生学概論くらいは読んだでしょう?もしかして読んでいないの?」

 転生学概論は貴族にのみ公開される知識であり、貴族が学ぶべき知識なのに学んでいないかと、ママナーナの口調に非難が混じっていた。


――ン・メノトリーで蔵書を調べたときに転生学概論はオススメされた気がする


「そうね、ハオ君にとって一番関心の高い相手、三矢島 一美を例に挙げてみようか」

 ママナーナは息子の恋愛を見守るような母親のような口調になる。


「彼女は前々世がイダフ人だった」


 前前前世じゃないわよといって、ママナーナは少し笑った。何かの冗談を言ったようだが、何のことかわからなかった。


「彼女はあなたが何もしなければ、三年後には死ぬわ」


 一美が死ぬ。

 その言葉は俺を恐怖させる十分な力があった。ザミダフ緑黄病のことはまだ記憶に新しい。


「留学先なのか、赴任先になるかは分からないけど、彼女は27か28歳のときに住む場所に大きな変化が起こる。そして、そこで知り合った男性に凌辱されて殺されるわ」

 ママナーナは見てきたように悲しげに言った。


「なんで、そんなことが…」


「言えるのかって?過去2回の人生がそういう終わりかたをしていてね。筋道ができてしまっているのよ」

 俺の顔は青ざめていたかもしれない。

 ママナーナが嘘を言っていないことが直感的に理解できたからだ。


「他の娘たちもそうだけど、彼女たちの人生における動きはね」

 ママナーナは三本、指をたてて説明を始めた。


  1.今の環境にどうしても馴染めない

  2.環境を大きく変える

  3.そこで不幸な出会いと不幸な出来事が起こる

  残りの人生はその不幸な出来事に支配される。


「そんなばかなっ」

 俺は声を荒げていた。

 一美がそんな死に方をする未来など認められない。

 ドアの向こうから「筆頭」秘書が何事かとこちらの様子を伺ってきた。ママナーナは大丈夫と手で合図すると、「筆頭」秘書は姿を消した。


「そんな、そんなことあるはずがない」

 俺の口内が乾いていて、うまく声が出なかった。


「転生学を知らないから言えるのよ、私はそれを学んで実際に見たからわかる。今のままなら三矢島は三年以内には死ぬわ。少し厳しい言い方をするなら、そうなるように彼女は人生の選択を積み重ねていく」


「でも、きっかけがあれば、彼女たちの運命は大きく変わる。そのきっかけはイダフ人である私とハオ君が作っていくの」


――待ってほしい

 俺は話について行けなくなっていた。


「俺だって日本では居心地の悪さを感じているよ」


「ハオ君、あなたは居心地が悪い原因がわかっている。でも、彼女たちはね、自分が日本人だと思っている。でも、心の奥にイダフ人としての感覚(センス)が残っている。それが行動や考え方に出てしまう。だから、どうしても日本社会に溶け込めないの」


「そんなことが本当にあるとは信じられないよ」


「あなたがそんなこと言ってどうするのよ。あなた、魔族と戦ったでしょう?

魔族覚醒する日本人がいるのだから、イダフ人として覚醒する日本人がいても不思議はないでしょう」


 俺は言い返すことができなかった。

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