第70話 40年間の距離
――まただ、なんで、イダフ語で話せないんだ
相当不機嫌な顔をしていたのだろう。おどけたようなママナーナの表情が凝固した。
「もしかして、これもリダリから聞いてない?」
日本語など使いたくない。だから、日本語で話しかけられても無視したかったが、そこまでやるのは意固地になりすぎている。
返事代わりに浅くうなずいた。
「あのじじい…本当に説明不足なんだから」
ママナーナは身体をソファに預けると天井を仰いだ。そういえば、ずっとママナーナは隊長とか井田会長と呼ばず、リダリとかじじいとか上官相手にふさわしくない呼び方をしている。
「そんな目で私を見ないでよ」
ママナーナは困ったような顔をした。
「ハオ君は起きてから半年か、だから、ザ1号作戦は半年前のことなんだよね」
そして、大きく息を吐き出した。
「でもね、私にとっては40年前の事だよ」
俺は譲歩することにした。彼女の気持ちや立場も考える。
まずは1つずつ聞いて行こう。
「リダリ隊長にも同じことを言われたけど、なぜ、イダフ語を使ってはいけないのか教えてくれないか」
ママナーナが俺の変化に合わせるように口調を改めた。
「人魔探知器ってあるでしょ、多くの魔族はあれに似た感覚を持っていてね、私たちがイダフ語で会話しているとそれに引っかかりやすくなるのよ、逆に魔族が集まっていると、こっちもあそこに魔族がいるってわかるから条件は同じだけどね」
聞いてみれば簡単な理由だった。
今のリダリ隊長やママナーナでは魔族と戦うのは無理だ。戦闘を避ける努力が必要だろう。
「それでね、最初にはっきりさせておきたいけど、リダリは私の隊長じゃないし、私はリダリの隊員じゃない」
「どうして…」
「コールドスリーブから覚めた直後は頼る人もいないし、リダリは地上とン・メノトリーを行ったり来たりしていたからね。最初、地上のことは彼から教わったわ、でも、それをどう判断するのかは、私が自分で決めることにしたの」
――冷凍睡眠
氷柱の中にいたことを指して言っているのだろう。日本人の用語だ。
「俺も起きた直後はリダリ隊長の世話になったし、今でもそうだよ」
「そうよね、リダリの助けがなければ一日たりとも生きていけませんって感じね。でも、ここ三ヶ月は私が助けているのよ」
「よく知っています。熱海さん」
「感謝してくれていいのよ」
「十分感謝しています、ママナーナ」
「そう、じゃあ、これまでのことを聞かせて欲しいの。」
「いいよ、ママナーナ、何でも聞いて」
俺は目の前のママナーナがどれだけ変わっても、なるべく今までと変わらないような態度で話すことにする。
「まず、魔族三人と戦ったときのことを教えて、どんな相手で、なんて名乗った?
死体は見た目がただの人間だったから、わからなかったのよ」
俺はポストに投函されていたチラシにイダフ語が書かれていたこと。
ショッピングモールに行き、魔族の視線を感じて外に出ると、魔族三人の襲撃を受けたこと。三人による連携攻撃で窮地に追いやられたことを話した。
ママナーナは終始落ち着いて聞いていたが、戦いの話になると少し興奮したようだった。
「ずい分なメンツだったわね、それで結局、三匹とも一人でやったってこと?」
「うん、最後は相撃ちになったけどね」
ここの部分は悔しさが残る。油断しなければ簡単に勝てた相手だ。
「でも、三匹とも倒すなんて、さすがハオ君ね」
ママナーナに褒められて素直に嬉しい。思えば日本に来てから戦いを褒められるのは初めてだ。
「でも、リダリは助けてくれなかったの?」
また、ママナーナはリダリを責めるような言い方になっていた。
「井田会長とは最近会っていないんだ」
さっき、隊長でも隊員でもないと言ったママナーナに押されていたのか、リダリ隊長とは言わず、井田会長と言った。
「近村さんから入院中だと聞いているけど、80歳ならおかしくないしね」
ママナーナはほんの少しだけ首をかしげる。
「こんな目に遭うとわかっていたら、行く前に井田会長に連絡しておけばよかったと思うけど、どちらにしろ、戦いの助けにはならなかったと思うよ」
少しリダリ隊長をかばった言い方になった。
「確かにそうだけどね」
ママナーナは少し目を細める。
「ママナーナが起きたときも魔族と戦ったと聞いたけど、その時はどうしたの」
ママナーナとリダリ隊長がどうやって戦ったのか、詳しく聞いたことがなかった。
「別にそこまで強くはなかったよ」
ママナーナはあっさりと答えた。
「ハオ君のときみたいに、妙法裏二刀流とか文魔十二拳とか、流派を名乗るクラスの魔族は一人もいなかったからね」
「俺のときとは、ずい分違ったみたいだね」
「うん、そう思う、ハオ君向けにそんなやつらが固まって出てきたって感じ」
「また、来るかな、どう思う」
俺はあの三匹は先鋒であり、これからも来ると思っていたが、ママナーナがどう思うかを聞きたかった。
「来る…と思う」
――やっぱりそうか
ママナーナの答えは俺の予想と一致した。
あれで終わりではない。
身体が動くかどうか、自信はないがやらなくてはならない。
「それで、電話でも言ったと思うけど、メンバーには会った?」
俺が会ったのは、三矢島 一美、先手 美歩、菅 カンナ、他には病院で天使小隊の三人に会ったきりである。
それを伝えるやいなや、
「全然進んでないじゃない、なにやってんのよ」
とママナーナは不満気に声を荒げた。
やけにその言い方が堂に入っていた。
これが今のママナーナなのだろう。
俺の持つママナーナの印象と少し違った。
「でも、俺が全員に会って、どうしろっていうんだよ」
俺もママナーナの言い方に少し頭にきた。
目の前にいるのは初老の婦人だ。
だから、上から目線で言われても、それを自然に受け入れていた。
しかし、これが俺の知る18歳のママナーナだと思うと、やはり言い返さずにはいられない。
「若さがまぶしいなあ」
ママナーナはさっきとは違う様子で目を細める。
「ハオ君、今、16歳だよね」
よほど俺が青臭く見えるのだろう。
「そういうママナーナは58歳になったのか」
俺からはこの話題に触れたくなかった。
「そうよ、少しの間に年をとっていてびっくりした?」
ママナーナは悲しそうな瞳を俺に向けた。
悲しそうな瞳に少し怯むが、これは演技だ。
「ちょっと待って、話がそれてる。俺が全員に会ってどうしろって」
「イダフ人の血を増やして欲しいの」
さっきよりも悲しそうな眼差しを向けた。




