第69話 ママナーナの頼み
――花が向いたとき
どういう意味だろう。
目の前のオバさんはやはりママナーナだった。
テーブルの上の一輪挿しが、また回ってママナーナの方を向いた。
[久しぶり、ハオ君]
イダフ語だった。
[大事なことは、そこの一輪挿しが自分の方を向いているときに話してね]
テーブルの上の一輪挿しは俺を避けるように青白い花弁をママナーナの方を向けている。
[その花はね、魔族の耳がいないときには動かなくなるけど、あるときはそんな風にくるくる回るの、ときどき、あいつが耳を寄越してくるのよ、うっとおしいったらありゃしない]
「耳って…」
とっさに出たのが日本語だった。
俺はママナーナと日本語で話そうとしていた。
自分の体温が高くなったのがはっきり分かった。
あわててイダフ語で
[耳…]
といいかけた俺をママナーナは手ぶりで抑えた。
[遠耳のジッジエ、って中級魔族がいたのよ]
――ああ、そういえば、そんなのがいた
人から聞いた話になるが、確か、遠隔聴を持っていた魔族だ。俺が師団に入る前に斃されていたはずだ。
ママナーナは嫌なことを思い出したように、ソファに深く座りなおした。
[前もそうだったけど、対象がどこにいても話していることが聞こえるらしいのよ]
俺は黙ってうなずいた。なんとなく話が見えてきた。
[リダリから聞いたと思うけど、たぶん魔族覚醒ね。なんとなく私のことが気になるみたい。前もそうだったけど、どこにいても対象が話したことが聞こえるらしいのよ]
――魔族覚醒
前世がザミダフの魔族であった日本人が、前世の記憶に目覚めるだけでなく、なんらかの理由で魔族の能力まで覚醒する現象だ。俺が知っているのは、ラーメン屋店長の所 剣星、日本人の男女、伝文のダプァ、毒牙のツォカ、狂拳のコクッブの六人だ。
[私が氷柱から出てから、たまに誰かが聞き耳を立てているような気はしていたのよ。
けれども、この半年、回数が増えて、二日と置かずに来るようになったわ]
――俺か
俺が氷柱から出てきたのが半年前だ。やはり、それがきっかけか。
[私に蜂の巣にされたから、恨まれるのは仕方ないけ…]
ママナーナは唐突に黙った。
彼女の視線を追うと、先には一輪挿しが俺のほうを向いていた。こちらを向くというよりは、耳があるところに対して、そっぽを向いているようにも見えた。
俺は久しぶりにイダフ語を使う。
[じゃあ、そいつを先に倒したほうが良さそうだな]
ママナーナは黙って、無理無理と首を横に振る。
[せいぜい東日本にいるとしかわからないということか]
彼女はうなずいた。
[飛行艦ン・メノトリーまで耳は届くか]
彼女は首を横に振った。
つまり、遠耳のジッジエは東日本にいて、ママナーナが目覚めたときから、そいつが聞き耳をたてることができていた。
ということは、その時点で1歳とすると、現在40代の日本人、そして男性だ。
今度はこちらから仕掛けよう。
[ふう、これで安心ね、元の色にも戻ったわ]
ママナーナが唐突に話しはじめた。
見ると花は全く動かなくなり、花弁の色は明るい菫色に変わった。
花のことはよく知らないが、この一輪挿しは、多分、すみれだ。
[ハオ君、本格的に話すに当たって、頼みがある]
[いいよ、何でも言って]
――久しぶりにイダフ語で話ができる。
オバさんになったとはいえ、ママナーナはママナーナだ。
話ができるのは、
イダフ語で話せるのは、
嬉しい。
しかし、ママナーナは日本語で意外なことを頼んできた。
「ハオ君には悪いんだけど、日本語で話そ」
今までにも殆ど見たこともないような、日本人がするような奇妙な仕草をして…変なことを言いだした。




