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第68話 花が向いたとき

 俺は熱海さんが何をいうかと待っていた。

 呼んだのはそっちだ、要件があるのだから先に言うだろう。


 しかし、熱海さんは何も言わず、俺を見ていた。俺の美少年ぶりに目を奪われるのは仕方のないことだが、お互い黙っていても仕方ない。


 二人で黙って向かい合う、ただ空調の音だけが聞こえていた。


 テーブルの一輪挿しは空調の風があたるのか、さっきから絶え間なく向きを変える。そのうち、花弁と目があった、そんな気がしたので、俺のほうが折れて、俺から話すことにした。


「熱海さんからは、2つ依頼を受けていました」

 俺は状況報告だけして帰ることにした。今日は日が悪すぎる。


「1つは時間遡行魔法の件、これには少なくとも12名の魔法士がいなくてはなりません。手始めに素質のある菅カンナさんに魔法練習用に読版を用意しました。魔法は上達したようですが、今後は天使小隊に移ったと聞いています。これから、どのように魔法を磨いていくのかは、本人と相談ですね」


 熱海は表情を変えずに聞いている。


「2つ目の魔皇帝アカムスの討伐ですが、配下と戦って半殺しの目に遭いました。ご存知とは思いますが、二ヶ月入院して、退院したのは昨日です。これも自分の他に三人は一緒に戦う者がいないと戦えないと思います」


 俺は状況報告はしたあと、当面の活動としては依頼されたことには当面とりかかれないことを告げた。これからどうするかは決めておらず、まだ考えてもいない。

 普通に剣が振れるのか、魔法が使えるのかもわからない。まずは俺自身の回復を優先する。そんなことを話した。


 熱海はここでようやく相槌をうった。


「あと、三矢島さんをはじめとするスタッフのみなさんにはとてもお世話になりました。改めてお礼を言わせて下さい」


 俺は立ち上がって、礼を言うと、また、花の向きが変わった。


 俺は苛立ちを感じていた。もちろん回っている一輪挿しにではない。

 目の前のママナーナに苛立っていた。

 なんで、熱海などと名乗っているのか、俺は既に過去の亡霊なのか。こんなよそよそしい話をしに来たわけではない。俺は帰ろうと思った。


 俺はそのまま部屋を出ようとしたら、さっきの「筆頭」女性がワゴンを押して入ってきた。俺の気持ちを見透かしたようだった。


「コーヒーとお菓子を用意しました」


 コーヒーの香りには覚えがあった。スマトラ産の豆だ。以前、一美が淹れてくれたことがある。お菓子は…


 ガナーツだった。


「お菓子は熱海の手作りです」

「筆頭」女性が種明かしをした。


「お恥ずかしい、この歳でお菓子作りというのもどうかとも思いますが、故郷(ふるさと)の味は忘れがたいものですから」


――イダフ人であることを隠したいのか


 もし、ママナーナがイダフ人であることを隠したいのだとすれば、それは誰に知られたくないのか。俺に、魔皇帝アカムスを倒せといった時点で、俺にはイダフ人だとバレている。


 俺は分からなくなってきた。


 「筆頭」女性が熱海にペンとノートを渡した。

 熱海はようやく笑みを浮かべると、ノートに何かを書いて俺に見せた。


[花が自分を向いたときに話せ ママナーナ]

 イダフ語だった。

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