第57話 提供者の薬
《治癒の氷柱は使用できません。一部の部品が破損しており、再生中です》
――そうか
俺のもくろみはあっさりと消え去った。
「部品の再生にはどれくらいかかるか」
《1年から3年の予定です》
「長いな」
《通常より三割早くしております》
拗ねたような口調に聞こえる。これでも早くしているのだと言わんばかりだ。
「わかった」
そういうしかない。早くしろといって、そう簡単に早くなるものでないのは分かっている。
「では、一美は今どこにいるんだ」
《ミヤジマ=ヒトミさまには、現在、治療研究への協力を頂いております》
「協力……協力とはなんだ」
嫌な予感がした。
《免疫、抗体の提供です》
「抗体の提供ぉ」
変なイダフ語の発音になったが、それはどうでもいい。
《はい、ミヤジマ=ヒトミさまは、イダフ人には珍しく、強い免疫や抗体をいくつか持っていることが判明しました。その中には、ザミダフ緑黄病原体に有効なものが複数ありましたので、抽出するために、血液や骨髄液をご提供頂いております》
ふと、一美が雑巾のように絞られている姿が目に浮かんだ。
「すぐに一美に会いたい、会わせてくれ」
《現在、検査室にいます》
それを聞いた俺は検査室に歩き出していた。この艦は実質無人だ。他人に感染させる心配もない。おとなしく寝台に寝ている必要はなかったのだ。
俺は検査室に入ると、部屋の中央の寝台に向かった。
天井にある球体から伸びる無数の毛細管が、寝ている一美に張り付いていた。透明な毛細管が一瞬赤い色に変化し再び透明になった。血液を採取しているのだ。
三日ぶりにみる一美の顔は青白くやつれていた。
――いつからやっているんだ、まさか三日前からか
俺は背筋に寒気を感じた。
「制御体、一美からの採血を即刻中止しろ」
《予定の採取量に達していません》
「繰り返す即刻中止しろ。一美はイダフ人ではない。治癒魔法は使えないんだ」
《予定の採取量に達していません》
「いいかげんにしろ、一美に何かあったらただではすまさないぞ」
場合によっては制御体を破壊する、そう覚悟を決めた。
《承知しました》
俺の覚悟を察したのか、一美に張り付いていた無数の毛細管が、天井の球体に引っ込んでいく。収納される速度が遅く、それが未練がましく見えて苛立ちを感じた。
「一美、大丈夫か」
俺が大声で呼びかけると、一美は目を開いた。
「あ、ハオウガさん、起きて大丈夫なんですか?」
木乃伊のようにやつれた一美が俺を気遣う台詞を言った。そうじゃあない、それは俺が言うべき台詞だ。
しかし、その前に一美は何かに気づいたのか、はっ、と発声すると手で身を隠して悲鳴をあげた。
「見ないで下さいっ!!」
そういうと寝台の反対側に降りて、身を隠してしまった。
そう言われると反射的に詳細まで見てしまうのが、男子というものだ。
それで気づいたことだが、一美が着ている検査着は長袖長裾ではあるが、全身に毛細管を張り付けるため、満遍なく穴が空いており、そこから白い素肌が覗いていた。結果、布よりも肌の面積の方が広い。隠すべきところは隠れているが、裸に近い姿だ。
他の男はどうか知らないが、俺は一美の姿から未だかつて感じたことのない色気を感じた。身体の中を衝動が突き抜ける。
――日本では男が女を力づくで襲うことがあるというが、こういうときか
ま、俺は普通に自制できるけどね、イダフの貴族だから。
それより一美の身体が心配だ。俺は寝台の反対側に回りこむ。
「一美、大丈夫か」
「いやです。やめてください」
半泣きになって、俺が近づくのを拒否する。
俺は一美の嫌がることをするつもりはないが、手遅れにもしたくない。
身を守るようにしゃがみこむ一美の肩を強めに掴む。
途端、一美の身体が電撃魔法に当たったように一度痙攣した。
――何か別の理由があるのか
「大丈夫、大丈夫」
俺はそっと一美の身体を包むように抱くと、治癒魔法を詠唱した。
「大丈夫、大丈夫」
あの時、俺に言ってくれたようにささやく。
一美の身体のこわばりが緩んでゆく、相当身体を酷使していたようだ。
一回の詠唱では足りなかったので、もう一度詠唱する。
――制御体のやつ一体何をした。
二回目の詠唱が終わる。
魔法による回復は十分だ。もう少し一美に触れていたい未練があったが、必要なことではないので、腕を離す。必要以上に触ったり、まとわり付いたりしないのがイダフの貴族だ。
俺は一美から離れ、寝台の反対側に戻る。
一美は着替えてきますといって、検査室を出て行った。足取りがしっかりしていたのでもう大丈夫だろう。
《ハオウガさん》
一美が部屋を出たのに合わせて、制御体が話しかけてきた。
「なんだ」
《医療区画に戻ってください。コウセイブッシツの準備ができました。服用してください》
「コウセイブッシツ?なんだそれは」
「ミヤジマ=ヒトミさまの検体を元に作った薬です。これでザミダフ緑黄病原体を死滅させられます」
――入院生活5日目
ようやく一美が見舞いに来てくれた。昨日はどうしたのか聞いてみると、食堂で食事をして眠って起きたらまる1日経っていたという。この艦の中では昼夜の区別はつきにくいかもしれない。
休息する分には最適な場所だ。
俺はあらためて一美に謝罪して、お礼を言った。
彼女の身を削って作ったともいえるコウセイブッシツのお陰で俺は治りそうだからだ。
しかし、彼女の答えは意外なものだった。
「抗生物質ですか?日本の病院ならどこでも処方されますよ」
医療は日本の方が進んでいるかもしれない。




